深夜のドライブ

ドン・ブレイザー

深夜のドライブ

『ドライブに行こうよ!』


 友人からそんなメッセージを受け取ってから10分もしないうちに、外から物音が聞こえた。2階の自室にいた私が窓を開けて外を見ると、自宅前に銀色のワゴン車が1台止まっている。同時に、携帯電話に着信があった。


「家の前に着いたよ!降りてきて!」


 そう一言いってから電話は切れた。時刻は深夜0時を過ぎている。しかも、まだドライブに行くとも行かないとも言ってない。少々強引な感じはしたけど、私は外出用に着替えた後、部屋から出た。玄関には友人と、私の母がいた。


「そういうわけで、ちょっと借りていきますね」とかそういう感じのことを、友人は母に言っていた。友人のことを昔からよく知っている母は「この子最近外にも出ないからちょうどよかった」とかなんとか言って、もうすでに私と友人が一緒にドライブに行くと言う話が出来上がっているようだった。


 別にまだドライブに行くって言ったわけじゃない、と思ったけど思うだけで口には出さないことにした。ただ何となく、私も今夜はドライブにでも行きたい気分だったから、かもしれない。


 2人はワゴン車に乗り込む。友人が運転席、私が助手席。私がシートベルトを閉めたのを確認してから友人はエンジンをかけた。


「どこか行きたいところある?」


「別に」


「行きたいところないなら、適当にドライブってことで」


 こうしてドライブは始まった。普段お調子者の友人にしては意外、と言ったら失礼かもしれないけど、運転は丁寧だった。交通量が少ない深夜なので、もっと飛ばすかと思っていたから。


「実は私も最近乗り始めたばかりだからあんまり慣れてないんだ。免許取ったのはだいぶ前だけど、全然乗ってなくて」


「最近車乗り始めたんだね」


「うん、まあ通勤で必要だったから……」


 そこで、一旦会話が途切れた。深夜の田舎道。道路の途中でたまに街灯があるくらいでコンビニもろくにないので光がない。ただワゴン車のヘッドライトだけが頼りだ。対向車もろくにこない。あまりにも静かなので何か話そうかと思ったけどやめた。確か車に最近乗り始めたと言っていた。ならこんな深夜の運転も慣れてないかもしれないので、うかつに声をかけたら運転の邪魔になるかもしれない。それに、会話といっても何を話したらいいか思いつかない。


「この間さ、この車のバッテリー上げちゃったんだ。ガソリンが切れたんじゃなくてバッテリー切れ」


 色々考えていると突然友人が話し始めた。なんの前振りもなくいきなり。


「車ってガソリンだけで動いてるわけじゃないんだね。電気も使って動いてるんだよ、知ってた?私は全然知らなくてさ。エアコンとかヘッドライトも全部電気を使うし、何より1番大事なのはエンジンを起動させること。だから電気がないと車ってそもそも動かないんだ」


 運転免許は持っているけど、習得してから一度も車に乗っていない私は友人以上に車の関して無知だ。だから友人の話を素直に感心しながら聞いた。私だって電気を使う車は電気自動車ぐらいだと思っていたのだから。


「じゃあ、ガソリンスタンドで給油するみたいに、時々充電しないといけないのかって思うじゃん?でもそれは必要ないの。こうして車を走らせてるとね、発電機が動いて、自動的にバッテリーに電気が溜まっていくんだよ。だから毎日車に乗ってたら、必要な電力は自動で充電されるんだ。よくできてるよね」


 毎日か。友人は通勤で使っているということは友人は毎日車を運転しているんだな。そう考えると隣にいる友人が急に大人になったような気がした。車とかバイクを運転するのは大人のやることでなんだか自分にはまだ早いことのような気がしていたから。20歳を過ぎて、大学を卒業してからも大人になったという実感も自覚も私にはない。そしてそのまま私は社会人になった。


 友人は話し続ける。夜道に慣れてきたからか、気持ち車のスピードが上がったように思う。


「私がバッテリーあげちゃったのは、ヘッドライトつけっぱなしにしててそのまま駐車場に止めてたから。車が止まってる時にライト点けっぱなしだと、発電なしで電力を使う一方だからそのうち無くなっちゃうわけ。ファミレスで4時間くらいダラダラしてて、帰ろうとしたらエンジンがかからないんだもの、びっくりしたよ、あはは」


 そう笑いながら友人は話すけど、実際は笑い事じゃなかっただろうな。私だったらどうだろうか。駐車場に動かない車とともに一人取り残され、呆然とする様子を想像して、正直寒気がした。


