第27話 憂い
夕刻、日が下がり森の影が濃くなる頃。
部屋で瞑想しているフォルナの元へ村長のユナンが訪れた。
「フォルナ君、少し話がしたいのだがいいかい?」
「ええ、問題ありません」
立ち上がり、フォルナは大剣のアルテを持っていくべきかと一瞬悩むが、流石に武器を持っていく訳にもいかないかと部屋に置いていく。
ユナンに着いて行き訪れたのは応接間。
貴族のような煌びやかさはないが、古木で作られた部屋には他にない重圧があった。
「家の孫が迷惑をかけなかったかい。あの子は誰に似たのか奔放でね、何に対しても恐れる事無く突っ込んでしまうんだ」
お互いに座り、初めにユナンが口を開く。
聞きながら、フォルナはユナンの表情をじっと観察して内心を探ろうとする。警戒は見られない、かといって友好かと言われるとどうしても納得できない雰囲気に僅かに目を細めた。
「確かに、奔放な人だと思います。そしてとても眩しい笑みを浮かべる」
「ははっ、まだ子供だという証だな。大人になれば嫌でも汚いことに直面してしまう。できればあの子の笑顔をずっと守ってあげられればと思うが、まあ難しいのだろう。とはいえ、今は全力で守ろうと思うのだ」
ユナンの目には覚悟のようなものが垣間見えた。次いで、彼はフォルナの瞳を正面から見据え、意味ありげな笑みを見せる。明らかに変わった雰囲気にフォルナは僅かに息を吐き呼吸を整えた。
「君は、あの子の道を塞ぐ者かい? それとも手を取り合える友になり得るか?」
重くのしかかる声音で、直球に尋ねられた問い。
笑みを浮かべてはいるが、見かけだけの姿で心の中は全く異なる。
有無を言わせぬ圧を放ちながら、見透かすように向けられる瞳。常人であれば卒倒する状況の中、そよ風に当たっているかのような佇まいでフォルナは視線を返す。
フォルナの様子を見て、ユナンは案の定と言った風に言葉を続ける。
「そう、君は確実にそこらの常人ではない。並大抵の修羅場をくぐり抜けてはいないと見れば分かる。そしてこの時期、都市リーデンに居た神龍の圧が消えたのと同時に現れた君を警戒しない理由がない」
見る人が見れば己が通ってきた道を大まかには感じ取れるらしい。
もう少し上の実力を持っていると提示した方が今後はいいかもしれないと今後の動向に思いを馳せながらフォルナは続くユナンの言葉を待つ。
「どこの国の間者かと、普通は思うだろう。だが――」
一拍を置いて、目を細めながら緊張した声音で続ける。
「君はどこかの国に縛られるような存在ではないのだろう。かの覇王の弟子であるならば尚更」
(ああ、やはり)
初対面、疑問を抱いた視線の動き。
発言から明らかではあるが、なんらかのスキルを用いフォルナのステータスを盗み見たらしい。
どこまで視られたのか、今後の対応は。
考える事は多数。ただ取り合えずは――
「っ! ・・・・・・これは」
雰囲気の変化にユナンは気付いた。
今までも多数の強者と対面する機会はあった。
敵対するときの出方としては、威圧を向ける、即座に殺しにかかる、こちらを誘導しようと策謀を巡らす。
長い人生、長として何百、何千と繰り返した事柄。
眼前の青年は、その、どれにも当てはまらなかった。
「まるで霞だな」
目の前に居るのに、確実に見えているはずの青年の気配が全く感知できない事に驚く。
生物である以上、呼吸や動きで自然の流れを乱す。それが、全くない。
僅かに汗ばんだ手でユナンは己の首に手を当てた。
(その距離から、届くのか)
フォルナがわざと漏らした、警告の殺気。
思わずごくりと喉を鳴らす。一歩、一息で刈り取ることができると証明する伽藍洞かと見間違う瞳を前に、弱者であるはずのユナンは笑った。
「くくっ、なるほどこれ程の差があったか」
であるなら、わざわざ村の中に忍び込み皆殺しにするという理由ではないとユナンは判断できた。なにせフォルナを止められる存在がいないのだから、そもそもイナが連れてきた時点でそういう類のものではないと分かってはいたのだ。
ただ、スキルも確実ではない以上、村長代理としてユナンが直接確認する必要があった。
心臓の高鳴りを抑え、ユナンは気丈を保ち再度尋ねる。
「今一度問おう、君は私達の敵と成りうるか?」
「そちらの出方次第だろう。この森に入ったのはただの旅の道程であっただけ。害そうとする意志などない、逆にあなた達が俺の道を阻むというのなら、剣の柄に手をかけることになる」
