第29話 異変
森を歩く二人の男。
エルフの狩人ルグとフォルナだ。
ルグは当初の予定であったルートを大きく変え、フォルナの能力を考慮したものにした。
ルグの様子と、逡巡が見られる道順に多少の疑問を持ったフォルナだが、口には出さずにルグの後ろを付いていく。
そんなことよりもフォルナの興味はルグの腰にある袋だった。
「その袋は魔道具ですか?」
「ああ、エルフの狩人はその仕事柄からこうしてアイテム袋を貸して貰えるんだ」
一見して普通の袋にしか見えないそれには、先程フォルナが狩った猪三頭が入っている。
地面の沈み具合を確認して、質量を殆ど無視して運べることを確認し、フォルナは魔道具の性能に対し心の中で感嘆の声を上げた。
その有用性は計り知れないが、物を運ぶだけならフォルナの影に入れればいい。
ならば最大の利点はと問われれば、スキルを隠せることにあるだろう。
敵がこの魔道具のことを知っているなら、幾分かそちらに意識が割かれる。そしてギリギリまで【影の支配者】を温存し、僅かに意識から逸れた局面で使えばその凶悪性は更に向上することだろう。
「どういう構造で成り立っているかは知らねえが、袋の中は空間が拡張されているらしい。大量のもんが入るから持ち運びも便利だな」
「いいですね、ちなみに普通に買えるものなんでしょうか」
「そうさな。魔道具の中でも希少価値の高いものだから、容量が最小のものでも50万ルーン、過去最高だと10億ルーンにまで上ったって話だ」
「50万・・・・・・」
50万と言われてすぐに想像がつく程フォルナは金に親しみが無い。
ほぼほぼ地面に落ちているような端金を数度触ったのが全てと言っていい。
使ったことはない。が、大通りの屋台でなんの肉かは分からない串焼きを買おうと硬化を握りしめ向かった記憶が蘇る。残念ながら金額が足りず、更には見聞が悪いからと叩きだされたのはフォルナにとって苦い思い出だ。
その串焼きの値段が確か150ルーンだったなと微かに残る記憶から引き出し、リアムにならった計算方法で比較する。
(換算して3千、いや3千3百本か・・・・・・途方もない金額だな)
それだけあれば数年は餓死を考えずに済むな、と遠い目になりながら息を吐く。
フォルナの影の中に収納されているものを売れば容易く届く金額だが、それらの価値をまだ把握しきれていないフォルナには想像できないことだった。
余談だが、かつて3国を滅ぼしたSS級モンスターの遺骸に掛けられた金額は2千億の値が付いた。
都市リーデンにいたSSランクのモンスターは10以上、それどころか中央付近にいた存在はそのSSをも喰らう怪物だ。それらの素材を出せば価値をつけるのも難しいだろう。
(変わったな)
しばらく歩き、周囲の空気の変化にいち早く気付く。
澱んだ空気の流れ出る方向に視線を向けたフォルナにルグが気付く。
「凄いな、この距離で気付いたのか」
「この変化の原因を知っているのですか?」
「場所は把握しているんだが、なにが原因でああなっているのかは分からなくてな、色々と修羅場をくぐってそうなお前さんに一回見て貰いたいんだ」
「分かりました。できれば近づく前に教えて欲しかったのですが・・・・・・」
「はははっ、悪い悪い。この辺はまだ大丈夫だから言うのが遅れちまった」
せめて敵かどうか分からない行動だけはやめて欲しいと少し目を伏せ、フォルナは人の付き合いの難しさを痛感する。
悪気がないのに間違って殺しでもすればその後が大変だ。ルグが無防備な姿(フォルナ基準で)を晒している事で即座に殺していないだけで、ここの到達するまでに3度柄に手をかけるべきか迷った場面がある。
空気の変化を感じ取ってからおよそ40分。
二人は切り立った断崖が並び、中央に地面が続いている場所に辿り着く。
なにかを警戒するようにしゃがむルグに続いてフォルナも崖の方向から身を隠すように草木を背にする。
なにを警戒してかは分からずとも、思わず身を隠す理由は周囲を見れば自ずと察した。
崖に挟まれた道は長く、先までは見えない。それでも未知の先の異様な空気は生物の本能に刻まれた警鐘を鳴らす。
移動の最中に聞こえていたはずの鳥の囀り、羽ばたきは耳朶に届かず。
澱んだ空気に満たされたこの地から見る空はどうしてか紫がかっているように見えた。
「お前さん。これがなにか分かったりしないかい?」
顔に汗を浮かべながらルグが尋ねる。
ルートを変更して彼が最も見せたかったのがこの場所だ。
現状、村にとって大きな問題を抱えるこの場所。書物を読み漁り知識に長けたユナンでさえ判断が付かないものであるが、フォルナの強さを直接見たルグは、その強さに基づく経験を頼りにフォルナからなにか意見が貰えないかと考えた。
既に答えは出ているが、フォルナは今一度周囲を見渡し、肌で感じる。
「呪いですね」
確信を持ってフォルナは答える。
都市と比べれば随分と薄い残滓、しかして含まれたものに気付かぬ程あの場で過ごしてはいない。
