第5話獄中ナウ

「―――」


 ん、ん~~~。

 あー、なんか痛い。

 つーか、寒っ。

 冷たい石畳の感触ダイレクトインなんすけど。


「~~~!」


 がばっと上半身を起こして秒で後悔。体の節々バッキバキ。

 ま、死にそうな目にあったし当然っちゃ当然か。

 眼を開けて辺りを見回す。

 無骨な石畳の部屋には、おまる用の木桶と、今俺が使っている薄手のシーツ以外には何もない。

 部屋の奥には拷問用の器具とかあった気がするが今更そんなもの見たくはないし。


「やっと起きたか。オリヴィエ隊長がお呼びだ!」


 外から聞こえる声は女の声。

 声の調子からするとなんか苛立っている感じ?

 だがそんなの関係ねえ。


「パイセン? パイセン、まだ寝てんスか?」

「……」


 言ってる間に段々記憶がリターンしてくる。

 まずこの場所は傭兵団『燈火』の本拠地の地下牢。

 あの後俺とパイセンは、後続部隊と合流したオリヴィエに強制的に連行されて、彼女らの拠点に連行された次第だ。モチ魔剣は没収されてる。


「おい、出ろ!」


 鉄扉が嫌な音を立てて開くと、下っ端傭兵なんだろう女が俺を睨んでいた。マジおっかね。

 言われるままに俺は部屋の外に出る。

 パイセンが昨日入れられていた独房の鉄扉の小窓を覗いてみても、中には誰もいなかった。


「おい! チョロチョロするな!」

「なあ、パイセンは? ここにぶち込まれた人」

「キサマ! 立場が分かってないのか⁉ 黙ってついてこい!」


 なんかメッチャ怒ってるぅー。

 何で?


「つーかさ、俺どうなんの? ねえ――ぶへっ」

「もう一度喋ったら股間を蹴り上げるからな」

「サ、サーセン!」


 エ、なくない? ガチで殴るとかなくない⁉

 つーか、何であんな怒ってんの?

 

 不本意ながら黙って女傭兵についていくと、とある部屋の前で立ち止まった。


「くれぐれも隊長に失礼のないようにな」

「ッス」


 マジおっかねーわ。急にこっち振り向いたら人でも殺しそーな眼ですもん。

 女が扉をノックして部屋の中に入り、俺にも入れと促す。

 足を踏み入れた瞬間、

 

「クッセ!」

「貴様!」

「マジやべえよこの部屋。鼻イカレてんの? ‼‼%※~♨☆◎~‼」

「申し訳ありません! この男、想像を遥かに超えたバカのようで」


 ……マジで蹴るとか。マジで。しかも後ろからとかマジで。

 うずくまりながら顔を上げると、バカでかい執務机に並べられた花の間から涼しい顔でこっちを見ていたオリヴィエと目が合った。

 オリヴィエは涼しい顔で小首を傾げて椅子から立ち上がる。


「そう? でも、一つ一つの香りはいいものよ」


 そうして、部屋中に頭おかしい数飾られている花の一つに近寄り、長い黒髪を耳にかけながら、顔を近づけてその匂いを嗅ぐ。


「花はね、この香りで虫を誘っては、動けない自分の代わりに働かせるの。虫達も蜜をもらえて幸せ。ほら、素敵な関係よね?」


 口元で手を組んで、満面の笑みで語る姿はちょっと怖かわいい。


「……で?」

「……いいわ。本題にはいりましょう」


 オリヴィエは卓に戻って椅子に座り直し、すました顔をして口を開く。


「とにかくあなたの処遇は無罪。あなたのお仲間も一足先に開放しているわ」

「マジ? 助かるー」

「そもそもあの場に魔剣はなかった。あの商人は最初から魔剣をもってなかったし。当然あなた達も魔剣を目当てに彼等を襲ったなんてことも起こらなかった」

「いや、あったっしょ! オリヴィエちゃん、俺の活躍忘れちゃった?」

「……」


 俺の鮮烈なデビュー戦がなかったことにされるのはちょっと。確かにその後のオリヴィエちゃんの活躍に比べればチョイ霞むけど。

 ん? なんか面食らった顔してっけど。

 オリヴィエは少し溜息をついて小さく首を振る。


「そういうことになったの。あの商人にとってもそれが最善。というか他に選択肢はないわ。魔剣の隠匿は重罪。それが聖剣ともなればなおさらね」


 そういう話にしたってことね。なら早く言ってよ。


「ってか昨日から言ってたその聖剣って?」

「あら、魔剣が喋るって言ったのはあなたよ。嘘だったの?」

「や、嘘じゃねーし。つーか聖剣ってあの聖剣?」

「そ。誰もが知ってるお伽噺の聖剣。十三のうちの一振り」


 マジか。

 極まってんな、俺。それは世界で十三人に選ばれたといっても過言じゃ――マジ?

