第26話 幸福
イナに連れられフォルナは村に足を踏み入れる。
「まずはおじいちゃんの所に行くね」
「分かりました」
手を繋いで歩く姿はまるで遠足でみる親子だ。
残念ながら年上であるはずのイナが張り切っている子供にしか見えない。そろそろ手を離して欲しいと思うフォルナだが、前を笑顔で誘導するイナの姿に中々言い出せずにいた。
(やはり目立つな)
少し遠巻きに村人の視線を感じる。
それも仕方ないことだろう。滅多に村に訪れる事のない旅人、それも人間で身の丈以上の大剣を担いでいる者など気にしない方が難しい。
それにしても、とフォルナは村人を見て疑問を感じた。
どうにも比較的若い人間ばかりであること、そして自分以外のなにかに焦燥感に近い感情を募らせていると。
「若い方が多いですね。他の方々は出払っているのでしょうか?」
フォルナは能力の高い者達が自分を罠にかけるタイミングをはかっている可能性を視野に入れる。気配を探っても敵意を持って潜んでいる者は把握できないが、初めての外の世界だ、自分よりも隠密に長けた存在が居る可能性も想定できる。
「そうだね、強い人達は偵察とか森の警戒に行ってるかも。今は百歳から二百歳ぐらいの人達ばかりかな」
「なるほど」
頷きながら、イナの発言についての疑問解決をはかる。
人間としては明らかに逸脱した年齢、イナの様子からも言い間違いではなさそうだ。とすれば同じ種族ではないのだろうとフォルナは推測する。
金髪、年齢にそぐわぬ容姿、後は耳が少し尖っている点。
都市で戦った仲で近い種では精霊がいたが、感覚的に全く同じという訳ではないらしい。
「イナさんの種は人間ではないのでしょうか?」
考えても仕方がないかとイナに尋ねると、彼女は振り返り驚いた顔を見せた。
「えっ?! まさか私達の種族を知らない・・・・・・? 一般に知られている種族のはずなんだけど」
どうやら常識的に分かる種族であるらしい。
イナの反応を見てこの村である程度の常識を学ぶことも必要だと行動指針の上位に位置付ける。
イナは少し得意気な表情を作るや、平坦な胸を反らして口を開く。
「私達は森と共生する種族、エルフだよ!」
「なるほど」
「・・・・・・」
フォルナのあまりにも軽い反応にイナは三度瞬きした。
エルフと言えばかなり希少な種族だ。見た目から種族は分からずともエルフの名前だけは普通は誰でも知っている。
森での生活を好み、精霊に愛され、長命であり見た目も優れた種族。
子供達が聞くであろう物語の中に一度は登場しているものだ。故に、フォルナの驚いた顔を見て少しばかり優越感に浸ろうと考えた訳だが、結果は無表情な上にたった一言の納得を口にしただけ。
「むぅ、ほら行くよ」
少し唇を突き出し不満を表現しながら再びフォルナの手を引く。そんな彼女の様子にフォルナはまたなにか間違ったのかと頭を悩ませる。
村の中央付近、周囲の家と比べて倍ほど大きい家があった。
家の中から複数人の気配を感じる。微かに聞こえる会話を聞けばなにやら会議をしているようだ。
フォルナは気配を探り敵意を持つものと実力者を判断していく。
途中、僅かに気配が揺らいだ人物がいた。
「フォルナ君はちょっと待っててね、お爺ちゃん呼んで来るから」
「いえ、こちらから・・・・・・」
「お爺ちゃ~ん! 旅人さ~ん!」
話を聞かないイナの様子にこれが普通なのだろうかと若干の不安を抱きながら待つ事数十秒、フォルナの前に初老の男を連れたイナが戻ってきた。
「おぉ、君が旅人のフォルナ君だね。歓迎しよう」
初老に見えるエルフ、一体どれだけの年月を生きた者なのかは分からないが、油断ならない相手である事を感じ取る。
「私はこの村の村長代理のユナンと言う。なぁに、どこにでもいるおしゃべり好きの翁だ。後で色々と付き合ってくれると嬉しい」
「フォルナです。いつでもお付き合いしましょう」
お互いに握手は交わさなかった。
(どうしたものか)
付いてきたまえ、と背を向けるユナンの後を歩きながらフォルナは思案する。
先程の顔合わせ、ユナンに対しフォルナは疑惑を抱いた。
ユナンの視線だ。まずは大剣をそしてフォルナの顔、そして視線を僅かに横にずらす動作を行った。
視線にはある程度の法則性が存在する。
