美男美女だらけの異世界に転生したものの事故で顔がグチュグチュになっていた剣士アデライーダの語り継がれるべき物語

山神ヤシロ

神官チーホンより後世に伝えし書

まったく不運で残酷で不条理なことである。


すべてを見ていた私にもそうとしか言えぬ。


カルーガ歴924年。

クリムゾンムーンの18日。

夜空に一筋の流れ星が落ち。


マシェゼロ王国の神殿をつかさどる

神官である私と、


私のアシスタント兼巫女みこ

マーニャ・フィリポヴナの見ている前に、


予言通り、

白銀の鎧と赤いマントに身を包み、

亜麻色の長髪をなびかせた女剣士アデライーダが

炎と共に祭壇に降臨したのである。


まこと、ほとんど、予言の通りだった。

ただひとつだけ、予言と違うことがあった。


予言では絶世の美女である筈のアデライーダの顔は、

転生の時の何かの事故のせいか、

焼けただれてグチュグチュになっていたのだ。


「ようこそこの世界にお越しくださいました、アデライーダ様。

・・・って、お顔をどうされました?」

おお、神よ!赦したまえ!

私の、思ったことがすぐ出てしまうこの口、

この口が呪われるべきなのだ!

この口は、地獄の底の底までつき落とされ、

業火に焼かれてしかるべき口なのだ!


だが、後世の者たちも、

よくよく、その心に刻むがよい!

口から出てしまったコトバというものは、

取り返しがつかぬものなのだ。

そう、美しき・・・はずだった

女剣士アデライーダは、

私の声を聞き、

鏡を見るや否や、

振り返って私の胸倉をつかみ、

凄まじい音を立てて、私に平手打ちを食らわせた。


おお神よ!

あの状況で、

グーではなくてパーで私を殴った

アデライーダの心根の優しさを、

永遠に讃えたまえ!


床に倒れ伏す私のカラダを颯爽さっそうと飛び越えて、

私のアシスタントであるマーニャが

アデライーダに駆け寄り、

そのカラダを抱き寄せた。


「かわいそうに!いったいどうしてこんなことに?」

それがマーニャが言ったことだった。

なんと清らかな心の娘!


その時、アデライーダが言った、

実に複雑な、謎めいた言葉を、

私がきいた通りに書き記そう。


私にはよく意味がわからなかったが、

もしかしたら、千年、二千年、万年後の後世には、

この意味を解き明かす賢者が現れるかもしれん。


アデライーダはこう言ったのだ。

「どうしたもこうしたもないよ!

ちょっと待ってよ!

この世界は私が小説に書いた世界なのに!

そこのおっちょこちょいな神官も、

純粋な巫女マーニャも、私が創造したキャラなのに!

そして私は、転生したら、

小説の主人公、女剣士アデライーダに

なれると思っていたのに!

この格好、すべて小説で描写した通りなのに。

なんで・・・なんで・・・

肝心の顔が、こんなになってるのよぉ!」


あまりの悲痛な叫びに、私もまた、

アデライーダの震える肩を抱き寄せ、

「おお!女剣士よ!嘆くでない!

神のなされることは我らの考えを超えておるものじゃ。

きっとそなたの顔がそのように事故で焼けたのも

深い神のはからいゆえであろう。

まこと、この世界を創造した神のなすことは

偉大にして、測りがたし」


「さわんじゃねーよジイサン!

わたしがこの世界を創ったっつってんだよ!」


アデライーダはそう言って私を手荒に

突き飛ばしたのであった。

おお神よ!あの夜のことを思い出して

私は何度も、嘆くのだ。

いったい、私の何が、いけなかったのか、と!


