第二章 森の守護者編

第24話 森

 人間の王が治める国。

 その一つ、ブラン王国と呼ばれる国は日が昇り始めた早朝にも関わらず、城の一室に重鎮たちが全員集まっていた。


 会議の机に腰を下ろしている彼等の表情は優れない。

 それは賢王と呼ばれる男も同様、額から汗が流れ顰められた眉を見れば緊張を隠しきれていないのが分かる。


「報告に間違いはないか」


「はッ! 偵察部隊数名による観測の結果同様の報告が上がっているため間違いございません!」


「・・・・・・そうか。下がっていいぞ」


 兵士が会議室から退出する。

 王はしばし瞼を閉じた後、ゆっくりと開き、重鎮たちに視線を巡らせる。


「さて、どうしたものか」


 事の発端は人々が寝静まり返っている時に起こった。

 大陸全土を覆う程に溢れていた神龍の圧力が一瞬にして消えたのだ。間違いなく全ての生物がそれを実感し混乱している事は容易に想像できる。


 事実を確認すべく、神龍が存在する都市、今は終焉都市と呼ばれる都市リーデンへと騎竜部隊を送り遠目に確認させた。


 そしてつい先刻に報告を受けたわけだが。

 その内容はとても信じられるものではなかった。


(神龍が、消えたとは・・・・・・)