大抵大きいものを見て、次に小さいものへと目を向ける。情報の配置によっても変化する。それらを考慮すればユナンが視線で見たものはフォルナではない。
例えるならそう、フォルナとの間に存在する横書きの本を読んだかのような動きだった。
(殺すべきか)
遅い判断はその分だけ寿命を削ることになる。
なにをされたかは不明、しかし情報の差がある現状でこれ以上に優位性が傾く可能性を恐れ自然とユナンの心臓部に視線がいく。
――世界は広い、この小さな都市しか知らないお前の価値観は幾度となく壊してくれるだろうな。
不意に師匠の言葉を思い出し、練りかけていた闘気を止める。
そして客観的に自身を顧みる。
身の丈以上の刃渡りを持つ男、身内ではない旅人、種族の違い。
当然警戒をするだろう。この村に入れたのはおそらくはイナという少女の言葉が信じられたから。ただそれでも村長代理というなら責任を負う立場であり、自身の目で確かめる必要があるだろうと。
重要なのは、敵対が確定しているか否か。
そしてフォルナが自身を客観的に判断して導き出した結論は、『まだ確定していない』だ。
怪しい行動に対する理由付けができる以上、自身の価値観『殺るか、殺られるか』で判断すべきではないと断じ、とりあえずは流れに任せることにした。
「ここが客間だ、好きに使ってくれて構わない。そろそろ正午だ、昼食を馳走しようと思うのだがもう食べたかい?」
6畳程の客間に案内し、ユナンは昼食に誘う。
「すいません。実は生肉を持ってまして、今日中にかたしたいので別でお願いしてもいいですか」
「そうだったのか。別に構わないのだが、剣以外のものを持っている様には。もしかして収納系のスキルもちかい?」
「ご想像されているものかは分かりませんが、ものを自由に出し入れできるスキルを持っています」
安全か否かが分からない昼食と自身のスキルをばらすことを天秤にかけて、フォルナは後者を選んだ。理由は複数存在するが、簡潔にまとめればフォルナの強さの支柱がスキルの有無によるものではないからだ。
「羨ましいね、移動の多い旅人にはこれ以上ないスキルだ。それで、肉ということは調理が必要だろう、ならば家の調理場を使うといい。イナ、案内してあげなさい」
「うん! ふふふ~ 家の調理場にある機材は特殊だから分からない部分は説明するね」
途中で抜けてきた会議に戻るというユナンを見送り、イナはフォルナの手を引いて調理場に案内する。
一階の奥、外からは分からなかったがそこには立派な調理場があった。置かれている機材を見て、成程イナの言う通り使い方が分からないとまじまじと機材を見つめる。
「食材はこの台の上に置いてね。包丁はそこにしまってるのを、後は火を使うと思うから軽く機材の説明をするね」
器材の前に移動し、したり顔で振り返るイナ。
「じゃじゃ~ん! 私作、魔道熱源加熱調理具~」
「私作、ということはあなたが魔道具を作ったんですか。凄いですね」
「お、お、おぉう。なんだろう、本心で言ってくれてるのは分かって凄く嬉しいんだけど、もっとリアクションが欲しかったな。まっいっか、じゃあ使い方を説明するね」
この魔道具には四つのボタンがある。一番左のボタンを押す事で着火し、左から順に弱、中、強と火力があがる仕組みとなっているらしい。
ある程度使い方を理解したフォルナは取り敢えず影から魔物の死体を取り出す。
巨大な魔物の死体を見て、イナの目が点になる。
「リ、リュトン・・・・・・! にしてはかなり大きい。特殊個体、かな?」
ほぇえと顔を引き攣らせながらまじまじと魔物の死体を見ていたイナはずいっとフォルナに顔を寄せる。
「こ、これフォルナ君が狩ったの!」
「えぇ、Aランクまでなら大体の魔物を狩れます」
「強っ?! はぁ、年下だとは思えないや。Aランクを一人で狩れる人なんてお父さんとお爺ちゃん以外に始めて見たよ」
「お爺さんと言うと先程の?」
「そう、ああ見えてとっても強いんだよ」
成程、やはり一定以上の力を持った強者であったらしい。
ユナンはAランクを単騎で狩れる実力者あるらしい。
この村に留まるにはリスクが高いだろうかと考えながら、魔物を解体していく。部位を分ける度にフォルナの隣でイナが変な声を上げる事に疑問を抱きながら肉の部分に棒を刺し、加熱調理具を使用し焼く。
