第28話 狩猟
朝日が昇り始める頃。
村長宅の来客室でフォルナゆっくりと目を開く。
「襲撃はなかったな」
『一睡もしていないのですか?』
心配というよりは呆れを含ませたアルテの問いにフォルナは首肯する。
現状、お互いに未知数なことが多過ぎる。絶対に安全とは言えない場所で意識を失う危険性は高いと結論づけた。深夜の人の気配を察するに、おそらくはエルフ側でもなにかしらの備えを講じていただろうとも考える。
幸いフォルナにとって睡眠は毎日とる必要はない。常に半覚醒状態で行動できる彼にとって、完全な睡眠は脳の回転を最大限に発揮させるための準備という位置づけになる。
昨夜寝間着にと借りた服を脱ぎ、影から取り出した私服に着替える。
アルテを担ぎ外に出た彼は、村長宅の裏、少し開けた場所に出るや柔軟を始めた。
いつも通りに体の感覚を研ぎ澄まし、足先から指先に至るまで、肉体の把握に齟齬がないことを確かめる。ある程度の確認が終わると、アルテを手に取りゆっくりと剣を振る。
その剣閃に一切の淀みはない。
急激なレベル上昇による変化を確認しながら、馴染ませるように剣を振るう。
およそ、都市の中にいたSSランク級までの魔物と異形を全て一撃で屠りきった時、村長宅の方からの軽い拍手が耳に届く。
「わぁ、凄い凄い! まるで物語に出てくる演舞みたいだね」
丁度いい石の上に座り手を叩くのは村長の娘であるイナだ。
少し前からいたが、フォルナの振るう剣に言葉にできない威容に魅せられこうして眺めていた。正直戦闘面での良し悪しは分からない彼女だが、フォルナが只者ではないことはうっすらと理解していた。
鈴の音の鳴るような声音で歓声を上げてパチパチと手を叩く姿は、大道芸を見る幼い幼子の反応のようだった。
「朝ご飯を準備したから一緒に食べよう?」
「っすいません。部屋を借りている身で朝食のお手伝いもせず」
「いいからいいから、昨日は高級素材を食べさせてくれたことだし。今日は私が腕によりをかけた朝食をご馳走するぜい!」
そう言えば普通は、というよりは労働が許されるような一般人は一日に二、三食をしっかり食べるものだったかと思い出しながらイナの後ろを付いていく。
居間で机に並べられた朝食を囲むのはイナと村長代理であるユナン、そしてフォルナの三名だ。料理を一目見てフォルナが抱いた感想は野菜が多いなということだった。
森に住むエルフからすれば疑問を抱かないものだが、殆ど野菜の取得を期待できない都市にいたフォルナからすれば今までとは全く異なる食事の風景だった。
「うん、美味しい。また腕を上げたな」
「当然! ここの台所を任されてかなり経つからね。そりゃ上達もするわさ~ ささ、フォルナ君も遠慮せずに」
「では頂きます」
気付かれないように可食チェックをした後に口へと運ぶ。
「おぉ」
肉を摂取した時のお腹に溜まるようなものではないが、仄かに温かみを感じた。言わば薬膳に似た食事にこれで健康を保っているのかと推察する。
お礼と食事の感想を述べるフォルナにすっかり煽てられたイナは得意げに胸を張る。
穏やかな空気が流れる食卓で、フォルナは考えていたことをユナンに告げる。
「仕事?」
「はい、お邪魔になっているだけでは申し訳ないので、なにかお手伝いが出来ればと思いまして」
「ふむ君に任せられる仕事か・・・・・・」
確かに、普通はただで数日間も宿泊などしないかとユナンは首肯する。
相手が人間という異種族となれば尚更、なんの対価もなしに村長宅に留め続ければよからぬ勘繰りをされ不安を伝播させてしまう可能性も考えられる。
普通ではないフォルナの存在に注視し過ぎて色々と抜けてしまったなと頬を掻きながら、客人に任せられるようなものを考える。