*****


さて。

女剣士アデライーダの予言どおりの降臨は、

マシェゼロ王国の王宮にまですぐに伝わった。


王宮からは、さっそく王の使いとして、


美男の誉れ高き騎士ルスラン・デニソヴィチと、


やはり美男の誉れ高き僧侶アリョーシャ・パブロヴィチ、


そして、これまたやはり美男の誉れ高き、

若き宮廷魔術師のフョードル・アレクサンドロヴィチ、


すなわち、『マシェゼロの三勇者』が

アデライーダを迎えに神殿に騎乗でやってきた。


三人を代表してルスランが言う。


「ようこそ。アデライーダ様。

予言の日、今日のこの日を、

心待ちにしておりました。

王宮は魔王軍の侵攻を控え、

あなたなしには、陥落寸前。

さあ、私どもと一緒に王宮へいらしてください。

一緒に手を取り合い力を合わせ・・・

って、その顔はいったい、、、ぷぷぷぷぷ」


その時だった。

すかさずアデライーダが剣を抜き、

凄まじい闘気をその剣にまとわせて

地面が割れるほどの強力な必殺技を放ったので、

三人の勇者はあわてて

森の中に散って逃げて行ってしまった。


*****


それからというもの。


王宮に迎えられたアデライーダは、

最高の部屋と、最高の従者たちをあてがわれ、

何不自由なく暮らせる環境になったというのに、

毎日毎日、とても機嫌が悪かったそうだ。


アデライーダの降臨から七日後のこと。


私とマーニャも、

魔王軍の先鋭隊がついに神殿近くにまで迫ったため、

王宮へ逃げ込んだのだが。


そこで七日目ぶりに会ったアデライーダ。


誰とも話さず、一人、

凄まじい「負のオーラ」をまといつかせて

王宮の一角に暗く、佇んでいた。


「アデライーダ様と軍議を開きたいのですが、

どうしても、参加してくれないのです」

三勇者たちも、ほとほと困り果てていた。


そうしている間にも、見よ!


なんと恐ろしい光景か!


地平線の向こうから、

何千、何万、いや何十万もの、

オーク、ゴブリン、トロルその他の

モンスターの混成軍が、

魔王に率いられて攻めよってくるのが、

王宮からも見えるようになったのだ!


「アデライーダ様が戦ってくれなければ

この王国は終わってしまうのですが・・・」

ルスランはその美しい顔に、憂いの表情を浮かべる。


「・・・って、あなた、アデライーダ様の顔を、

笑ったじゃないですか?」

わがアシスタント、

マーニャが鋭いことを言い、

ルスランはたちまち、顔を曇らせる。


その曇った顔もまた、

ハンサムで恰好いいところが、

なぜかマーニャをイラだたせたようだ。


そしてマーニャは・・・


そうマーニャは・・・


おお、神よ!

この世界を創りたもうた神よ!

もし、天にましますならば!

あの純粋なるマーニャに祝福を与えたまえ!


というのも、三勇者はほとほと困っているだけで何もせず、

私は私で、先日殴られて以来、すっかり

アデライーダ恐怖症にかかっていて

あの者に近づく気になれなかったところ、

マーニャだけは、躊躇することもなく、

アデライーダのところへ向かい、

その顔を恐れることもなく、声をかけたのだから!


「アデライーダ様!

かわいそうなアデライーダ様!

なんでもいい!なにかわたしに、

できることはありませんか?」


するとアデライーダは、

そのグチュグチュになった顔を、

そっとマーニャに向けて、

「・・・そんなら、私が転生された時、

一緒に、こんくらいのカバンが、

落ちてなかった?持ってきてくんない?」

と言ったのだ。

神よ、讃えられよ!

マーニャの清らかなコトバが、

アデライーダの口を数日ぶりに開かせたのだ!


