第4話魔剣のぱわーーー‼
嵐のような急襲。
突如として森の暗闇から現れた四人の戦士は、手に持った剣で群がる赤猿を斬り伏せながら戦場を駆けていく。僅かな月光で浮かび上がるその姿は全て、戦場には似つかわしくない、線が細い女のものだった。
戦場に散っていた赤猿は、怨嗟に満ちた咆哮をあげながら戦場に出現した新たな脅威へと怒涛の如く押し寄せる。
「あら、たくさん。そんなに焦らないで、お猿さんたち」
そんな絶望の光景に全く怯むことなく、妖艶な声の主は手に持った生身の剣を構えることもなく悠々と歩いてくる。
刀身にはめ込まれた翠と紅の光が、薄暗闇の中、不気味に揺れていた。
「アンカーストーン」
女の声に呼応して、紅い魔石が刀身から飛び出した。その数四個。魔石はひとりでに散らばり、ちょうど正方形を形作るように地面に突き刺さる。
アンカーストーン。
聞き覚えのあるその単語は、ライルの頭の片隅に僅かに残っていた学園での講義の記憶を呼び起こした。
まずはエンチャントソード。
紅魔石が一個はめ込まれた、この世に広く普及する一般的な魔剣。
この戦場には少なくとも四振り。今も止むことなく振る舞われ続ける剣撃の軌跡をなぞって、紅い光が翻っている。その人の域を超えた速度は間違いなく魔剣が使い手に与えたものだった。
そして。
「炎弾」
女の傍ら、なにもない宙にいきなり現れた火の玉は、周囲を煌々と照らしながら急速に肥大化していく。
「ばーん」
人の顔ほどに膨れ上がったところで、紅の弾は発射される。
炎弾は瞬時に加速されて、側面から女に襲いかかろうと向かっていた赤猿に当たり弾けた。
「ギャアアア!」
顔に炎弾の直撃を受けた赤猿は顔を覆いながら地を転がる。
女はそれを見ることもなく、逆側から飛びかかってきた赤猿を一刀のもとに斬り伏せる。
魔剣にまだ残っていた魔石の不気味な緑光が、鋭い剣筋に沿って尾を引いていた。
マスターソード。
複数個の紅魔石に加えて深い翡翠色の魔石が付与された上位種の魔剣。エンチャントソードには装着されていない、マスターストーンと呼ばれる翠魔石は森羅万象を操ることさえ可能である。
ただし誰しもに扱えるというわけではなく、選ばれし者にのみ与えられる強大な力。ライルの魔剣もまさしくそんな一振りだった。
マスターソードの使い手は歩みを乱すことなく、優雅に戦場を歩いていく。
その圧倒的な力量差を本能的に感じ取ったのか、赤猿はじりじりと後退していった。
「檻ね。出来るだけ入れちゃって」
打ち込まれていた計四個のアンカーストーンの直上にも炎が灯る。
同時に女戦士達が動きを変え、四つの灯火を頂点とした正方形の内側へと紅猿を追い込んでいく。
真っ赤に燃え盛る炎は勢いを増し続け、赤猿達の怒りの表情を浮かび上がらせる。けれど裏腹に、彼女達の圧によって赤猿はどんどん内へ内へと押し込まれていった。
威嚇し続ける数十頭分の凄まじい咆哮も歴戦の猛者には届かない。
「ストーム」
女の掛け声と同時に、今まで赤猿を押し込んでいた戦士達は一斉に飛び退く。
その時には赤猿の背丈程に成長していた火の玉が、分裂しながら四つのアンカーストーンの上を周回するように一方向へと回り始める。無数に分かれた火の玉は、ぶつかりあいながら火花をちらして弾け、さらに密度を増していった。
完全に逃げ場を失った赤猿達は熱波から逃れようと炎が描く円の中心へと互いに押し合いながら殺到する。檻の外に活路を見出し、果敢にも炎の中に飛び込む個体もいたが、それらのことごとくは外で待っていた戦士達に切り捨てられていく。
炎はさらに勢いを増し続け、渦は竜巻となった。
とどまることなく成長し続ける紅い嵐は、ついに収監者に牙を剥く。
阿鼻叫喚の悲鳴。肉の焼かれる匂い。煌々と強い光を放つ炎の牢獄。