「・・・・・・では、狩りの手伝いはどうだろう」
冒険者や傭兵に頼むことと言えばやはり狩りや討伐になる。
旅人と名乗っている彼であるが、Aランクの魔物を狩れるとも公言していることからユナンは問題ないと判断した。
「分かりました、是非とも手伝わせて頂きます」
フォルナとしても、この森の生態を知れることは大きい。
もし逃走する時も周囲の環境を知っておく利点を考えれば、この提案を受け入れないという選択肢はない。
朝食が終わり、フォルナはユナンに連れられ狩りを請け負っているというエルフの元に赴く。
木造の家が一軒、庭先に視線を向ければ獣の皮などが干されているのが見える。
扉に掛かっているベルを鳴らすこと数度、玄関の扉が開き中から身長の高いエルフが顔を出す。
「おっ、こりゃ村長代理じゃねえですかい。どうしたんです?」
「久しいなルグ。息災でなによりだ。実はお主の狩りにこの者を同行させては貰えないだろうか、なにか手伝いたいと言っていてな。腕に覚えがあるようだから狩りを手伝ってくれぬかと提案したんだ」
ルグと呼ばれたエルフがフォルナに目を向ける。
「噂の旅人さんか、俺は構わないが・・・・・・」
ざっとフォルナの恰好を見てその歪さにルグは小首を傾げる。
体格は申し分ない、地面に突き刺している大剣を使うのだとすれば筋力は相当なもの。しかし、猛者を思わせる風格が感じられず、そして防具は皆無。本当に魔物や獣の危険性を理解しているのかと疑いたくなる風体だ。どれだけ幼い子供だとしても最低限の装備を付けようとするものだが、貴族がやるような遊戯と勘違いしているのではと疑う程には自然体に見えた。
とはいえ村長代理からの紹介。無下にする訳にもいかない。あまり危険な区域でなければ問題ないかと考え一つ頷く。
「丁度今から森の散策に出ようとしていたところだ。伝だってくれるならありがたい」
「よろしくお願いします」
頭を下げるフォルナに若干の不安を抱きながらルグは手を出しお互いに握手を交わした。
顔合わせから数分。
ユナンはルグにフォルナを任せて己の仕事に戻った。
簡単な自己紹介をしてルグは装備を整えて森に向かう準備をする。対してフォルナはやはり防具などを付ける様子はなく、一人大剣を担いで森の奥に視線を向けている。
「待たせたな、それじゃあ行くか!」
「はい、今日はよろしくお願いします」
こりゃ色々と気を付けなければならんかもな、とルグは頬を掻きフォルナを連れて森に入る。
――彼が異変に気付くのにそう時間はかからなかった。
狩人は森の様子を常に観測し、五感で周囲を感知する事に長けた者達だ。ルグは狩人になって既に三百年の月日を過ごした猛者であると自他共に認めている実力者に入る。
そんな彼が、幾度となく振り返り後ろを確認する。
(気配が全く感じられん・・・・・・)
フォルナとはぐれないようにと注視しているのだが、わざわざ振り返らなければ一人の狩りと勘違いしそうになる程にフォルナの気配は希薄だった。生物であれば当然の呼吸、足音さえも消しているのはどういうことなのだと冷や汗を掻きながら次々に浮かぶ疑問を取り払う。
もしや手に持っている大剣が認識を誤魔化すようなアーティファクトなのではないかと考え、なんとか納得する。
村から幾らか離れた地点で、咄嗟にルグはその場にしゃがみフォルナにもしゃがむよう合図する。
口に手を当てた後で、そっと指先を視線の先に向けた。
草の合間から見えたのは立派な角を持った鹿だ。
「俺がやろう」
小声で呟き、ルグは背に背負っていた弓を手に取り構える。
その姿を傍で見るフォルナは、自然ではない空気の揺らぎを感じた。
(魔法か)
空気が揺らぎ、矢を補助するように風が流れる。
