第7話 サハラーの軍

「大丈夫だ、俺はこんなことで負けてなどいられない」


「……良かった……」


 ほっとして涙が頬を伝う。もしルシファーを失ったら、私は……


 船がまた大きく揺れたわ、ギシギシと揺れて動きが止まったような気がする。


「コルスへ到着した! 船内にまだ敵が居る、警戒して下船準備をしろ!」


 廊下で叫んでいる声が聞こえてくる。強行上陸するのね、タラップを落ちないように下らないと。扉が外から開けられると、返り血で真っ赤になったルシファーが居て、つい恐ろしくなり歩みを止めてしまう。


「まだ危険があるから決して離れないように」


「はい」


 私は……私の為に命がけで戦ってくれた人を怖いと思ってしまった。なんて情けないことを。廊下の惨状を出来るだけ見ないようにして後ろを付いて行く、確かにまだ争いが聞こえるわね。


 甲板に出ると護衛隊の人が輪を作ってくれていた、それに守られて斜めに掛けられている板を降りていく。


「向こうに上陸してくる奴らが居る、しつこいな!」


 提督が敵だと断定して指をさしているわ。結構な数が居るわね、最初から追って来るつもりで陸兵を乗せてきてた?


「護衛隊は左右に防壁を築け!」


 アーティファ隊長が上陸した直後に隊を二つに分けた。寄って来る不明の集団――といってもヴィエンヌ伯爵の兵でしょけれど――に対処する。広い浜辺で足を止めても防ぎきれるような数じゃなさそうね!


「あの丘陵地帯の間を抜ければ囲地です!」


 サイード副官が南西部を指して声をあげたわ。中型船に火の手が上がる、それを消火している暇はないわよね。


「帆船の一つや二つ、幾らでも新造してあげるわ、好きな船を言いなさい。提督、サハラー王国へ向かうわよ」


「新造船を頂けると! よーし野郎ども、総員上陸だ!」


 ガレー船も全てを捨ててしまい、一団となって丘の間を目指す。こちらの数は全部で七十前後かしら、でもあちらは片方だけでも百は居そう、随分と集めて来たわね。乗船する都合上全員徒歩、砂地を歩く速さは私にあわせて貰ってる状態よ。急がないと!


「丘を登れば高低差で有利になるんじゃないか?」


 提督がそう言うもサイード副官が「北の丘は途中で断崖があります、獣道を行くよりも低地を進むべきです」提案を否定されて提督が不機嫌になる。


「サイード副官が先頭を行け! 護衛隊は殿を引き受ける、提督は前を進んでください!」


 隊長がそう言うと左右の防壁をやや後ろに下げる。ルシファーは私のすぐ傍を走っているわ。


「提督、陸ではアーティファ隊長の言に従うわよ。先行しなさい」


「子爵がそう言うならば。お前ら、半分は先に進め! 水兵は中央で防御だ」


 少しだけ間を空けて三つの集団に別れたわ。丘を登らずに真ん中の道を進んでいくと、左右を崖で挟まれた場所があってぽっかりと盆地のようになっていて、その先はまた細い道になっている。サイードさんの言葉通りね。


 後ろで交戦を始めた護衛隊の皆さん、でも数が多すぎてかなりの数が抜けて来るわ。


「野郎ども、ここでしくじれば海の男が廃るぞ! 何が何でもお嬢様らを守り切れ!」


 提督の地位と新造船を手に入れる一大機会を逃してなるものかと、水兵らに気合いを入れる。あの狭いところまで進めば少数でもどうにか守れるはずよ。ところが左右から馬に乗った人が進んでいって、出入り口で反転して武器を構える。


「くそっ、あれじゃ厳しい!」


 騎馬の一団に怯んで足が止まる、水夫が中心の先頭では仕方ない。次第に距離が詰まって一つの集団になると、円陣を組んだ。


「隊長、強行突破を」


「子爵、この手勢では無理です。混戦になり安全が確保できません」


 ユーナが難しい顔をする、突破出来ても無事で居られないなら無茶をする意味がない。かといってこのまま囲まれてる状態では逃げ場も無い。みるみるうちに士気が下がって行って、顔色を蒼くする水夫が出て来たわね。


「ユーナ、私が諦めたら全員助けて貰えるかしら?」


「はっ、諦めるですって? そんなの私が許すわけないじゃない」


 眉を寄せて断固拒否。それは解り切っていたけれど。


「聞きなさい! 生きていても死んでいても、最後まで戦った者にはフォン=デンベルクが誓って本人か家族にソヴリン大純金貨を三枚ずつ支払うわ! そこの敵兵も裏切ってこちらにつけば同じように支払ってあげるわ、貴族の名誉に誓って必ずよ!」


 水夫らが沸き上がる。それだけの大金を約束されたら恐れている場合ではない、何せ二年分の給金を大きく上回る。何年も船乗りをしていればけがや病気で死ぬことが多い、ならばここで命を懸けた方がマシとばかりに大声を上げた。


 多少逡巡した敵も居たけれど、裏切りには至らなかった。包囲を狭めての攻撃が始まると最早何も出来ない、味方が倒れていくのを見ているしかない。


「ナキすまない、最後まで側に居れずに」


「え?」


 ルシファーが長剣を構えて輪を飛び出した。包囲を強引に抜けて、後方で騎馬している敵に単身向かって行く。


「ヴァランスはナキ・アイゼンシアが従騎士ルシファー・ド・ダグラスがそこな指揮官に挑戦する!」


 返事を確かめることも無く歩兵を蹴散らして向かって行くと、馬上の男も槍を構えて応じる。鉄槍を振るって長剣の攻撃を受け止めては突き返す。周囲の歩兵がルシファーの背を切りつけようとするが、まるで後ろにまで目が付いているかのようにかわし、守り、反撃をして指揮官を倒そうとした。


 しかし多勢に無勢、怪我をする回数が増えていく。打撲や切り傷で動きが鈍ってくると、歩兵が詰め寄った。


「ルシファー!」


「俺は騎士だ! 守るべき人の為にその存在をかける!」


 武器を振り上げた歩兵らが急にバタバタと倒れた。頭には細い棒が刺さっている。音もなく誰にも気づかれずに何かが起きた。


 崖のある丘の上から騎兵が駆けおりてくる、みなが黒い服を身に着けていて黒地に白抜きの四つ星の旗が翻っていた。崖上ではクロスボウを構えた射手が片膝をついて狙い撃ちをしている。


「サハラー王国への侵略行為を確認した。防衛任務を遂行する。騎兵隊アングリフ!」

 

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