私の知らない私の人

ゆずりは

私の知らない私の人

Twitterは、私が大事な人と出会った場所。

本当のことも分からない。

また会いたい、なんて考えて、頭おかしいのかもしれない。


私には、Twitterのリアルな友達と繋がってるアカウントとは別に、いわゆる、裏アカウントがある。

でも、別にやましいことがあるわけでも、何か抱えているわけでもない。

私は、適度に勉強して、まあまあ真面目で、モテもしなければ、いじめられているわけでない。クラスで印象に残らない、大多数に紛れるような普通な中学生の女子だから。

部活の話に、誰が好きとか、何が好きだとか、友達の話は、そういうもの。それが普通で、別につまらないわけでもないけど、どこかで、もっと何かあればいいのに、とずっと思っていた。

それでも、動画で歌ったり踊ったりするような自信もなければ、バズってたくさんの人に注目されたいと思う度胸もない。特技があるわけでも、これといった趣味があるわけでもない。

ただ、普通で、何もないことに、何か起こらないかな、と時々思って眺めるだけの裏アカウント。ここのタイムラインにはリアルな友達の情報は流れない。プロフィールも空白で、鍵をかけ、誰もフォローしない、されない。

私を知る人が見ない私がそこに存在するだけの裏アカウント。


ある時、何か起きないかな、と思って鍵を外した。

こんなことで、何か起きるはずもないと分かっている。

この裏アカウントで呟く初めてのツイートをケータイで打って送信する。

〔なんもない〕

誰とも繋がっていない、そんなTwitterの一言なんて誰にも見つからないと思った。

でも期待する自分もいて、1日だけ、鍵を開けていた。


次の日、リプライ、私のつぶやきに返事があった。

〔こんにちは〕

それだけなのに、舞い上がっている自分がいる。

怪しい人かもしれない、犯罪だって巻き込まれることもある、頭では分かってるけど、何か起きていることへのワクワクに勝てずに返事をした。

〔こんにちは〕

ちょっとドキドキしながら送ってもすぐには返事がなかった。

返事が来るとは思ってなかったとはいえ、なんだか、しょんぼりする自分がいた。

リプライをくれた人のプロフィールは、自分と同じく、空白で、何も分からない。

ただの気まぐれ、いたずらだったかな。

やっぱり、何も起きないな、なんて思いながら布団に入った。


次の日の朝、寝たはずなのに、寝不足気味の頭で学校に向かう。

登校中にケータイを見ると、Twitterのアイコンにメッセージの返信があったことを知らせるマークがついていた。

あの人かな、と思いながら悪いことをしているみたいな気持ち。

〔突然ごめんなさい。なんもないってどういう意味なんだろうと思って。嫌じゃなければ教えてくれませんか〕

相変わらずプロフィールは空白だったけれど、唯一の判断できる名前は、「こんにちは」と送ってくれた人と同じだった。

名前は、”リョウ”さん。

顔も知らない人とやりとりする怖さよりも、自分の中で、どこかで、こういう刺激を求めていた気がした。

友達の中には、Twitterやインスタグラムで知らない人とやりとりする子もいる。それが普通だっていう子も多い。

これまでやったことなかったけど、私がこうしてやりとりすることだって普通なことかもしれない、と誰にでもない言い訳みたいにして考える。

いつも通りに友達と喋って、授業中、黒板に書かれた文字をノートに写して。いつもと同じ、今日も何も起こらない。

それでも、私だけが、いつもと違う気がした。

昼休み、友達に隠れて裏アカウントを開くことも、ドキドキする。

返事に

〔このアカウント、鍵をかけるので、もし、よければDMでやりとりさせていただけませんでしょうか〕

相手は年上かもしれない、怖い人かもしれない、出来る限りの丁寧な感じの文章を考えて打った。

それから、アカウントを切り替えて友達とのお喋りに戻った。


夜になっても返事は無かった。

明日になっても返事なければ鍵は戻そう。

嫌だな、と思うくらいには、待ってる自分がいた。


次の日の朝、なんだか寝た気がしないような、そう思いながら目をこすった。

ケータイのアラームを消したあと、すぐにTwitterのアイコンを押していた。

裏アカウントを開きながら、ビビりなくせに、返事を期待しているんだ、なんて自嘲した。

「あ、返事、きた」

返信があったことに喜びながら、何かが起こり始めていると思った。

断りのメッセージじゃありませんように、とメッセージを読む。

〔こちらこそ。僕でよければ、よろしくお願いします〕

「やった!」

と思わずガッツポーズすれば、学校に急がないといけない時間で、何かが始まった高揚感の中、準備をして家を出た。

電車に揺られながら、DMを送る。

〔これからよろしくお願いします。プロフィール、書いてませんが、私は中学2年生です〕


返事をくれた人―リョウさんと読んだのは最初だけで、同じ年と分かってからは、リョウと呼んだ。

リョウとは、他愛もないことを1日1回返すようになっていた。

リョウは、夜に返事をくれるけど、その理由は教えてくれなかった。

知ってるお店などで、近くに住んでるかもしれないこと、もしかすると同じ学校かもしれないことが分かった。

ただ、お互いに、確実なことは聞かないでいた。私は、同じ学校であれば、余計に知りたくなかったし、リアルな私を知っているなんていうのは、怖かった。

それから、私が好きだといったマンガや曲なんかも、すぐに読んだり聞いたりしてくれた。

Twitterで、あの一言で、こんなにも近くて、似た感覚の人と会うことは、特別で、運命のような気がした。

私たちは、会おうとか、顔を見たいとか、言わなかったし、言われなかった。言われたら、やりとりを辞めるつもりでいたけど、リョウも同じ考えだったのかもしれない。暗黙で、そこだけが、越えちゃいけない一線のようだった。


