第25話 一歩

 最後に現れた少女がフォルナを凝視する。

 対するフォルナは両手を上げて一先ず敵対する意思がない事を示す裏で、静かに闘気を練る。


 そんなフォルナを少女はじっと見つめ、


「・・・・・・・珍しい色」


 と一言漏らし、朗らかに笑った。


「この森に人間が来るのは珍しいから驚いちゃったよ。これも何かの縁かも、私達の村によっていきませんか」


 まるで警戒していない様子でフォルナに近付き握手したいのか手を差し出す少女。

 対するフォルナは突然の事態に脳をフル回転させていた。


(身長はおよそ142センチ、腰にナイフが一本、手のひらを見る限りあまり武器を使った様子はない。スキルの能力を悟らせないためのブラフか。殺気は感じないが、油断はできない)


 一瞬、周囲に視線を巡らせ逃走ルートと戦闘時のための地理把握を行う。

 ここまでフォルナが慎重になるのは、勿論都市での怪物との戦闘経験から来るものだが、それ以前に初対面の相手に対して苦手意識を持っていたからだ。


 裏路地で暮らしていた時は、奪うか奪われるかの生活だった。

 殆どが大人であり、当時少年だったフォルナは見つかるごとに鴨として追い掛け回された記憶がある。


 その後も、初対面であったリアムに半殺しにされているのだ。

 警戒するのは当然といえた。


「・・・・・・じゃあ、少しだけお世話になってもいいだろうか」


 とはいえ、外の世界の情報を手に入れられるというのは今のフォルナにとっては死活問題だ。闘気で必要以上に手を防御しながらおそるおそると言った風に前に出す。


 そんなフォルナの心情を知ってか知らずか、少女は中途半端に出されたフォルナの手を両手で掴むと元気に上下させる。


「わぁい! よろしくお願いします!」


「よろしく」


 満面の笑みを浮かべる少女。

 全く未知の生命体を前にして、フォルナは下手な作り笑いをしながら彼女に着いて行く。






 少女を先頭に、フォルナが隣に並び、少し後ろを四人の子供たちが喋りながら森を歩く。


「あっ、そう言えば自己紹介がまだでした。私はイナ、改めてよろしくお願いします」


「俺はフォルナ。旅を始めたばかりの旅人だ」


 軽く言葉を交わす事でフォルナは落ち着きを取り戻し始めていた。

 改めて少女、イナを見る。人畜無害の小型犬を思わせる姿は、今までどうやって生きてきたのかと疑問に抱かずにはいられない。


 子供達が声を出して移動でき、イナのような少女が生き残れる場所。フォルナは推定していた森の危険度を大幅に下げる。


「わぁ、旅人さんなんてすごいです! 自分の住んでた場所を飛び出すのってちょっと勇気がいるんですよね。フォルナさんは幾つなんですか?」


「幾つ? あぁ、歳か。俺は26だよ」


「えっ?! じゃぁ年下だ。尚更凄いよ!」


「・・・・・・え?」


 衝撃の発言に思わずイナを二度見する。

 どう高く見積もっても十代半ばにしか見えない見た目。早速師匠が言っていたような未知に出会ってしまった。


「随分とお若いですね」


 冷静になっていた頭が再び混乱しながらも、なんとか言葉を発する。

 女性にあった場合に取り敢えず言っとけばミスはないと師に言われた台詞だ。


 しかし、予想に反してイナは少し落ち込んだように肩を落とした。


「うぅ、ちんちくりんじゃないのに~」


 イナは村の仲間と比べて見た目の成長が遅かった。大人からは私達の種族は特別だから気にする必要はないと言われているが、逆に子供からはからかわれることがあるため容姿には若干のコンプレックスを持っている。


 イナの表情から自分の失言を察したフォルナは師に軽く悪態を突きながら軌道修正をはかる。


「いや、よく見たらとても大人びた女性に見えます」


「えっ?! ・・・・・・ほんと?」


 俯いた姿勢で顔だけをフォルナに向けるイナ、瞳には少し光が宿っている。ただ一度の言葉では納得はしてくれないらしい。次の言葉を欲しがるようにチラリチラリとフォルナに視線を向ける。視線の意図を察したフォルナはなんとか自分の言葉で納得して貰えるように言葉を紡ぐ。


 しばらくイナが如何に大人っぽく見えるかを言いながら(主に師であるリアムの価値観から絞り出しながら)数分、ようやくイナは満足し、元の、いやそれ以上の笑みに戻った。反対にフォルナは苦笑を浮かべながら女性の難しさを学んだ。


「えへへ、そうだよね私はもう立派なお姉さんだもの。あっ、年下ならフォルナ君って呼んでもいいかな?」


「ええ」


「そう言えばフォルナ君は旅を始めたと言っていたけど、どこから来たの?」


 言われて、自身が住んでいた都市の名前を知らない事を思い出す。記憶の中で大通りの喧噪に都市の名前が紛れていたような気もするが流石に思い出せない。フォルナは思い出すことは諦め、取り敢えず指で方角だけを伝える。


「すいません、少し記憶があやふやで出身を思い出せませんがあちらの方から来ました」


「あちらって・・・・・・」


 向けられた方角を見てイナは目を見開いた。

 その方角からだけはありえなかったからだ、何せその方角には都市が一つ、間には草原しか広がっていない。


 問題はその都市だ。

 神龍アルドに終わらされた都市、知らぬものなど誰もいない。吟遊詩人が至る所で歌い、子供にも伝わるように物語としても語られている。


 中でも騎士団が壊滅した話は有名だ。

 後方に控えていた補給部隊が見た光景、『星が地を駆け、生きとし生けるもの全てを蹂躙した』と震えながらに言っていたらしい。


(都市の先にある地域から来たんだろうけど、わざわざ神龍アルドがいる場所なんか通らないはず)