地獄の支配者であった悪魔たちは、まさに地獄の炎に焼き尽くされようとしていた。
「キキッ」「「キキキーーーーッ」」
幸運にも檻に囚われることのなかった赤猿達が雪崩を打ったように森へと逃げ帰っていく。
女はそんな赤猿には目もくれず、高々と舞い上がる紅炎を無表情に見つめる。
戦場には、猛火に焼かれる赤猿の苦悶の叫びがいつまでも響いていた。
✕ ✕ ✕
「何あれ? ヤッバ」
魔剣の戦いの一部始終をあっけにとられながら見ていたライルが感嘆の溜息を漏らす。
「おまえも出来んの? ……あれ?」「ん? オンボロに戻ってね? ウケるんですけど」
ライルがずっと手に持っていた魔剣はいつの間にか元の錆びついた状態に戻っていた。ライルが喋りかけても振り回しても、ウザいくらい頭の中に響いていた声は沈黙したまま。
「あ、コレ、逝っちゃった感じ? ババアには激しすぎたか」「つーか、鞘は? んー……ま、いっか」
ライルは辺りを見回し、それらしきものを見つけられなかったので早々に諦めた。そして興味の赴くまま、まだ炎を見つめる女のもとへと歩を進める。
そんなライルの傍らを、三頭の馬が駆け抜けていった。
三騎の騎馬が女の前に進み、立ち止まった。先頭にいる男は、商隊を率いる商人だった。
「クソザルどもめ。ザマアみろ」
「……」
商人が赤猿を焼き尽くさんとする炎を見上げながら吐き捨てる。
「よくやってくれたな。さすがは傭兵団だな。女ばかりのところをみると『燈火』の者だろう?」
「……」
「おい! 何とか言え!」
「馬上から投げつけられた質問に答える義理があって?」
「オリヴィア隊長!」
一方的な恫喝をさらりとかわした女の下に、四人の戦士達が駆けつける。
商人は苛つきながらも渋々馬を降り、後ろに控える男達も主にならって馬を降りた。
オリヴィアと呼ばれた女は、そんな男達には一瞥もくれず、炎を眺めている。
「術式停止」
オリヴィアがそう告げると、炎のうずは炎上空へと昇り、散り散りになって霧散した。
同時に、紅い緞帳に隠されていた夥しい数の焼け焦げた死体が顔を出す。
商人はその光景に圧倒されながら、生唾を呑み込んだ。
「リコール」
オリヴィアの声に呼応して、アンカーストーンが一斉に飛び上がり、オリヴィアの魔剣に戻った。
今まで暗く輝いていた紅魔石は、剣の下で短い眠りにつく。
「ま、まあともかくよくやってくれた」
「あなた達のためにやったんじゃないわ。イゴールの森の魔獣討伐が私達の任務だったから」
「何?」
「散らかしちゃったゴミは最後まで方付けないとね」
ぞっとするほど甘い声でその女隊長は答える。
「ではこの赤猿達は貴様らのせいではないか⁉ 赤猿は森深くに住んでいて街道近くには滅多に姿を現さん。貴様らが刺激しなければ奴らも襲って来なかったのだ!」
「だから?」
「だから⁉ お前、一体どれだけの損害が出たと思ってる⁉ 人民の命を護るのが貴様ら傭兵団の仕事ではないのか⁉」
「違うわ。私達の仕事は雇い主が決める。私達は傭兵だもの」
「な……⁉ せっせと人気取りして得たお前たちの評判も地に落ちるぞ」
「あら? それは恫喝のつもり?」
オリヴィアが商人にずいと詰め寄る。背丈こそ大きく変わらなかったが、その得も言われぬ迫力に商人は思わずたじろぐ。
「大体、街道に赤猿が近寄らないのはなぜかしら?」
「……」
「ねえ、誰のおかげ?」
オリヴィアが魔剣を持った右手を返す。商人は軽い悲鳴を上げて口を開いた。
「……あ、あんたら傭兵団のおかげだ」
「そう。私達がこうやって教え込ませてあげてるから。人を襲えば酷い目に遭うって」「聞き分けの悪い子には体に教えてあげないと。ねえ?」
オリヴィアがゆっくりと魔剣を鞘に収める。
「そうそう。イゴールの森を迂回しなかったのはなぜ? 大方関所を避けたんでしょうけど」
「それは……」
