ひまわり

深澄

第1話


 今日もまた同じ夢を見た。


 あの日の夢を。あの日行動に移すことができなかった、後悔を。


     *    *    *


 私にはボーイフレンドがいた。彼とはハイスクールで出会ってから、大学のときに付き合い始め、会社も偶然同じところに就職した。アンディというのが彼の名前だ。


 アンディは家柄の良いところの長男だったためか、何でも卒なくこなす、完璧な人だった。それでいてそのことを鼻にかけもしない彼が、みんなに慕われないはずがない。花で例えるならひまわりだろうか。誰もを明るく包み込むような人だ。ハイスクールでは、フットボールチームのキャプテンをしていて、私も何度も試合を観に行った。


 だけど、アンディと付き合い始めて数年。初めて連れて行ってもらった彼の家で、私は彼の家族に認めてもらうことができなかった。


 仕方のないことなのかもしれない。


 私は見た目もパッとしない上、人見知りで、初対面のアンディの家族とうまく話せなかったのだから。私の唯一の取り柄の勉強も、彼らから見れば物足りなかったらしい。


 私たちは別れを選んだ。アンディは泣いていた。私は、泣けない。泣いたら負けだと思っていた。そういうところが可愛くないのだろうけれど。アンディは、私のどこをそれほど本気で好いてくれていたのだろう。


 しばらくして、アンディはミランという年下のかわいらしい女の子と婚約した。アンディは直接それを私に伝えるためにわざわざ電話をくれた。なんと正直で、なんと残酷な人。


「サナ……ごめん、実は俺、お見合いで結婚が決まったんだ」

「そっか、おめでとう。お相手はどんな子なの?」

「ミランっていう、なんていうか、いい家柄の子らしい。いわゆるお嬢様って感じの」

「そうなんだ。きっとアンディにお似合いね」

 喉が絞られ声がしわがれるのを、私は必死に隠した。

「ありがとう……だけど……俺ほんとは、サナが」

「じゃあね、アンディ。伝えてくれてありがとう」

 私は慌てて電話を切った。本当に、なんと残酷な人か。いつまでも希望を持たせるようなことを言うなんて。


 あの時のアンディの言葉を最後まで聞いていたら、その言葉にすがってしまいそうだった。私たちが結ばれるには抜け駆けしか道はない。だけど、愛しているから、という、そんな理由だけで彼の人生を壊したくはなかった。


 だから私は、諦めをつけるために結婚式への出席を決めたのだ。それでも、結婚祝いには7本のひまわりを贈った。花言葉は、密かな愛。結婚は諦めるけれど、いつまでも密かにあなたを愛している。そんな想いを込めて。


 当日、式の前に花嫁の控室をそっとのぞき込むと、パステルのドレスに身を包み、パン生地のように分厚いクリーム色のガウンをはおった女の子が、ブライズメイドを怒鳴りつけていた。


 この子がミラン…アンディはこんな子と結婚するの?


 そんな思いが心の中で、夏の夕立雲のように頭をもたげる。首を振り追い払おうとしても、雨と雷を包んだ雲は心のど真ん中を占拠したまま消えてくれない。


 式が始まり、パイプオルガンの演奏が始まった。厳かで華やかな曲のはずなのに、私に聞こえるのは葬送曲。胸がぎゅっと詰まり、喉元に熱いものがこみ上げてくる。


 入場してきた二人はキラキラと輝いて、ミランは美女コンテストのクイーンにでもなったかのように堂々と誇らしげだ。私はそれに反して小さく縮こまってしまう。


 どこかに隠れてしまいたい。


 そう思った瞬間、アンディと目が合った。眉を下げ、こちらに小さく手を振ってくれる。それだけで私の体は熱くなり、心に羽が生える。


 今アンディの隣に立っているのが、ミランじゃなくて私だったら。あなたもきっとそう思ってくれているのよね、アンディ?


 アンディ、誓いの言葉なんて言わないで。今ならまだ間に合うわ。だから、私と一緒に逃げましょう。


 神父さんが結婚式おきまりの言葉を言う。

「この結婚に異議のある者は申し出よ。さもなくば永遠に沈黙を保て」


 普通なら、誰も申し出はしない。いわゆる儀式だ。だけど、これが私のラストチャンス。静まり返った教会では、自分の鼓動だけが聞こえる。震える手で立ち上がって、アンディだけを見つめて、口を開いて、


 それが、できなかった。


 体に力が入らなかったのだ。式はそのまま進んでいった。二人が誓いのキスを交わして、拍手が沸き起こる。涙がこぼれそうになって、唇を噛みしめた。


 私とアンディが結ばれることはきっともうない。こうなる運命だったのだ。私には変えられない。私は耐えられなくなって、教会を飛び出した。


     *    *    *


 もしあの時、立ち上がっていたら、声を上げていたら、どうなっていただろう。アンディは喜んでくれただろうか。余計なことを、と思われるのだろうか。


 今でも見る夢の中では、私は声を上げている。この結婚に、異議があります。周りの人の目が私に集まる。耳が痛くなるような静寂の中で、アンディが微笑む。ありがとう、と口が動く。私も微笑み返す。それを合図に、私たちは駆け出す。教会の出口へ。サナ、君が来てくれて、声を上げてくれて、嬉しかったよ。今度こそ、一緒になろう。ええ、もちろんよ、アンディ。


 夢はいつもここで覚める。枕が涙で濡れていた。薄暗い部屋の中、結婚式のすぐ後に買った紫色のひまわりが目に入る。「悲哀」の意味を持つその花が、私の哀しみをそっと受け止めてくれる気がして。唇を歪めて笑みを浮かべる。


 アンディ、あなたの幸せを願っています。

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ひまわり 深澄 @misumi36

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