 騎士団は都市からかなり離れた場所から攻撃された。ならばどれだけ離れていようと都市に近付くだけで即死もありえた。そんな博打を打つだろうかとイナはフォルナを見る。


(でも、嘘はついていないんだよなぁ)


 そう確信できるのは彼女のスキル故だ。

 イナは他者の感情、人柄、真偽を色で識別できる。種族として感性も働きほぼ100パーセントの確率で嘘を見抜くことが出来る。


(これは訳アリかなぁ、でも悪い人ではなさそうだし助けてあげたいな。お爺ちゃんに手伝って貰おっと)


 方針を決めた事でうんうんと頷くイナ。


 そんな彼女を横目で見ていたフォルナはある程度の都市の位置づけを理解した。

 やはりあの都市は悪い意味で有名であり、そこから出てきた自分はかなり特異な存在であるのだろうと。


(情報を持っていない中で目立つのはマズイな)


 神龍を堕とした邪教などがいる世界だ、敵の姿が見えていない状態で目立つことは己の死期を早めるだけだ。しかし、周囲と自分との認識の違いから行動の幅が変わる事もあまり好ましい事ではない。


 であれば自分の立ち位置としては、都市の件は伏せた上でそれなりの戦闘力を持った旅人というプロフィールにするのが最適解になるだろうと考え、フォルナは自分に近い架空の人物の設定を脳内で作っていく。


「もうちょっとで村だからね」


「楽しみです」


 村に着くまでの時間、フォルナは自問自答を繰り返し、設定の粗をひたすらに削り続けた。






 村へはそれ程時間はかからなかった。

 そもそも子供が遊びで離れられる距離など限られているのだから当然と言えば当然だ。


 視界の中およそ村だと思われる場所は柵で囲われており、木造の簡易的な門には一人の男性が立っていた。男性はこちらに気付いたようで軽く手を振って来る。


「ただいまですフリックさん。ちゃんと子供達を引率して帰ってきましたよ」


「みたいだな。まだまだ見た目は子供だがちょっとずつ成長してきたみたいだ」


「子供じゃないです!」


 ふしゃぁ! と両手を上げて威嚇するイナだが片手であしらわれている。

 そんなイナの様子に笑うフリックは、少しして満足したのか視線をフォルナに向けた。


「それで? 兄ちゃんは見た目人間にようだが、傭兵かい?」


「いや、旅人だ。それなりに戦えはする」


 フォルナが肩に担ぐようにして持っている大剣を見る。


(それなり、ね。・・・・・・にしても物騒なもん持ってるな)


 身長程もある刃渡り、持つだけでも十分重そうであるというのにそれを武器にしているのだから並のステータスであるはずがない。しかし、強者特有の覇気が全く感じられない事にフリックは違和感を感じていた。


 いや、覇気どころか意識しなければ不意にフォルナの気配を見落としてしまいそうになっていることに微笑を浮かべたまま冷や汗を流す。森の門番としてはこの正体不明の男を村に迎え入れたくはない、ないのだが・・・・・・


「ほらフォルナ君! 私達の村を紹介するよ。とっても綺麗なところなの!」


 どうやら村のお姫様がお誘いしたようだとフリックは溜息を吐いた。


「はぁ、まっどうにかなるか。旅人っていうなら疲れてるんじゃないか、この辺は泊まれる場所なんてないからな。うちの村はおすすめだぜ」


「いいのですか?」


 見透かすような視線がフリックに向けられる。

 事実フォルナは彼の思考を完全に近い形で把握していた。イナ程分かりやすくはないが、師であるリアムの思考を読むのと比べれば造作もないことである。


「・・・・・・ああ、いいとも」


 “自分をそれ程までに警戒しているのに村に入れてもいいのか?”言外に問われた内容にフリックは頬を引き攣らせた。ポーカーフェイスには自信があった彼だが、どうやら見切られているらしい。


(イナが連れてきたんなら大丈夫なんだろうが、やっぱりちと心配だな)


 取り敢えず仲間に合図を出し門を開く。

 フォルナは安易に見える行動に目を細める。


 警戒しながら、尚も村への立ち入りを許可したのには勿論理由がある。

 一つは、人の善し悪しを判断できるイナが連れてきたという事。そしてもう一つは、なにかあった場合でも解決できる御仁がいるから。その絶対的な信頼から警戒しながらもフリックはフォルナが村に入る事を許可したのだ。


 まさか、極星に届いた者などとは誰も思わない。


 フォルナは開かれた門をくぐり、立ち止まる。


「・・・・・・」


 木造の家が立ち並び、10人程の人が外へ出て笑っていた。

 倒壊していない家、怪物に怯える必要なく笑みを浮かべる人々。いつかの記憶、裏路地から見ていた普通の世界がそこにはあった。


 咄嗟に言葉は出なかった。

 ただ、ほんのりと感じるのは『ああ、ようやく終わったんだな』という気持ちと、


「いいな」


 孤独感。

 どこか俯瞰した目線で眼前の光景を見ている。都市から出て、ようやく踏み出せたはずなのに。どう考えてもあの中に混ざることのできる己の姿を想像出来ないでいた。


 眩しそうに目を細めるフォルナの手を不意にイナが引っ張る。


「えっ?」


「ほら、行こう! フォルナ君を皆に紹介しなくちゃ!」


 強引に引っ張られる。

 過去の記憶に引きずられたのか、視界の周りは何故か裏路地にいたころ見た外壁で囲まれていた。


 絶対に届かないと、昔も、そして力を持っている今も思った光景へ。

 自分より遥かに弱い女性に連れられ、視界を遮る外壁のない場所に踏み出した。

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