 神龍アルド、三体しか存在しない極星の中でも最も力を持つ、間違いなく世界最強の生物。

 二十年前、都市リーデンに現れ住民全てを皆殺しにした後に今日に至るまで占領したいた。


 ブラン王国が奪還を考えなかった訳ではない。

 しかし、それにかかる損失を考えればどうしても二の足を踏んでしまう事柄だった。


 都市リーデンは特別禁止区域に指定され、その周囲の地域でさえ誰も寄り付かない魔境となり、それは千年近くは続くであろうと思われた。


 その元凶が、突如として消えたのだ。

 絶対に思われたものがそうでなかったと会議に出席している者全員が混乱するのも当然であった。


「神龍アルドが消え、その姿は未だ何処からも報告が上がっていない。おそらく王都方面には移動していないと考えていいだろうと思うが、一体何処に・・・・・・?」


「こちらではないということは帝国でしょうか?」


「いや、地上ではない可能性もあります。天族の住まう島という可能性も・・・・・・」


 情報がなければどうしても憶測での会議になってしまう。

 厄介なことに、神龍の移動範囲が世界全土であるため、その想像は広がるだけで収束する事はなくいたずらに時間だけが過ぎていった。


 結論、ブラン王国が取れる対策は各方面に警戒網を敷き神龍アルドを発見次第民を避難させること。


 常識に囚われた彼等は現段階で真実に辿り着くことはない。

 最強の神が討たれたという事実に。







 草原を移動し始めておよそ一時間。

 フォルナは途中途中で大きく深呼吸を繰り返し、外の空気を肺一杯に吸い込んでいた。


『やはり外と都市とではなにか違うのでしょうか』


「全く違うな。あそこの空気は適応しなければ灰が焼かれる。まだ外周部なら大丈夫だが、中心には近づくことすら困難だ。ここの空気は驚くほど澄んでいるよ」


 体にかかる負担がなにもかも違っていて、こんなにも外は生物にとって生きやすい空間だったのかと驚く。


 不意に、フォルナの影が独りでに動き出し、中から武器ではないなにかが姿を現す。


「まさか本当に一人で成し得るとはな・・・・・・」


「俺に任せてくれてありがとう」


 ちらりと視線を向けたフォルナは、その存在を認めて感謝の言葉を届けた。


 額から生えた二本の角がその者が人間でない事を表している。


 ――鬼。

 身体能力に長け、人間と相違ない知識と容姿を持った種族。

 違いはその特徴的な額から生えた角と、人間と比べて取得するスキルがばらけていないという点。


「全くだ。お前が死んだら俺達も共倒れってこともあるかもしれないだからな?」


「流石に極星は格が違った。後数十秒戦闘が継続していれば俺は死んでいただろう」


「はっ、笑えねえな」


 肩を竦めて苦笑する鬼。


 名を朱里と言ったその鬼は都市にいたものの一体である。

 都市の中心近くで生き残っていた世界と渡り合える怪物の一体。呪いに体を侵され、エルメスの守護範囲からギリギリ離れた場所で殺戮を繰り返していた。


 中心へと向かうフォルナとの戦闘によって殺された彼だが、今はそのフォルナの仲間として生きている。


 これはフォルナの持つスキル【百鬼夜行】の能力だ。

 幾つかのプロセスを踏むことでこのスキルは発動する。

 以下、フォルナを甲、倒した存在を乙とした時、

 一、 甲自身の手で乙を打倒した時

 二、 乙が死して一刻の間

 三、 乙が生を願い、甲が受諾した時


 以上三つの条件をクリアした際、乙である死した存在はこの世に再誕する。

 再誕した体には侵された呪いの痕跡は無く、呪い以前の肉体になっているようだった。


 同様の経緯を経てフォルナの仲間となった者達の数、総二十一。

 いずれも一度現れれば国を陥落させられる力を持った厄災がフォルナの影の中に潜んでいる。


「あ、そうそう。それとは別なんだが、お前さんの影に関する能力が変化していたりしないか? 一部の連中が折角創った内装が壊れて泣いてんだよ」


「【影の王】のことか」


 スキルが変化するかもしれないという事象を初めて聞いたフォルナは、そう言えば今の自身のスーテータスを確認していなかったなと目を瞑り、己が内のすれを浮かび起こす。


名前:フォルナ  Lv:10028

種族:超人種

年齢:26歳

体力:S

魔力:F

筋力:S

敏捷:S

耐久:S

スキル:【生道世界】、【進化】、【料理人】、【衝撃波】、【不眠】、

    【化蝶の舞】、【百鬼夜行】、【超感覚】、【分析】、【完全記憶】、    

    【空間掌握】、【明けの明星】

変化:【影の王】→【影の支配者】

   【限界突破】→【不羈奔放】

継承スキル:【未来視】、【不退】、【咫尺天涯】

称号:【剣の覇王の弟子】、【種を越えし者】、【運命の反逆者】、

   【受け継ぎし者】、【神殺し】、【頂】


「・・・・・・なにから見たらいいのか」


 色々と変わり過ぎていた。


 確かに朱里の言ったように【影の王】は変化して【影の支配者】というスキルに変化している。空間内の変化はこれに釣られたものであろうことは一目瞭然であった。


 後は新しく習得したスキルに、継承したスキル、称号だ。


 新しく習得したスキルは五つ。

 ここまで一度に習得したのは初めてで原因はレベルかと考えるが、今までの習得具合で考えても数が合わない。なにか別の要素が関わっていて、おそらくそれは【進化】であろうとあたりをつける。


 極限の状況で宿主に成長を促すスキルというのだから、強引に何かしらのスキルを産み出す荒唐無稽なことでも一応の理解はできる。


 それぞれ【超感覚】、【分析】、【完全記憶】、【空間掌握】、【明けの明星】というスキルを獲得した訳だが。前四つは字面である程度の能力を想像できるが、最後の一つだけがどのような能力なのか判断が全くつかなかった。


(追々確かめるしかないか)


 取り敢えず分からないスキルを後回しにして残りの変化に目を向ける。


 継承スキル、【咫尺天涯】。

 おそらくは神龍から継承したスキル。これもまた能力が不明なスキルだが、なにか意味があるのかもしれないと、用解析スキルとしてフォルナは念頭に置く。


 後は、幾つかの称号。

 称号がどのような効力を持つのかは不明で、これが多いのかどうかすらフォルナは理解していないが、なにやら大層なものが並んでいるなと、若干他人事のように眺める。


(まあ、今は少しスキルの事は後回しにしよう。もう急ぐ必要はないのだから)