 やっべぇ。よく分かんねーけど。

 オリヴィエはおもむろに魔剣を取り出し、卓上にのせる。それは見間違うはずもない、俺が昨日使った魔剣。ボロボロサビサビでおまけにババアが憑いてる。


「ここに私達が昨日偶然魔剣がある。これをあなたに預けてもいいわ。もちろん、魔剣使いとしてそれなりの報酬は用意する」

「ほう」

「要はあなたを傭兵として雇いたいってこと。ねえ、『燈火』に入らない?」


 まあ、世界に十三人にしてみれば、当然の評価だろう。傭兵団としても世界で十三人をこのまま放っておくはずもない。

 『燈火』はこの街では有名な傭兵団だが、女ばかりの傭兵団らしいし、さぞ苦労もしていることだろう。それを颯爽と聖剣を持った世界の十三人の一人が涼しい顔で救う。

 うん。悪くない。

 むしろ最高のシチュ。


「だが断る‼」

「どうして? 悪い条件じゃないと思うけれど」

「や、もうあのババアと繋がるの二度と御免っつーか」


 さすがのオリヴィエちゃんのお願いでもそこは譲れん。昨日はなんかテンション上がってたからまともな判断できてなかったけど、冷静に考えたら片時も離れないババアがついてくる魔剣とかマジないわ。

 聖剣とか言ってっけどもはや呪い憑き装備だよね。


「あの生気吸われるみたいな感覚よ。本人、魂すするとか言ってたけど、もう普通にゾワる。オリヴィエちゃんも一回リンクしてみ? 分かるから」

「それは無理ね。私には適正がないから」

「歯がゆしっ!」

「なら交渉決裂?」

「他に魔剣とかねーの? 俺イケると思うんだよねー。なんたって世界で十三人なわけだし?」

「残念ながら私達が所有している魔剣は全部所有者がいるわ」

「じゃあさ、聖剣抜きで雇ってくんね?」

「聖剣抜きのあなたをどう評価しろと?」

「辛口ぃー」


 そういうことならしゃーない。もちろん『世界で十三人の聖剣使い』に惹かれないこともないが、それ以上にあのファッキンババアと繋がるのはもう勘弁。ヴォエヴォエ言ってたけど、今となってはこっちがゲー出るわと言いたい。もう面と向かって(?)言うこともないだろうが。

 これからのこととかまだ何も決まってないが、まあなんとかなんだろ。なんたって世界の十三人だしな。


「それじゃ、話はお終い。もう帰っていいわ」

「いいの?」


 なんか呆気ないな。もう少し引き止められるかと思ったが。ま、何言われても断るけどね。

 俺は踵を返して扉へと向かう。


「ああ。最後に言っておくけど、あなたはまた戻ってくるわ。香りに誘われた虫みたいにね」


 扉が閉まる直前、そんな意味不な負け惜しみを投げつけられた。


       ✕           ✕           ✕


「おう。お前も無事だったんだな」


 傭兵団『燈火』の拠点を出た所で、不意にかけられた声に振り返ると、エリオットパイセンが神妙な顔をして立っていた。

 共に地獄から生還した仲なのにこれっきりもう会えないかと思ってたから少し感涙。


「パイセンじゃないっすか! パイセンも無罪放免余裕綽々なんすね?」

「……まあ、一言詫び入れたいと思ってな。その、あん時は悪かったな」

「何のことっすか?」

「おま、俺を許してくれるのか?」

「や、だから何のこと?」

「……あ、ああ。昨日転んだお前を置いてったことだよ。気付かなくて。あの時は逃げるだけで精一杯だったから」

「あ、そんなこと? 全然気にしてねーっす」

「許してくれるのか?」

「自分、振り返らない主義なんで」

「そうか。器がでかいな」

「あー、器はデカく、顔は広くが俺のモットーっすから」

「……ま、まあ、とりあえず詫びの印に奢らせてくれよ。これからの話もあるしよ」

「マジすか? ゴチでーす」


 しかし、マジで俺ツイてるー。今手持ちねーし、とりま、盛り上がったとこで宿代と当面の資金も借りとこう。俺に引け目あるらしいし、酒の席なら百パーだろ。


「つーか、昨日の話も聞かせろよ。聖剣の英雄の話をよ」


 聖剣の英雄、聖剣の英雄、聖剣の英雄! なんて心地良い響き。ただそれも今となっては選ばなかった未来。そう考えると少し寂しい気もする。

 俺は振り返らない漢だが、今のうちにもう少し味わっとこう。


「ん? 聞こえなかったっす、パイセン。何て?」

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ギャル男の魔剣、ババアが憑いてたらしいよ。ウケる。 興島湊 @okishima

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