お互いに視線をぶつけて数秒。
その間、二人の思考は最大速度で回転した。導き出した結果、先に視線を外したユナンは一つ息を吐き、重い空気を霧散させ頭を下げた。
「いや、すまなかったね。長の代理として危険の可能性はなるべき排除しなくてはならないのだ」
「・・・・・・理解はできます。ただ、俺の情報が持たれているというのはあまり好ましく思わない。情報の重要性はあなたも理解しているはずだ」
「勿論。ならば契約書でも用意しようか、私がみた君のステータスを誰にも言わないようにすることができる」
そんなものもあるのかと思いながら、契約書の絶対性を疑問視する。
一定の能力を持った人物であれば、呪いのようなものでも突破できることはフォルナ自身が証明している。
呪いに侵食された都市で現在も生存できているのは、彼のスキルである【進化】によって呪いに適応したからだ。類似のスキルを目の前の男も保持しているのなら契約書の効果と言うのもどうにでもできる可能性がある。
確実なのはやはり、物言わぬ屍にすることだが、
「ただ、覇王の弟子だと分かったのは君の意識が関係しているというのは知っているかい?」
「どういうことでしょう?」
「本来ステータスの内容を読み解けるのは格下に対してだけなんだ。格上に対しては文字が化けて分からないんだが、一つ例外がある。それが格上当人がその内容に対して見られても構わない、ないし誇りを持っているような場合。この場合、その部分だけは格下の者でも見る事ができる」
つまり、ステータスを見れるものであればフォルナが覇王の弟子である事を誰もが分かることになる。驚愕の事実に、根本から設定が破綻したことを悟る。
思わず息を吐き、顔を手で覆う。
「ちなみに俺のステータスを見てなにが分かりますか」
「そうだね。まず殆どが文字化けであるから君が私より遥かに格上の実力者であること。そして剣の覇王の弟子であること、あとは名前と、【進化】のスキルを持っていることだね」
この三つから推定されることとしては、兎に角常人ではないことだろう。
フォルナは悩まし気に眉を曲げる。
(ステータスを確認できる人数はどの程度だ? そもそも設定から見直す必要がでてくるな)
「とりあえず口外しないように契約書を持ってこようか?」
「・・・・・・いえ、必要ありません。別にあなたは口外するようなことはしないでしょう?」
損得ぐらい見極められるだろうという意味を込めてフォルナが尋ねる。
勿論だと首肯するユナンに満足し、フォルナも一つ頷いた。
本心から信じている訳ではない。
保持している情報の重要性が低いこと、掃きだめのような裏路地とのどす黒い欲望の差を見極めること、そして最後はフォルナ自身の薄っすらとした願望を込めての言葉だ。
情報が広まるようなら皆殺しにすればいいだけの話であり、それが可能であるということは、村に入って今までの観察で確かめられた。
「いいのかい?」
不思議そうな表情で問うユナンに対しフォルナは首肯する。
「分かった。時間を貰ってすまないね、話は以上だ」
「いえ、はっきりさせることで俺も安心できるのでお互い様です。それでは失礼します」
各々の思惑は伏せながら、少し踏み込んだ会話は一度幕を閉じた。
◇ユナンside
「ふぅ・・・・・・」
私室に戻り、深く息を吐く。
齢八百を超え、緊張する事柄なぞ早々ないだろうと思っていたが、思いの外早くそれは訪れた。
昼近く、エルフとしてはまだ年若い孫が連れてきたのは人間だった。
利発そうな青年で、携えている大剣を見ればかなりの武人であることは想像するに容易い。
問題が一つあったとすれば、神龍の覇気が消えた時期に訪れたことだろう。
どこかの間諜が都市を調べるべくこの村に偶然立ち寄ったのかと考え、村の安全を考慮すべく、【看破】のスキルを使用した。
このスキルはかなり希少性がある代物だ。持っている者は限られ、有事の際に呼ばれることもしばしばある。
こんな小さな村に居ることは殆どないが、私は今までの功績から多方面に少しばかり融通が利く。息子が長となった穏やかな村で余生を過ごせるように手回しをした。
閑話休題。
このスキルを使用し、悪質な称号があれば殺すことも考慮する。
そして見た結果、動揺して声を出さなかった自分を褒めてやりたかった。
名前:フォルナ Lv:?