「これですか?」

マーニャは、あの降臨の日、

アデライーダの近くに転がっていた

小さなカバン(その表面はあちこち焦げていたのだが)を

ずっと大事に持ってきていた。


それを受け取るとアデライーダは、

がさがさとカバンの中をひっかきまわし。


『ラッキーストライク』と書かれた小さな包みと、

何やら半透明な、小さな機械を取り出した。


「学校でムシャクシャしたときに、

隠れて吸っていたんだけどね。

まさか、この世界で、こいつが恋しくなるとはね」

アデライーダは難解な、

そのようなことを言って、

まこと、フシギな魔法を使った。


半透明の機械から、ぽうっと、

小さな炎が浮かび上がり。

『ラッキーストライク』と書かれた包みから

取り出して口にくわえた、白く細長い、

おそらくはワンダーワンドの小型版と思われるものの、

先端にフシギな光がぱちぱちときらめき、


まもなく、すうっと、白いモノがその口から現れる。

さてはて、あれは、伝説のジンなのか、

はたまたウィルオウィスプの類なのか。

そのようなモノが夜空に向かって、

ゆらゆらと昇っていったのが、

私のこの目にも、見えたのだ。


あの不思議な光景、

あの不思議な煙の様を、

私は決して忘れることはあるまい。


*****


「それにしても、この王宮ってさ」

白い煙の妖精、、、のようなものを、

次々に夜空に放ちながら、

アデライーダはマーニャに言った。

「モブキャラまで、美男美女ばかりで、

すっげえヤなんだけど。

・・・って、これもぜんぶ、

私が書いた小説の設定なんだっけか」


「アデライーダ様。

どうか、この人たちを魔王軍の恐怖から

救ってやってくださいまし」

マーニャが真摯な心で訴えると、

ふいにアデライーダは立ち上がる。


「うーん。

ええとね・・・。

何せ私が書いた小説だから、

どこに何があって、

どうなっているか、

設定はぜんぶ

知っているから。

やろうと思えばやれるけど。

それも・・・ウラワザ的な設定があってね」

とアデライーダは言った。


まこと、アデライーダの語る言葉は

神意にして絶妙なこと!

わたしには難解であっても、

きっと後世の者たちが、彼女のコトバの逐一を、

やがて解読してくれることを

祈念するばかりである!


「そうだね。ウラワザ・・・使おうか。

本当は伝説の剣とか、伝説の鎧とかを

集めてくる展開が、次にあるんだけど、

もう面倒になっちゃった」

「アデライーダ様、わたしに何かできることがあれば!」

「じゃあ、お願いするけどさ」

アデライーダはカバンの中から、

『コミックイラストセット』と書かれた小さな箱を取り出し、

そこから色とりどりの小型のワンダーワンドを取り出して、


さささっと、紙切れに

鮮やかな絵を描いた。


「裏山の森の中腹を探して、

この色のキノコを見つけて、持ってきな。

そうすれば、なんとかしてあげる」


マーニャはその絵を受け取ると、

急いで王様にすべてを伝えた。


すぐさま。


王宮の背後の門が開き、

大勢の捜索隊が裏山の森へと分け入り。


二時間ほど経過すると。

指示どおりの色のキノコが見つかったと報告があった。


そのキノコを兵士から受け取って、

マーニャがアデライーダのところへ

急いでやってくる。


「アデライーダ様!

見つけました!

このキノコを使ってください!」


マーニャからキノコを受け取ったアデライーダ、

何も言わず、キノコをひとくち、かじる。


するとどうだ。


ピコピコピコ・・・


っと、あえて文字で書くとするならば

このようにしか表現しようもない、

空前絶後の異様な音が響き渡り。


アデライーダはみるみるうちに、

身の丈が雲まで届くほどの巨人と化した。


「ぎゃああああああ!!」

そのあまりの迫力と、

そして、言ってはなんだが、

焼けただれた顔も巨大になった

その恐ろしさに!


王宮の、王も大臣も、三勇者も、兵士たちも、

そして民衆たちもいっせいに、恐怖の悲鳴をあげた。


そして・・・


ああ、呪われてしまうがよい!

そうなのだ!この私も、

アデライーダのあの顔が、

突然、巨大化したのを見て、

戦慄のあまり悲鳴をあげてしまった一人なのだ!

悪魔にとって食われてしまえばよいのだ!私の魂よ!


しかし、そんな中。

ただ一人、私のアシスタントのマーニャだけが、

「アデライーダ様!さすがです!

わたしたちを助けてください!」

とうれし涙を流して感動していた。


巨人となったアデライーダは、

「うん。。。」

と気のない返事をして、

また新しい『ラッキーストライク』に

ぱちぱちと火をうつし、

大きな煙を夜空にのぼらせながら、


ずずん、ずずんと足音を響かせて、

魔王軍の陣営に向かう。


あまりに巨大な「女剣士」が

接近してくるのを見て、

数十万のモンスターたちは進軍を停めて

集団パニックとなった。


だが、その中で一人!


ああ、あの憎むべき強敵、

魔王チョールト・ヂャーヴォルだけは!


さすが敵ながら、その勇敢さはあっぱれなもの!


輿の上で立ち上がり、

大声でアデライーダにこう叫んだのだ!


「おお!女剣士よ!

かわいそうに!

その顔では、

美男美女だらけの、

あのいけすかないマシェゼロ王国では、

ぶっちゃけ、

笑いものにされていたのでは

ないかな?」


巨人となったアデライーダは、

すぱーっと、煙を吐いてから。

「そうね。

あいつら、私が設定した王国だけど、

めちゃくちゃ、いけすかないね」

と魔王に向かって、頷いた。


「それを聞いて安心したぞ!」

魔王チョールト・ヂャーヴォルは

ニヤリと笑い、こう叫んだ。

「こちらの陣営に加わらないか?