「まあ、ファミレスの近くにあった車屋さんに事情話したら、親切に助けてもらってなんとかなったんだけどね。でね、バッテリーが切れたら充電しなくちゃならないんだけど、野外だとできないじゃん?そういう時どうすればいいかっていうとね、他の車に助けてもらえばいいんだ。車の電気ってさ、他の車に分けてあげられるんだよ。エンジンとエンジンを太い線みたいなので繋いでさ、電気を送り込んでエンジンを起こすの。車が車を助けてあげられるって、なんかいいよね」


 確かになんかいい、と私も思う。何がどういいかはうまく説明できないけど。


「でもさ、一時的なものなんだ、それって。一回エンジンを起動させる電気をあげるだけで、エンジンを切るとまた全然動かなくなるんだ。だから一度充電してもらったら、後は車を走らせまくってバッテリーに電気溜めないと元どおりにならないんだよ。結局最後は自分自身で何とかしないといけないんだよね。あくまで最初だけ、きっかけだけっていうか……」


 そこまで話して、友人は口を閉じた。車内に沈黙が流れる。そして、左に指示器を出したかと思うと、急に路肩に停車した。それからまた口を開いて、ゆっくり話し始めた。


「だから、あのね。私があなたをこんな急にドライブに誘ったのは、何かのきっかけになったらいいなって思ったから……あなた、さっき私にメッセージくれたじゃん、『死にたい』って」


 そう、確かにそんなメッセージを送った。一人自室のベッドの上で携帯電話をいじっていると、不意にそういう気分になって、どうしようもなくて、誰かに聞いてもらいたかったから。送った直後は後悔したけど。そうしたら『ドライブに行こうよ!』と返事が来たんだった。


「あのメッセージ読んで、私どうしたらいいか分からなくてさ。別に困ったとかいうわけじゃないんだよ。ただあなたを励ます言葉が見つからなくて、だからこうやって家まできて、あなたを車に押し込んだんだけど。さっき少しだけおばさんから事情聞いたよ。仕事でうまくいかなくて退職して、今実家でずっと部屋にこもってるって……」


 その通り、私は就職して何ヶ月も経たないうちに退職し、今は実家に引きこもっている。仕事をしていた頃は心も体も疲れ切っていて、辞めればとりあえず今より良くなるだろうと思って退職したけど、体力は戻っても未だに心はざわついていてずっと落ち着かない。


「でもおばさんひどいこと言ってたんだよ。『別に病気でもないのに毎日ダラダラしてる』って。違うん、だよね。体が健康でも心がそうじゃないんだよね。車で例えたら、ガソリン満タンでも、バッテリー切れな感じ。働けとかなんとか言われたってバッテリー切れの車で走れっていわれてるようなもんだよ。ホント、全く……」


 友人はまるで自分のことのように、本当に悔しそうな口調で言った。こういう事を言ってくれる、友人のそういうところが私は好きだ。おかげで私はいくらか救われた気がした。


「こうやって、ドライブしてても、あなたのバッテリーが充電満タンとかにはならないとは思うんだ。でも、それでも私……」


 友人はハンドルを持ったまま俯いている。暗くて表情は見えないけど、泣いていることは分かった。


「でも、でもね。こうして2人で車走らせて、どうでもいいこと話したりするだけでもさ、あなたが明日から少しだけ動いていくきっかけぐらいにはならないかな」


 気がついたら友人も私も泣いていた。情けなく鼻水を垂らしてビービー泣いた。私はともかく友人は涙目のまま運転するわけにもいかないので二人とももう涙が出ないくらい泣いて、しっかりと目を拭いてから、ドライブは再開した。


 ドライブの終着点はとある道の駅。そこに着いた時には、もう深夜2時を回っていた。当然人はいなかったけど、だだっ広い駐車場の隅で飲み物の自動販売機だけが光っていた。そこで私はカフェオレ、友人はブラックコーヒーを買って飲んだ。


「またエンストしてもいいよ。でも、その時は電話でもメッセージでも、何でもいいから連絡して。私きっとロードサービスよりも早く駆けつけるからさ」


 友人の言葉に、私は静かに頷く。


 未来のことなんて分からない。1年後どころか1ヶ月後、いや1週間後のことさえも。だけどはっきりしたことが一つあって、私は明日も生きている。また、この先死にたいと思うともあるかもしれないけど、ただ明日1日は生きてみよう。それだけの電力は確かに貰ったから。

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