「それに魔獣の生息域を抜けようというのにこの人員。一体何を運ぼうとしてたのかしら」
「あ、あの……」
主の危機を察してか、ためらいがちな声をかけて男が近づいてくる。その男の後ろからは縄を引かれた捕虜が一人歩いてくる。
「この盗人、捕まえたんですけど、どうしましょう?」
「おお、よくやった。よくやったぞ」
商人は話題を逸らすため、男の誘いに乗った。
これまで事の成り行きを見守っていたライルだったが、その捕虜の姿が目に入ったところで口を開いた。
「あ、パイセン! 無事だったんすね!」
場の全ての視線がライルに注がれる。
ライルは場の空気も鑑みず、というか感じられずにエリオットの方へズカズカと近づいていく。
「いや、よかったッス。マジで。俺らやっぱ持ってんな」
「おまえ――「ああああああーーーーー‼ 貴様、また‼」
エリオットの言葉を遮って、商人が我を忘れて叫びだす。
「るせえなあ。このエモい再会邪魔するとか沸いてんの?」
「おま、おま、それ!」
「あ? コレ? あ、コイツのおかげで助かったわ。マジ感謝」
ライルはそう言うとひらひらと魔剣を振る。月光に照らされて魔石が翠と紅に輝いた。
「マスターソード?」
「ちが、それは、私の」
「いや、パイセンも見るべきでしたよ。俺の胸熱勇姿」「あん時はこうどばーってなって、体がぐわって。もう一瞬っす。一瞬、マジで」
訝しげに目を細めるオリヴィアと、しどろもどろになりながら必死に言葉を探す商人。そんな二人の心情など気にもとめないライルは一人語りだした。
「や、もうあの後っすよ。急に――
「あなた、それ使えるの?」
「あ?」「モチよ。魔剣に選ばれし、選ばれし者っつったら俺のことぉ!」
ライルは自分の話を遮られて一瞬ムッとしたが、間近で見たオリヴィアの容姿が整っていることを認識すると一瞬で態度を変えた。
その上でいいところを見せるために魔剣を使おうと念を送るが、ライルの手のボロ剣は無反応を貫いた。
「あれ? っかしーなー。こうか? こう?」
躍起になって念を送り続ける
切れ長の眼を細めるオリヴィア。そんな様子を見て焦ったライルは魔剣を起動させた時の感覚を必死に思い出して念を込める。
果たしてそんな必死さが天に届いたのか、剣に届いたのか、赤錆びにまみれた剣がまばゆく輝き出す。
「来たコレ」
ライルは頭の中に響く声に耳を傾ける。
(〔この方こそ、世界が安寧する救世主〕とか言ってくれちゃったりしたり?)
〔ヴォエェェェェェーーーーッ! おめえ、なんちゅうもん食わしてくれる? ぺっ、ぺっ、ぺぇっ〕
予想外の内容に、言葉を失うライル。それは本能的な反射的思考しかできないライルの思考を奪うほど強烈な一言だった。
〔冷やかしか? そんならそんでもええが〕〔いやよくねえわ! なんちゅうもん食わしてくれとるんぢゃ⁉〕
(……)
〔おい。おーい〕
(……)
〔ほんにぼけとんか。用ないならもう寝るぞ〕〔寝るからな⁉ ほんに寝るからな〕
「おい! ざっけんなよ。人の頭ん中でごちゃごちゃと!」
〔なんぢゃい。ちゃんと考えれんぢゃないないかい〕
「うるせー‼ だいたいお前なんなんだよ!」
〔おめえが手に持っとる魔剣に決まっとろが。たわけか!〕
(こいつ、派手にムカつくな)
「おい! 何一人でごちゃごちゃ言ってる⁉」
声がした方へとライルが顔を向けると、茶番を見せつけられて苛ついた様子のエリオットが立っていた。
周りを見回せば、何か可哀相なものを見る眼がそこら中にあった。軽くドン引きしている彼等にはどうやら魔剣の精(?)の声は届いていないらしい。
「え? パイセンにはこの声聞こえないんスか?」
「何言ってんだお前?」
〔同調しとらんもんにわしの声が聞こえるかい〕
「同調?」
〔魔剣は持ち主の魂、思考と繋がって持ち主に力を与える。それが同調ぢゃろが。知らんのか⁉〕