オークにゴブリンにトロル!

こちらは、魔王である私も含め、

醜い顔ばかりだ!

この陣営は、醜い顔の群れで、

心地よいぞ!孤独ではないぞ!」


それを聞いた、アデライーダ。


火のついた『ラッキーストライク』を

じっと見つめていたかと思うと、

それを、指でピンとはじき、

魔王の真上に放り込んだ。


「あぢぢぢぢぢぢぢぢ!」

マントに火がついた魔王チョールト・ヂャーヴォルが

悲鳴をあげて地面を転げまわる。


そこにアデライーダがかがみこみ、

「ふうううううう!」

と息を吹き込んだら、

炎は輿から、櫓から、天幕から、

軍団のありとあらゆるものに燃え広がっていき、


数十万のモンスター軍団は、川に向かって四散。

大混乱のまま、雲散して、いなくなってしまった。


王宮では、大歓声があがった。

「アデライーダ様!ばんざーい!

アデライーダ様!ばんざーい!」


ずずん、ずずんと戻ってきたアデライーダ。


ああ、あの夜の恐ろしさを、

マシェゼロ王国の詩人たちは

末代まで歌い継ぐことであろう!


「うっせえよ!

さんざん人の不幸を笑いやがって、

わたしが考えた空想の産物どもが!」

と、またしても謎めいたコトバを吐いて、


アデライーダは、

王宮の屋根を引っこ抜いて、山のほうにブン投げ、

投石機を蹴飛ばして、すべて倒壊させ、

物見やぐらをひっくり返して、さかさまに掘に突っ込み。


いやもう、王宮は大混乱。


王も、大臣も、三勇者も、兵士たちも、

民衆も、そして私も、

命あっての物種と、実に醜いことに、

互いに押し合い、押しのけ合いをしながら、

逃げ惑ったのであった。


*****


翌朝のことだった。


倒壊した王宮の周りで、

憔悴しきって座り込む、大勢の国民たち。


その中に、

朝日を浴びて立ち尽くしていたのが、

巨人アデライーダ。


そこでキノコの効き目がきれたのか。


すうっと、そのカラダは、

元の大きさに戻った。


そのまま、ゆったりと、

またしても、

『ラッキーストライク』を口にくわえ、

ゆらゆらと煙を口から吐き出す。


その時。


ガラガラと音を立てて、

旅芸人の一座が、

王宮近くを通りがかった。


ピエロの恰好をした連中がぞろぞろと行進する中を、

ライオンとサソリと翁の顔が合体した、マンティコアやら、

アタマが二つくっついた巨鳥、ロックやら、

見るからに摩訶不思議な形態の人間・亜人・幻獣が、

檻に乗せられ、車でガラガラと進んで行く。


「やあ!これはこれは!」

行列の先頭にいた、カラダの縮尺がおかしい、

アタマが異様に大きいピエロが、

アデライーダを見て叫んだ。

どうやら、あれが旅芸人の座長なのだろう。

「アデライーダ様ではないですか?

予言の通り、降臨したのですね?

で、どうですか?ご気分は?」


アデライーダは、少し躊躇はしたものの、

やがて、そっと、ピエロに手を振った。

「ああ。あんたたちだね。

わたしが、王国側でも、魔王側でもない、

第三勢力として設定した。

実は最強の軍団ってポジションで

後半の展開のために取っておいたけど。

私がこの世界をいろいろぶち壊しにしたから、

あんたたちがドンデン返しで

出てくる展開もなくなったね」

まこと、アデライーダの言うことは、

神妙にして難解きわまりない!


それに対して、

ああ、呪われるがよい!

あの旅芸人のピエロは、下賤の者の分際で、

まるでアデライーダのコトバを真似しているような

ふざけた返事を返しおった。

どうせ言葉の意味もわからず、適当に言ったことだろうが、

いちおう、それを、書き記しておく。

後世の者よ!おそらくこの下賤の者のコトバは、

何か難しいことを言ってそうで、

中身はからっぽの、駄文の典型として肝に銘じるがよい!


「いやいや、いいんですよ。

見てください。おいらたちは、

美しくもなければ、醜でもない。

ただただ、ストレンジな奇獣珍獣。

そのおかげで、美とか醜とかいったハナシを

気にせず、気楽に生きていくことができますわ。

このポジション、最高ですよ、アデライーダ様!