ルグが手を離し発射された矢は強烈な一矢となりて、一撃のもと鹿の命を奪った。
「まあこんな感じだな、俺達の狩猟は主に弓を使って陰から狩るようなものだ。剣も使えるが、弓の方が安全だからあまり使わんな」
遠距離武器、幼少の頃に使えたならもっと楽に生きれただろうと昔を思い出す。
「次はお前さんにやって貰おう、なに、危険だと判断したら私が片づけよう」
「分かりました。一つ質問なのですが、獣とは首を両断すれば死ぬのでしょうか?」
「ん? そりゃ死ぬだろうよ。それで生きていたら狩人なんてやってられねえ」
やはり生命としての生存力が都市の魔物と比べ明らかに劣っている。
小さな子供が簡単に外に出ようとする訳だとフォルナは改めて納得した。
ルグは血抜きを行った鹿を魔道具である袋の中に入れる。高額な代物だが、狩人として必要なものであると現村長が持たせたものだ。
新たな獲物を探しに再度散策を始める二名。
先頭を進むのはフォルナだ。その後方をルグが着いて行き取り敢えずの技量の確認を行うことにした。
フォルナは森の中を淀みなく進む。
極限まで鍛え上げられた五感は既に獲物の所在を捕らえていた。数分後に到着した場所には3頭の猪がいた。
「ちと多いな・・・・・・俺も手を貸そうか?」
3頭もの猪となれば下手な魔物よりも脅威だ。今だ実力が掴めないが、一応の提案としてルグが共闘を出すが、その意見をフォルナは断る。
「問題ありません」
フォルナは脳内でAランク級を屠る実力者のイメージを作り出す。
体の運び、そして討伐までを瞬時に描き、眼前の獣を見据えた。
地面の小石を一つ拾い上げ、右奥の木へと投げる。
コツンと小気味良い音が木霊し、猪三頭は同時に頭を音の方へと向けた。
――一匹
霞の如く、音をたてずに移動したフォルナの姿は既に最左の猪の横に。
上方から振り下ろされた大剣はその首筋に吸い込まれ、一泊遅れて頭部が地面に落ちる。
次いで、血の臭いに気付いた中央の猪の頭上を跳躍し、右にいた猪を頭上から一撃で首を落とす。
――二匹
そして最後、仲間の首が落ちていることに気付いた猪は状況を理解するための一瞬の停滞があった。
フォルナは地面すれすれに大剣を運び、下方から振り上げる。半月を描く大剣、猪の血が舞い、最後の獣の首も同様に地に落ち絶命した。
この間、僅か四秒の出来事である。
残心。周囲に敵がいないことを確認すると、フォルナは大剣を肩に担ぎなおしルグに顔を向ける。
「終わりました」
なんでもないかのように、感情をしまいこんだ表情。彼の圧倒的な技量を前に、ようやく追いついた驚愕でルグは身震いした。
「・・・・・・ははっ、こりゃすげえ」
ギリギリ目で追えた戦闘。フォルナにわざと見せられたとは考えてもいないものだが、それでも圧倒的だと思わせる技量に舌を巻くしかなかった。
「驚いたな、まさかこれ程の実力者とは。その大剣を軽々振るっているとすればステータスも相当なもんだろうが、ちょっと大剣に触らせて貰ってもいいか?」
「構いませんよ」
渡したところで危険性が低いと判断したフォルナは、アルテをルグに手渡す。
「どれぐらいの重さでってッ?!」
片手で受け取ろうとしたルグが慌てて両手で支える。
材質は不明だが、重量としてはおそらく70kg程の大剣。重心諸々を考えればこれを片手で振るうなどという代物ではないと理解した。
両手を使ってなんとか振るえるそれを戦闘で使用するにはいかほどの技量とレベルが必要か。見た目も関係するだろうが、眼前の人間の底の見えぬなにかに、ルグはしばし圧倒された。
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