 閉じていた瞼を上げ、しばし朱里とアルテと共に他愛無い会話をしながらまた歩き始める。




・・・・・・


 歩き始めてさらに数時間。

 朱里はフォルナの影の中に戻り、フォルナはアルテを片手に一人草原を歩いていた。


「ん? あれは・・・・・・」


 まだ数キロほど離れているが、視線の先に草原ではないなにかが見える。

 足を少し早めそれを確かめようと近づく。


 すぐにそれらは鮮明に視界に映し出され、多くの木々が立ち並んでいる光景だと分かった。


「間違いない。あれは、林だっ!」


『森ですね』


「森? すまない、森と林の違いはなんだ?」


 確信を持って放ったフォルナの言葉をアルテが正す。


『林は人工的に作られたもので、森は自然に生まれたものだと言われています。そしてこのエリーネ大森林は幾数千年の月日を跨ぎ生まれた森です』


「なるほど」


 フォルナは説明を真剣に聞いた後に森を再度見る。

 一本一本の木々が力強く根を生やしている姿は、都市で見たものとは違った逞しさを感じさせる。


 森の目の前に到着し、今一度深く呼吸をしてフォルナは森に足を踏み入れた。


「上手く表現できないが、木々の隙間から零れ落ちる光が綺麗だな」


『このような光景を神秘的、と表現するようですよ』


「神秘的か。師匠の言っていた秘境にも足を運んでみたくなる」


 あちこちと視線を巡らせながら歩く姿はまるで子供のようで、フォルナの瞳は今までにない輝きを放っていた。


 初めての光景、風に揺れる葉の音が心地よく、どこかで鳴いている生物の声に気分が高鳴るのを感じていた。


 幾数分の時間が過ぎて、フォルナは足を止めて眼前の光景に目を奪われていた。


 見渡す限りの水。

 水面が日に反射し、淡い光が当たりを照らしている。よくよく中を見れば、魔物ではない生物が生き生きと泳ぎ回っていた。


「ああ、これは知っている。海、だな」


『湖ですね』


「湖?」


 確信を持って放ったフォルナの言葉をアルテが正す。


『湖は内陸にある大きな池で、海は陸地の外にある海水で満たされたものを指します。規模も湖とは比較にならない大きさですね』


「これよりも大きいのか! ・・・・・・それは凄いな、是非行ってみよう」


 これからの計画を練りながら湖の縁に腰を掛けていると、近くの草が音を立てる。


「っしゃぁああ!」

「飛び込んだら危ないよ・・・・・・!」

「くそぉ、また負けた・・・・・・」

「ちょっと! 水飛ばさないでよ!」


 飛び出してきたのは四人の子供だ。

 全員が金髪に白い肌をしており、フォルナの感覚では上等な服を着ていた。


(・・・・・・久しぶりに子供を見るな)


 数百メートル範囲に近づいてきた瞬間から気配には気付いていたが、殺意が感じられなかったために無視していた。どうやら目的地が湖であったらしいなと、光り輝く湖に目を向けてよく分かると頷く。


「あはははっ!うん? ・・・・・・ッ?!」


 四人のうちの一人が湖の縁で腰を下ろし、じっと見つめてくるフォルナに気付きびくりと体を震わせる。


 その様子に三人も視線を巡らせ、全員がフォルナを視認した。

 四者四様の表情を浮かべる。

 その中に恐怖に近いものがあることにフォルナは雲行きの悪さを自覚した。


 そして原因を思考し、背後に置いてある大剣を思い出す。

 二メートル近くの大剣を持つ存在など、子供からすれば恐怖の対象でしかない。裏路地のいた時にそんな人物を見つけたら己も決して相対しないように息を潜めていただろうと子供たちの感情に納得した。


「もう、あなたたち勝手に行動しない! お姉さんを怒らせるとお菓子抜きにしちゃうよ!」


 どうしようかと頭を悩ませていると、また別の人物が姿を現す。

 子供達同様の金髪に大きな翡翠の瞳が綺麗な少女だった。


 彼女は子供達のおかしな表情に気付き、視線をフォルナへと向け、また子供達へと、そしてまたフォルナへと向けて驚きの声を上げた。


「えっ?! 人間?!」


 都市から旅立ったフォルナの、初めての人との邂逅であった。

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