エピローグ 神楽坂 モモウラビワ

無花果へ


 元気ですか? 地獄ってどんなところですか? 体は元に戻りましたか? 果樹園を逃げ出した時は子どもだったし、大人になれるなんてこれっぽっちも思っていなかったけど、本当だったら無花果だってちゃんと背が伸びてカッコ良くなってたはずなんだよね。でもあたしはあんまり男っぽすぎる人は嫌いだから、無花果も遼さんみたいな綺麗な人になってくれたらいいなって思ってます。どっちにしろあたしと無花果は一緒にたくさん人を殺したから、どうせ、ううん、絶対地獄で会うって信じてます。すごく楽しみにしてるよ。これは本当。天国に較べたら地獄はきっとすごくひどいところだけど、また会えたら一緒にいっぱい楽しいことをしようね。また会える日まで、風邪をひかないで待っててね。


 あたしは今、学校に通っています。遼さんが手続きをしてくれました。あたしは「百裏モモウラびわ」っていう名前で、高校生で、苔桃と一緒に遼さんのマンションで暮らしてます。遼さんのマンションはとっても広いのに、空き部屋がいっぱいあるの。昔一緒に暮らしていた人がいたんだけど、もうみんないなくなっちゃったんだって。だから遼さんは、あたしと苔桃にもお部屋をひとつずつくれました。ベッドや机も一緒に買いに行ったよ。スーツ姿じゃない遼さんはヤクザっていうより俳優さんみたい──って苔桃が言ってました。いいなぁ。あたしだって遼さんのこと見てみたい! 実は、あたしの視力は実はちょっとずつ戻ってきてるの。なんでかっていうとね、無花果がいなくなって、無花果に渡していた苔桃の能力があたしの体に流れ込んだから。書いててちょっぴり変な気持ち。無花果はもういない。けど、ちゃんといる。そういう気持ち。

 遼さんはほんとは一軒家で暮らしたくて、隠居したら静かに花でも育てたいって言ってるから、あたしたちが大人になったらみんなで引っ越しをすることになるかもしれない! 引っ越しってしたことがないから、楽しみです。


 あの日あの変な狐のやつが無花果の骨を割ってしまって、あたしはすごく泣いたけど、その後あの部屋は無花果のための部屋になりました。これは徹さんが提案してくれて、もう壁も床も全部焼けちゃったから全部完全に燃やして、天井をぶち抜いて、灰を埋めて、周りをぐるっとガラス張りにして、廊下の色んなところから見える四角い庭みたいになって、無花果の骨もお庭に撒かれました。どうかな? 嬉しい? 雨も風もおひさまの光も、全部が無花果のものになったあのお庭を、あたしは素敵だなって思ってます。あたしと苔桃は遼さんが四ツ谷に行く時は絶対一緒に行ってお庭を覗いてるよ。少しずつ新しいお花も植えてます。一年中たくさんのお花が咲くようになったらいいなぁって思って。ほんとは毎日だって通いたいんだけど、あの建物には子どもだけで出入りしちゃだめなんだって。この話をする時だけは遼さんは少しだけ怖い声を出します。よく分からないけど、遼さんと徹さんに迷惑をかけたくないから、我慢してます。


 高校では園芸部に入って、色んな草花を育ててます。遼さんが見つけてくれた女の子しかいない学校で、あたしは目が見えないけど特別に入学させてもらって、見えないけどパソコンとイヤホンで授業を受けながら、ちゃんと勉強してます。ほんとだよ。勉強って面白い。果樹園の中にいる時には知らなかったことがなんでも分かるし、教えてもらえる! あたしがいちばん好きな授業は現代文と数学。先生が点字の教科書を用意してくれたんだけど、一日で全部読んじゃいました。すごいでしょう? あたし、。フィーリングで読めてしまうのだ、えっへん! 数学は、なんていうんだろう、何にでもちゃーんとルールがあるんだなって分かるところが気に入ってます。やっぱり果樹園はダメだよ。ルールがないっていうか、一部の人間にだけ都合の良いルールで回してたじゃない? それに較べると数学はみんなに平等で親切!