「知らん」
〔まあ、こんな魂の味しとる奴にまともな思考は求めとらんけどな!〕
「つーか、何だ。魂の味って。キッショ」
〔ワシら魔剣を突き動かすのは主の思い。その強さが糧となる〕
「で?」
〔熱い思いはワシらの心を震わせる〕
「アツイオモイハ、ワシラノココロヲフルワセル」「だってよ! ヒィーーー」
〔……〕
「魔剣の、心とか」
〔おめえ、多分死んだほうがええぞ〕
「死にましぇーん」
〔やっぱおめえの腐った魂はクソの味ぢゃ〕
「一体誰と喋ってるんだ?」
ザワザワと外野の声が騒がしくなってくる。
「演技か?」
「いや、あれは完全に気が触れてるだろ」
「適正のない者が無理に魔剣を使おうとしたからじゃないのか?」
当然だが、魔剣の声が聞こえない彼等にはライルが独り言を言っているようにしか聞こえない。それが急にキレ出したり、腹を抱えて笑い出したり、馬鹿にしたりすれば、狂っているとしか思えない。
「あなた、魔剣の声が聞こえているの?」
真面目な顔をしてオリヴィエが発した言葉に、場が静まり返る。ただ一人、渦中の人物を除いて。
「イェア! っぱ持つべきはマケ友じゃんね?」
「何言ってるかよくわからないけど、残念ながら私には聞こえないわ」
「マジ? それ、俺が選ばれし者中の選ばれし者ってことで相違なし? あ、その顔、疑ってんね? とりまコイツに喋らせっからさ。チョイ待ち。オイ! なんか喋れ!」
〔……〕
ライルは剣を掲げて全身に力を入れてみたり、ぐねぐねと剣を振ってみたり、あらゆる方法で念をこめてみたが、魔剣からは何の反応もなかった。
そんなライルの様子を、周囲の者は固唾を呑んで見守る。
おかしな光景だった。狂った男の妄言。そう片付けてしまうのが一番明快な結論だろう。なにせその男には品性とか理性というものががすっぽりと欠け落ちている。全てはその男の妄言。そう片付けてさっさと魔剣を取り上げてしまうのが最も合理的なはずなのだ。
だが、誰もそうしなかったのは、その言葉が一種の魔力をもっていたからだった。
喋る魔剣。
老若男女誰もが知っているその存在。
ことの重大さに気付いていないのはただ当のライル一人だけだった。
踊るように、祈るようにライルは意味不明な行動を繰り返す。
(あれー? シカト決め込んでんの? つーか、さっきからコイツ、ダンマリだったような)
(おい、このままじゃオリヴィエちゃんに嘘つきと思われるだろが。早く「救世主、俺」って言え!)
〔ヴォエエッ。おめえまた邪な考えを〕
「お、来た? つーかさ、何でたまにシカトすんの?」
〔寝落ちしとっただけぢゃ。こちとら永遠の眠り姫ぢゃぞ。ババアなめんな〕
「要はババアだからってことな」
〔ちゃうわい! 失敬な。おめえのそのクソみてえに濁った意志じゃ何の糧にもならんっちゅうことぢゃ〕
つーか、ババアだったのか。ん? 魔剣にババアもジジイもなくね?
ま、いっか。とりあえず今はオリヴィエちゃんだろ。
「あー、魔剣、や、ババアみたいなんだけど、コイツが言うには、救世主、俺みたいな?」
〔ヴォエエエエッ!〕
「うっせーな‼」
常軌を逸した行動、数々の支離滅裂な主張。
苛立ちが頂点に達した商人は、馬鹿げた主張をなぜか受け入れているオリヴィエに向き直る。
「馬鹿馬鹿しい! お前、自分が何を言ってるのか分かっているのか?」
「ええ。もっとはっきり言ってあげましょうか? あれはおそらく、そう――
声を荒げる商人に対して、しかし、オリヴィエは冷静に言葉を紡ぎ出した。自分自身を納得させるように、それでいてどこか噛みしめるかのように。
その伝説上の存在を。
――聖剣。伝説に謳われる、ね」
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