呪いの手紙の送り主は?

柴野

本文

「――先生、これを見て下さい」


 私がそう言って声を上げたことから、全てが始まった。

 周りの児童たちの視線が私に集まる。先生がジロリとこちらを睨んだ。


「宮辻さん、なんですか?」


 朝の会が始まろうとしていた瞬間のことだ。先生が不満に感じるのもおかしくはない。

 が、ことがことだし言わなくてはと私は『それ』を突き出した。


「机の中に、こんな物が」


 先生がずんずんと歩いてきて、私が手に握る物を掴み取り、軽く目を通した。そしてすぐに顔を真っ青にする。


「何、これは?」と言い、先生は『それ』を掲げて皆に見せつける。


「これを宮辻さんの机の引き出しに入れた人は名乗りあげなさい」


 ――不穏な空気が、五年一組の教室中に張り詰める気配がした。


△▼△▼△


『呪呪呪呪呪呪呪

 呪アヤカシネ呪

 呪呪呪呪呪呪呪』


 先生が掲げた紙には、はっきりとそう書き記されている。

 血文字のみたいな赤い絵の具で、殴り書きしてあった。


 アヤカとは、私の名前だ。


 皆が騒然となった。よもやごく平凡な小学校でこんな物を目にするとは思いもしなかった者も多かっただろう。

 一方の私は、周りの子供らをじっくりと観察していた。犯人が怪しい挙動をしていないか、見張っているのだ。が、今のところ不審な人物は見受けられなかった。


「宮辻さんにこんなひどい手紙を送るなんて……、許せない」


 私の一つ前の席の女子児童、花岡アミが言った。


 花岡さんは結構人気者。このクラスの女子グループのトップで、彼女の意見に他の女の子たちが次々と賛同した。


「ほんとほんと。誰がやったの?」

「早く堪忍しなよ~」

「こわーい。何これキモいんだけどー」


 男子たちは黙っている。皆心当たりがあるのかないのか、見当がつかない。


「名乗りあげる人はいないんですか。さて、困りましたね。最悪、警察に突き出すことになるかも知れませんが」


 先生が脅しめいたことを言ったが、それでも誰も何も言わなかった。

 当然だ、どうせ言ったって処分されるのは同じことなのだから。


 私の家はちょっと特別だ。

 普通よりはずいぶんとお金持ちで、名前を聞いたら誰でも頷いてしまうくらい有名。

 そんな私を羨み、疎む子もいるだろうとは薄々知っていた。

 ……まさかこんなあからさまな形で現れるとは思っていなかったけど。


「もしほうっておいたら警察沙汰になるのは間違いないです。うちの父が訴えるだろうから。でも私としては、そんな大ごとにしたいわけではないんです。どうか、正直に」


 それでも効果はない。さてどうしたものかと悩んでいると、一人の男子児童がスッと手を上げた。


「僕がこの事件、解決してあげましょうか?」


 彼は私の二列前の席に座る、四津谷くんという子だ。

 ほとんど話したこともない彼が、どうして私に協力してくれるのか。私は首を傾げた。


「四津谷さん。解決とは一体どういうことですか?」代わりに先生が彼に問いかけてくれる。


「推理して、証拠を集め犯人を見つけ出すのです。つまり探偵になるわけですね。このまま事件がうやむやになって警察沙汰になれば、ここの誰もが嫌な思いをします。だからここで片付けてしまうのが得策です」


「ふぅん」と言って、先生は思案顔に。「宮辻さんはどう思いますか?」


「私は、四津谷くんの意見に賛成です」


 反論する者はいなかった。

 先生は頷くと、四津谷くんを指名する。彼は言われた通りに前へ出た。


 こうして小学校の一室にて、探偵ごっこが始まったのである。


△▼△▼△


「まずアヤカさん、事情を説明してくれないかな?」


 最初に四津谷くんがそう切り出した。

 下の名前で呼ばれることが珍しいため、少しドギマギしてしまう。それでも私はなんとか冷静に答えることができた。


「ええと。昨日下校する時に確認した際は、確かにありませんでした。そして今朝、ホームルームの直前に引き出しを開けてみたらあったんです」


 四津谷くんは「うむ」と頷いた。


「そうか。つまり今朝、君がこの学校へ来る前に入れられたか、というんだね。確か昨日アヤカさんは当番で遅帰りだと言っていたね。だから君の後にそんなことができる者は先生くらいしかいない。しかし僕は先生の犯行とは思っていません」