自分の顔について、美しいか醜いかを

最初から考えないでよいキャラなんて、

とっても気楽ですよ。

そのうえあっしは、ピエロですからね。

そうでしょ?アデライーダ様?

美男美女だらけの国にムカついたのと同時に、

『醜いモノどうしで手を組もうぜ』っていう

魔王軍のコトバにも、かなりムカついたんでしょ?

あっしらのような、道化が、いちばん。

もって生まれたカタチに、足すも減らすもなし、

こんな自然体、ノンキが、いちばん!」

それを聞いて、アデライーダは、大笑いをした。


この世界に降臨してから、初めてくらいの、大笑いをした。


ああ、きっと、下賤のものの言っていることが、

まったくナンセンス、くだらない、中身のないタワゴトだったので、

呆れて笑われたのであろう!

高貴なお方を前にしての下賤な旅芸人のいやしさよ。

あのピエロども、そのまま地獄に落ちて業火に焼かれてしまえばよい!


「マーニャ」

アデライーダは振り返り、

私のアシスタント兼巫女の手をしっかり握ると、

「私、この世界の続きは、

小説に書かずに、放棄するわ。

つまり、あなたたちが、勝手にどんどん、

この世界の続きを作って、生きていってね。

次は・・・そのう・・・

もっと、人間味のある、マシな世界設定を考えるわ。

でも、あんたに会えて、よかった。

次の主役は、あんたをモデルにするわ」

なんとも神妙難解なそのコトバ、

しかし、ひとつの奇跡であろうか、

マーニャには、何か、そのコトバの意味がわかったのか、

はらはらと、感動で涙を流しておった。


「じゃ・・・私は、

神殿から、なんとかやり方を見つけて、

元の世界に戻ってみるわ。

さよなら、バカども」

アデライーダは私たちを見まわしてそう言い残すと、

朝日を背中に浴びながら、去っていった。


*****


王国の子孫たちよ!


これが、私の見たこと、

きいたことの、すべてである。


私にはあまりに難解すぎる出来事であった。


なぜアデライーダはあのように不機嫌だったのか。

「設定」とか「創造」とか「小説」とか、

「バカども」とかいったコトバの意味は、

なんだったのか。


そして、なぜ、

魔王軍を蹴散らしたかの英雄は、

突然、われらの麗しき王宮にまで牙を剥いてきたのか?


だが、あのあと、

マーニャは見違えるような立派なリーダーとなり、

私をたちまち隠居扱いにして、

人々を指揮し、

王宮と町の再建に尽力した。


いつしか。


魔王軍のモンスターたちも、

魔王チョールト・ヂャーヴォル本人まで、

その再建に参加するようになり。


かの旅芸人たちも、たびたび、

再建された町にやってくるようになり。


そうやって王宮と町の再建に

一緒に汗を流しているうちに、

誰が美男美女で、誰が醜いモンスターかという話が、

自然に、どうでもよくなってしまった。


みごとに復興したマシェゼロ王国では、

人間とモンスターが一緒に仕事をすることも、

同じ酒場で酒を交わしたりするのも日常のこと。

時には、

美男がモンスターと、

美女がモンスターと、

結婚することも

あり得る、そんな国になった。


すべて、私のアシスタント兼巫女みこ

今では「聖女」の称号を授けられた、

マーニャ・フィリポヴナのおかげである。


そして、そのマーニャ。

その後もずっと、アデライーダのことを、

思い出の中で、尊敬し続けていた。


王宮の歴史家の間では、

アデライーダの功績については、

賛否両論、真っ二つだというのに、だ。


しかし、そんな議論になるたび、

マーニャは、こう、皆に告げるのだ。


「皆さん!アデライーダ様が

王宮を破壊したあの夜のことを

恐怖をもって語る気持ちはわかります。

ですが・・・事実は、事実です!

この事実を、忘れないでください。

というのは、

あの方は、魔王軍に火をつけたときも、

王宮を破壊したときも、

巧みに、気を使って、調整して、

あの夜、モンスター一匹、人間一人、

殺すことがないよう注意して

くださっていたのですから。

けっきょく、一人一匹として、

死者が出なかったのが、あの夜のこと。

私はあの方の、その気づかいを、

生涯、忘れることは、ないでしょう」

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美男美女だらけの異世界に転生したものの事故で顔がグチュグチュになっていた剣士アデライーダの語り継がれるべき物語 山神ヤシロ @yashiro-yamagami

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