「の、呪い? すまん、専門外でよく分からないんだが、このまま放置しておけばどうなる?」
「程度は分かりませんが、俺が知っている中では異形の怪物が発生しました。近年、なにか普通ではないモンスターの姿を見ませんでしたか?」
「・・・・・・いや、見ていないな。ただ村長が言うにはこの道の奥に只ならぬものを感じると言っていた」
「なるほど」
目を閉じ周囲を感知するが、流石に距離が離れすぎてルグのいうものを感知はできなかった。
眉間に皺を寄せるルグを横目に、この事態についてフォルナは思考する。
(流石に神龍と無関係というのは楽観的すぎるな)
都市の瘴気が漏れ出てそれが作用したとは考えにくい。ならば森に続く道中になんの異変がないという説明ができないからだ。
ならば呪いが自然に湧くという事はあるか。答えは分からない、がもし自然に生まれるものならば長きを生きるというエルフが知らぬというのもおかしい話だ。
(焦れた、か)
フォルナの中で出た一つの解。
神龍を堕としたという存在が20年と呪いに抗う神龍に追撃すべく呪いを周囲にばらまいたのではないかということだ。
発生した異形の怪物が都市に向かえば神龍は否応なく動くことは、以前騎兵の団体を屠った際に証明されている。
そして呪いを持った者同士が攻撃し合えば呪いが加速することは、リアムがフォルナに伝えた通りだ。
「確認だけでもしておきますか」
敵の情報だけでもなければ早々に休むことも出来ないと、奥へと進もうとした体をルグが慌てた様子で左腕をフォルナの前に出して食い止める。
「危険すぎるッ! たった二人でいくのは自殺行為だ!」
「ですが」
「既に村長も動いてる、ここは闇雲に動かず任せるべきだ」
Aランクのモンスターを狩猟できると公然しているにも関わらず止めようとする行動、不可解なものへの不安というよりかは恐怖を抱いた声音。
(なるほど、なにか情報は掴んでいるらしい)
フォルナに伝えないのは信頼が足りていないからか、はたまたルグが保有する情報が伝えるに不十分である欠落したものなのか。
正直単身で向かいたい程だが、もしも手遅れになればその際は自分だけなら逃走できるだろうと考え、フォルナは数秒熟考の後首肯を返した。
「そうですね、二人というのは些か心もとない。万全の準備を整えてから挑むべきでしょう」
それから把握できる範囲と経験を合わせた判断を2,3話し合った後、二人は崖に背を向け村へと足を向ける。
その背を崖上から見下ろす無数の目があった。
『キッキキ』
一定のテンポで声を上げるそれらは森を住処にするモンスター。
体表は毛で覆われ、人間に近しい手で木にぶら下がるものや、軽重量を活かし枝に乗るものも見られる。
モンスターの名は【イビルエイプ】。
凶悪な人相を持つ猿型のモンスターである。
単体の実力は低いが、主に集団で行動し、人間同様に罠を張る事で獲物を狩る比較的知能の高い分類に入る。
普段であればフォルナのようなあからさまに強力な武器を持つ存在には近寄らない比較的臆病な性格をした彼等だが、今は明らかにその狙いをフォルナとルグの二人に定めていた。
異変は行動だけに留まらない。彼等の瞳は一様に赤く染まり森の陰の中で怪しくひかり揺らめく。口からは涎を垂らし、時折漏らす言葉からは知性の低下が見られた。
『キーキー!』
好戦的な声を上げながら先頭のイビルエイプが移動を始める。
それに続く形で幾体かが地面に着地をした瞬間、それは起こった。
草に覆われた地面が突如として黒く染まり、沼のように沈んだかと思えば、スライムの様な形状をした何かがイビルエイプ達を呑み込んだのだ。
下方の異変に気付いたイビルエイプがなにかを起こそうと反応する前に、スライム上のなにかから伸びた針の形状をした体の一部が脳を貫き、即死したものを同様に呑み込んでいく。
瞬く間に全滅させた黒いなにかは嚥下するようにその体を動かすと、液体から個体へと、人間に近い二足の体に変化する。
口はワームのように円形で鋭利な歯が並び、長い腕は指先が地面に接するまでに伸びた異形の姿。
『・・・・・・』
異形は先程までイビルエイプ達が狙っていた二人へと視線を向け、なにをするでもなく踵を返そうと背を向ける。
しかし、向いたのは上半身のみだった。
異形の胴は半ばから切断されており、中央にある球体が音をたてて砕け散る。
藻掻いていた異形は球体の破壊の後、塵に還るように体を崩壊させていく。
振り返るでもなく、振るった大剣を肩に担ぎなおしたフォルナはルグに聞こえない声音で呟く。
「なるほど、そのタイプか」
脅威の程を想定したフォルナはされど、細められた目を崖の方へと向ける事はなかった。
終焉都市の雑草~凶悪な魔物達に侵略された都市で、たった一人の生存者~ 黒 @serafu
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