リョウとのやり取りは1日1往復で、あまり進むことはない。

だからこそ3ヶ月過ぎるのは、あっという間だった。

なんとなく、このまま続く気がしていた。


でも、唐突に終わりを告げられた。

〔もう僕は必要ない気がする〕

朝読んだ、そのメッセージに、頭がついていかなかった。


一行のメッセージに、どれほどの時間をかけて返信を考えただろう。

きっと今夜には何か返事をくれる。

でも、それは最後になるかもしれない。

引き留めるのは、今日の夜までに送るこのメッセージだけ、そう思うと何が正解なのかが分からなかった。

いやだ、さみしい、と文字で書いても表情がなければ伝わらない気がして、

こんな時、友達なら、会ったり、電話したりすればいい。

それは、暗黙で避けた一線だった。

これまで、リョウは私が起きている時にメッセージをくれることも無かった。

〔私は、リョウが好きかもしれない〕

だから、お願い。

もう、夜も遅くなって、もし私の返事を待たないで消えてしまったら、と焦りながら、送ったメッセージ。


ケータイを握りしめて、ケータイを額にあてたまま、通知音が鳴るのを待つと、

ふと、自分の身体の力が抜けた。

さっきと変わらない姿勢でケータイを握りしめていた。

それが分かるのに、身体もおかしい気がする。

手には力が入らない。

ケータイから額を離すと、ケータイを慣れた手付きで操作していく。

それは、私の意思で動いていない。

これは夢?

見えている世界は、私のいつもの視界だけど、視線は強制されるような感覚がある。

私の目は私の手でケータイを操作して、慣れたようにSNSを開き、ログインした。

ただ、そのログインしたアカウントは、私のアカウントじゃない。

見覚えのある名前は、リョウのだった。

さっき私が送ったメッセージは、相手側のメッセージとなっていた。

わけも分からないで見続けるしかない。

〔ね?見えてる?〕

私の手でケータイに打ち込まれていくメッセージを視線が追う。

書き込まれたその文字を送信しても、既読がつくはずはない。

だって、それは、私のアカウントあてに送信しているのだから。

〔きっと、声は出せるよ〕

なんのことか分からないのに、指も腕も身体も力が入らないのに、とイライラし始めてた。

「え?」

それは私の声で、私の思う声。

〔ほら〕

そう書き込まれた。

「なに、これ、」

〔ま、訳わからないよね。あ、夢でもないし、幽霊とかヒヨリが死んだとかじゃないよ。リアルタイムでお喋りするのは、初めてだね。このまま、少しだけ、最後に、付き合って〕

「誰」

〔いつもやり取りしてた、リョウだよ。このアカウントの〕

「ウソ、」

自分の手で打って表示される文字を読んでいるのに、何が書いているのか分からないなんて混乱する。

〔パニックになるとは思ってたんだけど、もう僕は必要ないかなって、最後の挨拶をしたくてね〕

「なんで」

〔僕はヒヨリが作った、”普通じゃないこと”なんだ。〕


〔そろそろ消えようかなと思ってね。アカウントのパスワードの削除もお願いしたくてさ。パスワードは、そうだなクイズにしようか。僕が好きな――〕

「なんで、そんな一人で決めていっちゃうの!」

メッセージの先を遮るようにビックリするくらいの声で言っていた。

〔ごめんね。僕のわがままなんだ。もう消えたい〕

「なんで…」

〔それは、答えられないよ…〕

「なんで…」

〔最後にこんなケンカみたいにしたくは無かったんだけど、ね。本当にごめんね。

ただもう決めたことなんだ。僕が返事をすることはないよ。

もう夜も遅いから寝なよ。

また寝不足になるよ。

ま、寝不足の原因は僕だったんだけどね〕

そういうと、私の手は、アカウントのメッセージを打ち込んでいたDM画面を閉じてしまった。

〔おやすみ〕

と言われた気がしたけど、もう彼の言葉は分からない。


朝、ケータイのアラームが聞こえてくる。

私は、いつも通りに布団に入っていた。

夢だった?

そう思いながら、いつも通りの位置に置いてある、ケータイを取った。

アラームを止めたそのまま、TwitterのDM画面を開いた。

彼のメッセージだけが並ぶDMは、夢かと思った昨日のメッセージが残っていた。

それを下までみると記憶にはないメッセージがあった。

あれからリョウというか私の身体なのだが、もう一度起きてメッセージを入れたことになる。

〔ごめん。

言葉が足りなかったかもしれない。

ヒヨリが作った”普通じゃないこと”の僕・リョウは、もう一人のヒヨリじゃないよ。

ヒヨリが二役やっていたんじゃない。

僕は、僕として、リョウとして存在していた。

最初はヒヨリのことを知らなかったし、どうして、自分が夜に目が覚めるのかも、

身体は、ヒヨリという人だということも、訳が分からなかったんだ。

でも、ヒヨリのことを知りたくなってTwitterを始めたんだ。

1日1往復しかできないことは、もどかしかったけど、

色んな話ができて楽しかったことは、間違いない。


僕は、ヒヨリのことが好きだよ。〕


そのメッセージを読んだあと、

数日後、私はリョウのアカウントにログインした。


アカウントのパスワードは、私の名前だった。



終わり

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