赤みがなくなったところで、影から取り出した木の皿に置いて昼食とする。
「いや、待った」
が、それを信じられないと言った表情を浮かべながらイナが止める。
「焼いただけだよ?」
「食べれない事はないと思います、けど」
「なるほどなるほど・・・・・・」
そう言うや、長い髪をかきあげ後ろでまとめあげるイナ。エプロンも装着し万全の態勢が整ったところで自身の胸を軽く叩く。
「私に料理させて欲しいな。絶対に美味しいって思わせて見せるから! そしてできれば私に食べさせて下さいっ!」
リュトンはその強さと同じように珍味としても知られている魔物だ。
狩れる冒険者が少ないことから手に入れるにはそれなりの額が必要となる。イナはじゅるりと零れそうになった涎を慌てて拭いて必死に瞳を潤ませ願いでる。
「わ、分かりました」
「やったぁ!」
食欲に対する圧に思わず頷いたフォルナはしまったと思いつつも、人の作る料理とはどういったものなのかと少し興味が湧いた。呪いが残っていて他人が食べるには危険ではないかとも考えたが、6歳の時に食べれていたのなら問題はないだろうことと、もしもの時は強引に吐かせればいいかと判断する。
「すぐに作るからくつろいで待っててね」
笑みを浮かべ、食材の調理にかかるイナ。特にやることもないフォルナは周囲の気配を感知しながらイナの料理姿を見ていた。
都市の外に出てから疑問の連続だ。
誰かが自分に料理を作る景色など想定していない。別にお金が貰える訳でもないのに楽しそうに鼻歌を歌いながら調理するイナが全く理解できなかった。
「お待たせ! 野菜の素揚げとリュトンの唐揚げだよ~」
出された料理に目を向ける。
それは今まで食べてきたものとは根本的に違っていた。栄養を摂取するだけのものではない。
隣で早速イナが食べ始める。
満面の笑みを浮かべる姿を見れば、満足のいく出来であったらしいと分かる。
毒はなさそうだと、フォルナも出された料理を口に運ぶ。
「・・・・・・」
美味しい、いやもう一度食べたいと無意識に思った。
手の動きが止まったフォルナを見てイナが首を傾げる。
「もしかして美味しくなかったかな?」
「ああいえ、美味しかった、とても美味しかったです。ただ、今まで自分が食べてきたものとは全く違うので驚いてしまって」
「照れるな~ もしかしてずっとあの素焼きみたいな料理だったとか?」
冗談半分の問いであったが、対してフォルナは肯首した。
イナは一瞬唖然と口を開けるが、さっと表情を戻した。
「じゃあフォルナ君の中で料理の一番はきっと私だね」
満足げにイナは言った。
その点に間違いはない。ただ、時間をかけて得られるものは一瞬の満足だ。
効率を考えるなら、生き抜くための優先順位を考えるなら、料理にさく時間は必要ない。
考えが見透かされたか、クスリとイナは笑った。
「単なる料理だと思っているなら、君のこれからは、もっと楽しい可能性が秘められているんだと思う」
フォルナに近付き、そっと胸に手を当てた。
「見かけのものに捕らわれないで? 今私と君が共有しているのは心を満たす『幸福』だよ。この幸福に満たされているか否かで世界の見方は大きく変わるんだと思う。人生は長いよ、彩いろどりのある日々にしたいと私は思うな」
子供の頃、裏路地から串焼きを売っている屋台をみたことがあった。4本で銀貨一枚、それを買う人達のことが理解できなかったのを思い出す。近くに銅貨一枚で買えるパンがあるのに、何故か串焼きの方が人気だった。
(あの人たちはその彩を買おうとしていたのかもしれないな)
効率ではない。明日があると疑わない人の思考であり、すぐには許容できない感性であるとは思う。ただ、それでも自分から歩み寄らなければいけない。いつまでもあの都市での姿に固執していては外に出てきた意味がないのだと、フォルナは一つ頷いた。
「イナさん、俺に料理を教えてくれませんか」
「いいよいいよ! いっぱい教えてあげる!」
ほんの小さな、それでも幾ばくかの『幸福』を知った日。
フォルナは出会いを待つだけでなく、歩み寄ることを決めた。
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