 彼の推理は続いた。

 私の前にこの教室へ入ってきた人たちを確かめていく。なんとクラスの半分以上がその条件に当てはまった。

 ちなみに四津谷くんは今日は遅刻ギリギリ。……なので、容疑者からは外される。


「ふーむ。この二十人の中から犯人を見つけ出すのは大変だな。もっと絞ろう。次に、アヤカさんの机に近寄れた人物は」


 確かめるため、聞き取りを行った。

 まず誰がどんな順番に来たか、とか、誰が誰を見ていた、とか。

 結果、一番最初に来ていた五人が怪しいとされた。


「ミハルさん、ユウコさん、ダイスケくん、ケイくん、アミさん。一人一人、質問していこうか」


 なんだか本物の探偵みたいだ。

 そう思いながら私は、どこかワクワクし出していた。そんな場合ではないとわかっていても、ついつい。


 さて次はそれぞれに事情聴取を行うことになった。


△▼△▼△


「最初に。君は犯人じゃないね?」


「もちろん違うよ~。マジでアタシを疑ってんの?」


 一人目に尋問されたのは林ミハル。

 花岡のグループの一人で、その中でもあまり感じが良くないと有名。

 彼女は『早い方』に来たが、はっきり何番目に来たかはわかっていない。そこを問いただすと、


「たーしーかー、三番目くらいかな? アミちゃんはまだいなかったよ~」


 頷く四津谷くん。次は陰キャで普段は誰とも話さない、栗原ユウコに先ほどと同じことを問うた。


「わ……、わたしじゃ、ない、よ。うん。わたしは、最後で……、他の子たちはもう、教室にいたから。五番目、だよ?」


 自信なさげだが、とても彼女がやったようには私には思えない。けれど、ミステリーではよくそういうパターンもあるし気をつけなくては。


 次は青川ダイスケ。だが、彼からは何も聞き出せなかった。「俺は犯人じゃねえよ」と連呼するだけの馬鹿。


 さてお次はというと、クラスの優等生の一ノ瀬ケイである。


「ボクは最初に来たと思います。本を読んでいたから、他の子のことは見てませんでした」


 素直でよろしい。

 最後は私の一つ前の席、花岡アミの番だ。


「あたしじゃないことくらいみんなわかってるわよね? さっきミハルも言ってたけど、あたしはミハルの後に来たの。一番最初のケイくんが犯人に決まってるでしょ」


 ――これで全部の事情聴取が終わった。

 自分の席に座り直した四津谷くんは、しばらく黙り込む。教室中に静寂が落ちた。


「四津谷くん、推理はできましたか?」


 先生の言葉に、やがて彼は答える。「はい。わかりました」


 そして再び席を立つと、ビシッと指差し、


「犯人は花岡アミさんです」


 ――驚いた。

 だって彼女にはアリバイがあるし、四番目に来たと言うなら犯行は難しい。


「どうしてなの」と私が言うと、彼はゆっくりと推理を述べ始めた。


△▼△▼△


「まず尋問では、ケイくん→ダイスケくん→ミハルさん→アミさん→ユウコさんだったけど、それは大きな間違いなんだ。

 実はアミさんは、二番目に来ていた。

 ミハルさんが三番目というのは正しいと思う。でも、アミさんより先に来たのは嘘。彼女は、アミさんの後だったんだ。

 それでダイスケくんだけど、彼の証言はあやふやだったね。きっとよそごとでも考えていたんだろう。

 それでケイくんが一番疑わしいとみんな思うだろうが、彼は読書をしていた。だからそれをする機会はあれど、動機もないし、たとえ他の人が何かおかしなことをやっていても気づかない。

 その点、二番目のアミさんは有利だ。それに、動機もある。

 ……わかるね? アミさん、観念するといいよ」


 クラス中のみんなが、花岡さんの方を見た。

 彼女は顔を真っ赤にし、咄嗟に反論した。「でもっ、そんな証拠だってないわ!」


「あるさ」と四津谷くんは答える。「制服のシミ、それが答えだよ。朝出かける前に急いで書いたんだろう?」


 言われてみて、みんなが「あっ」となった。花岡さんの制服の袖、そこに絵の具のシミがあったのだ。


「あっ、あ……」


 私は席を立ち、彼女の目の前に回り込んだ。「花岡さん」


 あまりの形相に怯え、彼女はすっかり泣き出してしまった。


「ご、ごめんなさいっ。あたしが、あたしがやったの……。お金と名声だけでクラスの人気者になろうとする宮辻さんが妬ましくてっ。それでミハルとか他の子たちと相談して……呪いの手紙を」


 後には花岡さんの咽び泣く声と、呆れたようなクラスメイトたちのため息が教室に虚しく響くだけ。

 四津谷くんは少し誇らしげに笑った。


 ――こうして、『呪いの手紙事件』とでも呼ぶべき出来事は幕を下ろしたのである。


△▼△▼△


 結局花岡さんたち女子グループ数名は謝罪だけで済まされることに。私もそこまで怒っていないし、今度から絶対にしないと誓わせて終わった。


 事件以来、私と四津谷くんはとても仲良しになった。

 席は遠いが、昼休み時間などに話すように。そのうちに距離が縮まり、今はすっかり友達だ。


 結果的にあの事件があって良かったとも私は思ったりする。


 それからというもの、子供名探偵と呼ばれ出した彼は、学校中のさまざまな問題を解決し始めた。


 私はその助手として、彼を支える。二人の小学生探偵団は、意外と大盛況。

 毎日依頼が飛び込んできては、まるで本物の探偵のように活動しているのだった。

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呪いの手紙の送り主は? 柴野 @yabukawayuzu

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