 苔桃が制服似合うって褒めてくれて嬉しかったよ。ちゃんと校則を守ってスカートの丈も変えないでいるし(短くするのにも憧れるけど、もう少し慣れてからにしようと思ってる)、徹さんが通学用にって新しいスニーカーを買ってくれました。それでね、園芸部にはもうずっと前から枇杷と、無花果の木があって、あたしはそれを見るのがすごく好き。収穫期が来たら、園芸部のみんなでジャムを作るんだって。楽しみだな。でも、苔桃の木がなくて残念って言ったら、遼さんが通販で苗木を買ってくれました。あたしはその苗木を四ツ谷の無花果の庭で育ててます。あたしが行けない時は徹さんが面倒を見てくれてるよ。苔桃の木、大きくなるといいなぁ。


 それでね。困っちゃってることがひとつだけあるんだ。前にね、遼さんと徹さんと、あたしと苔桃で果樹園を燃やしに行ったじゃない? 無花果も一緒だったよね。遼さんたちは気付いてなかったみたいだけど。あの時、あの夜にみんなで果樹園の中にいた子どもを外に連れ出したんだけど……


 20人ぐらいかな。果樹園以外の場所に行きたくないって言って逃げちゃったんだ。


 遼さんが養護施設? の人を呼んだりして、子どもたちみんなが果樹園以外の場所で暮らせるように手続きしたんだけど、壺の中にいた10人は果樹園から出なかったし(力が強すぎて、遼さんと徹さんには触らせるわけにはいかないし、あたしたちが三人で力を合わせても引っ張り出せなかったよね)、なんとか連れ出した災いの部屋の子も20人ぐらい、いつの間にか逃げちゃったんだって。徹さんがこっそり教えてくれました。遼さんは責任感じてるみたいだから何も言わないでいて、でもあたしと苔桃がそのことを知らないのは不公平だから──って徹さんが。

 でも良く考えたら15年前のあたしたちだって無理やり果樹園を脱出したんだし、そういう強い力がある子が連れ出した中にも何人かいたんだろうな。


 徹さんが言ってた。いずれどこかに新しい果樹園が生まれるって。すっごく嫌な予言だけど、きっと当たってしまうのだと思う。苔桃も、何も言わないけど同じことを考えているんじゃないかな。あたしは、あの時神様になろうとしたあたしのことをバカだって思うけど、でもって信じなきゃ生きていけない子も、いるんだよね。だって全員が全員、望んであそこに来たわけじゃない。売られてきた子もいるし、攫われてきた子もいる。そんな自分に価値を見出そうと思ったら、そうやって考えるしかない気持ちは分かるんだ。分かるから、ちょっとだけ悲しいよ。


 遼さんがやったことは、正しかったのかな。間違っていたのかな。無花果はどう思う? あたしは、あたしが怖がってたものを全部遼さんがやっつけてくれたから、遼さんのことを信じたい。いつか大人になったらあたしが遼さんを守りたい、とも思っている。でもみんなが同じ考えを持っているわけじゃないって徹さんが言ってたのも分かる。本当はちゃんと分かってるんだ。みんなが同じものを信じたり、崇めたりしたら狂ったり腐ったりするってことも、自分で経験して知ってる。世の中はバラバラじゃなきゃいけないの。ずっとくっついてたら、そこからぐちゃぐちゃになって、ダメになってしまうから。

 でも、どうしても、みんなで仲良くじゃダメなのかなぁって夢のようなことを考えてしまうんだよね。


 きっと。いつかまた、あたしは果樹園と戦わなきゃいけないんだと思う。今の苔桃はもうすっかりふつうの男の子で、遼さんの運転手をして毎日穏やかに暮らしてるから、そのいつかが来たら今度はあたしがいちばん強くなきゃいけない。考えるだけでもすごく怖いよ。怖いけど、無花果、地獄から応援してね。次はあたし、絶対に、誰にも負けないよ。あの訳の分からない狐だってやっつけるし、子どもを傷つける大人のことを許さない。もしかしたら遼さんみたいに、大事な人を守るために人を殺すかもしれない。そうならない方がいいのかな。もっといい方法を見つけたらそっちを選ぶ、かもしれない。かもしれないばっかりだね。急に選択肢がいっぱいになっちゃって、あたしもちょっと混乱してる。

 大好きな人を守るために強い枇杷になりたい。今無花果に聞いてほしいのは、そういうこと、かな。


 すっごく長くなっちゃった。読んでくれてありがとう。また、次はハッピーなお手紙を書きます。待っててね。大好きな無花果へ。びわより。


【おしまい】

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