雨の続いた日

6月20日

 このところ降り続いた雨は、ようやく弱まる気配を見せてきた。ようやくフロアの泥掃除から解放されそうだとメイドが言う。いやお前雨が降ってから二日に一度しか顔出さなかったじゃねーか。と口には出さずにこの日誌に書いて愚痴を解消する。

 あいつここにいない日にはどこにいってるんだか未だによくわからん。


6月24日

 豪雨。

 雨は結局降り止まず、客足は雨の強さに比例して落ち込んだ。今日は裏の客も誰もいないのか、着物を着崩した娼館の主人は「暇にゃ〜! 白銀なんか面白いことするにゃ〜!」とか騒ぎ立てるので、冗談半分に水飴を作って渡すといたく気に入ったのか真剣な目でずっと練っている。

 ……その猫耳をモフろうとしたら思いっきり手を弾かれた。いたい。

 お前そろそろたまってる賃料やら生活費を支払えよと言えば、ぴゅーっと風を纏って逃げていった。あんにゃろ。


6月28日

 快晴。外の空気が気持ちいい。

 道はぬかるんだままだが、客が多く訪れた。宿泊になる客も多く何組かは断ることになったし、昼間からエールとビールとハイボールがやたらと注文される。

 泥掃除にキレかけてたメイドが酔っ払いに尻を撫でられ、ついにブチ切れて裏の娼館に叩き込んでいた。搾り取られてくるがいい。

 客の一人に話を聞けば、どうやら大雨で延期になっていた祭りがあったようだ。一週間ほど続くらしいので酒の発注を増やしておく。

 王太子の生誕祭と婚約発表か。めでたいね。


6月30日

 困ったことになった。

 深夜に訪れたいかにも怪しい格好した客が、実は近衛騎士団の副団長で、凄腕の錬金術師に重要な頼み事があるらしい。

 内容は依頼を受ける契約をしてからじゃないと話せないという。はぁ。

 俺は裏の応接間に客を通した。ここなら物理的にも魔術的にも、基本的に誰にも聞かれることはない。


「……わかりました。断れない依頼でしょう? 契約しますよ」

「すまない。だがこちらにも事情があることはわかってほしい」


 魔術刻印された契約書を作り中央にお互いの血判を押すと、それを二つに割いて互いに懐に入れた。


「それで、どのようなご依頼で」


 客ーー女騎士はキョロキョロと周りを見渡し人の気配を確認した後、「実はな」と切り出した。


「王太子は、女なのだ」


 俺は天を仰いだ。

 今まで誤魔化していたが、成長期を迎えた王子の体つきの変化。男として育てられてきたこととの戸惑い。そしてなにより、婚約者にも女であることは伏せられたままだと言う。

 つまり、性転換薬をお求めなわけだ。


 しかし時期が悪い。俺は説明した。


「薬を作ることは可能です」

「ではーー!」

「ですが、材料の入手が無理です。いくつかの材料は冬にしか取れないものがあるんです」


 丁寧に説明を重ねると、女騎士の顔色はどんどんと悪いことになっていった。


「そんなに急ぎなのですか?」

「……婚約者の方との初夜が迫っているのだ」


 実際の行為のするしないはともかく、同衾をしなければならない一種の儀式的な側面を持つ日が迫っているらしい。

 なんでもっと早くに対策を打たなかったのかと聞けば、お抱えの錬金術師達が対応すると言い張り、結果うまく行かずに匙を投げたらしい。どうやら政治的な話も絡んでいるらしく、陛下も頭を抱えていたとか。そこに舞い込んできた俺の話があったと。


「頼む、なんとか、なんとかならんのか」

「そう言われましても……」


 儀式を誤魔化したとしても、初潮が始まると性転換の難易度が一気に上がってしまう。

 うーむ。と、腕を組んでいたその時だった。


「話は聞かせてもらったにゃー!!!」


 どこにでもいてどこにもいない、そんな化け猫が一人、デスクの引き出しからにょっきり生えてきて、「んにゃー!!???」着物の袖を引っ掛けて派手に転んだ。


7月4日

 爽やかな風の吹く晴れの日。

 すったもんだの末、娼館の主人と従業員の一人(隠蔽して人に見えているが淫魔らしい。いつのまにそんなヤツ居たんだ)は女騎士と共に王城へ向かい、王太子を男にして戻ってきた。

 城下町の屋台に満足したのか娼館の主人は実に嬉しげに、俺から強奪していったマジックバックからお土産のりんご飴(厳密には林檎じゃないが)を取り出して渡してきた。


「いいことをした後は気持ちがいいにゃ〜!」


 そのマジックバックの中にアホほど金貨を詰め込んできたくせによく言う。

 なんにせよ依頼はうまくいき、これで娼館の主人は俺に賃料やら生活費を納めれる。万事オッケーというやつだ。

 もらったりんご飴はナシとバナナの間のような味がしてなかなか面白かった。


「ミケさん」

「何にゃ?」

「ありがとうな」


 にゃはは! とその猫耳を揺らしながら花魁は笑った。


  ※ ※



 後日。

 お祭りも終わってまたゆっくりとした日々が続いていたある日、女騎士が再び現れ、


「王太子が、王太子がぁ〜!!」


 妖艶な雰囲気で惑わせた女を代わる代わる寝所に連れ込むようになり、自身も処女を捧げてしまったと泣きついてきたのはまた別なお話。


「ミケ〜〜!!!!!!」



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銀狗亭営業日誌 ヤミノツキシ @yamie

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