種族:?
年齢:?歳
体力:?
魔力:?
筋力:?
敏捷:?
耐久:?
スキル:【?】、【進化しんか】、【?】、【?】、【?】、【?】、
【?】、【?】、【?】、【?】、【?】、【?】、【?】、【?】
継承スキル:【?】、【?】、【?】
称号:【剣の覇王の弟子】、【?】、【?】、【?】、【?】、【?】
まるでビックリ箱のようなステータス。
格上であればあるほどステータスに記されるものの詳細が分からなくなるが、年齢すらも見えない相手は初めてだった。
というのも、詳細が分からないものは、対象者が秘匿したいものが優先される傾向にあることが分かっているからだ。平均して年齢を意識するものは少ない訳だが、この青年のステータスではほぼ全てが秘匿された状態だった。
そしてわずかにだが見えている部分。
おそらくは青年がなにかしら誇りのようなものを持っているだろうそれ、主に称号に関して驚愕した。
覇王の弟子だ。
それもただの覇王ではない、覇王中でも戦闘力では随一とされる剣の覇王リアムの弟子だというのだ。
「覇王リアム・・・・・・」
かつて、遠目にだがリアムの戦闘を見た事がある。
あれは一つの災害だ。たった一本の剣を用い数多の魔物を切り伏せ、国を容易に亡ぼすSSクラスの魔物さえ終始圧倒した。
人を越えた存在、誰もが畏怖を抱いた最高位の剣士、それが覇王リアムなのだ。
思い出し、寒くもないのに体が身震いした。
当然ながら、その弟子が普通であるはずもない。
応接間での時間、正直生きた心地はしなかったがおおよそフォルナという青年の枠が見えてきた。
力と認識が一致していない。彼はまだ雛なのだ。
圧倒的な力という土台を持った雛、どこにでも飛び立つことができる翼を持っている。
彼の行く末は休息で止まる宿り木によって左右されるだろう。あまり常識を知らないことを考えれば、この村がその初めてなのかもしれない。
「とんでもないことになったものだ」
孫を悪く言うつもりはないが、ひょいと持ってきたものが大き過ぎて祖父としては心配になる。少々奔放な子になり過ぎてしまったかもしれない。
今後の彼への接し方を考えていると、不意に扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します」
入って来たのは都市リーデンへと偵察にでていた者だ。
「代理、報告を」
「神龍はどうなっていた?」
「完全に姿が消えていました。ただ、都市内の魔物は依然として闊歩しているようです。誰がかけたか、結界によって外には出ていませんが時間の問題かと」
「ふむ・・・・・・」
姿が消えた神龍、一体何処に行ったのか、大陸を包む程の覇気を考えれば遥か遠くに転移したと考えるのが道理か。情報が集まるのを待つ必要がありそうだ。
「遠目にですが、天翼族と人族、そして獣人族の姿が見えました。皆一様に混乱している様子でしたので三種族の謀りの可能性は低く見えます」
「裏が取れるまではまだ判断できないね」
裏で暗躍している者達など腐るほどいる。
絶対と言い切れる確証がなければ、あらゆる可能性を考慮すべきだ。
「村に旅人が来たと聞いたのですが、その者は大丈夫なのでしょうか」
あまりにも怪しいと言いたいのだろう。
言いたい事は分かるが、彼に関してはそこまで警戒しなくてもいいと思っている。
「イナが連れてきた人物だから私達に危害を加えるような存在ではないとは思う。油断はできないが、あまり刺激しないように。相当な実力者だよ」
「実力者、ですか。怪しさしか感じられませんが」
「ははっ、彼に関しては私も見ておくから、君は神龍の情報を集めて欲しい。危機に対して後手に回ることだけは避けたい」
「分かりました」
首肯し、部屋を出て行く。
「なにかが起ころうとしているのか、それが慶事か否か。・・・・・・時代が動き出すかもしれないな」
一人となった部屋で、未来を憂い言葉を零した。
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