第5話 いったいぼくはなんのために戦うのか

 ぼくが意識を取り戻したのは、病院のベットの上だった。

 白い天井と白い壁、清潔なシーツに包まれて、一瞬、シコク広域災害医療センターの入院病棟にいるのかと錯覚したが、そんな訳がないとすぐに思い直した。ぼくは、軍が接収したキュウシュウ地域の総合病院で治療を受けていた。敵兵の発射した対キグルミ用新型榴弾の爆発に巻き込まれたぼくは、右耳の聴覚と右手、右足を失い、再建手術を受けるところだった。

 ぼくを庇い、榴弾の直撃を受けた紅蓮隊長は戦死していた。


 ――機動装甲歩兵キグルミ 23機出撃。破壊、戦闘不能23機。帰還1名。


 勝利の代償として、第11特殊歩兵中隊のキグルミ使いはぼくを除いて全員戦死していた。ぼくだけが残された。あんなに本国へ帰りたがっていた青龍も若い隊員たちも、ひとりとして帰還した者はいなかった。


 ぼくたちが攻略し、その後、第7特殊歩兵中隊が制圧したシコク広域災害医療センターの地下からは、現に稼働している生物・化学兵器生産ラインが発見され、全人類を10回以上死滅させられるだけの生物・科学兵器の原材料が押収された。このニュースは軍広報部により全世界に向けて発信されたが、同盟国側のメディアからは、わが国政府が垂れ流し続ける偽情報フェイクニュースのひとつとして黙殺され、ネット上でも話題になることはなかった。


 フェイクニュースだって?

 いったい何のためにぼくは戦ったのだ。

 フェイクニュースだって?

 みんな死んでいったことも、偽情報フェイクだっていうのか!?



 ぼくが病院で目を覚ましてから数日をおかずに、わが国とこの国とのあいだで休戦協定が結ばれ、即日発効した。戦争は終わった。しかし、まだぼくの戦いは続いていた。




『終戦』から三か月後、本国の首都において『戦勝記念式典』が挙行された。国家最高議長をはじめ、軍の最高幹部が列席する式典において、亡くなった紅蓮中佐――死後、二階級特進――は「国民の生命・身体の安全を脅かす敵国の生物・科学兵器工場を発見・制圧した功労」により生前から通算して四つ目の旭日十字勲章を追贈された。


 式典会場では、にこやかな表情で勲章を手渡す司令官と、固く沈んだ表情でそれを受け取る乳飲み子を抱いた紅蓮夫人との対照が印象的だった。その後の国家最高議長による戦勝記念演説の間中、彼女は顔をうつむけたまま、あふれ出る涙をこらえているようだった。


 式典が終了したあと、ぼくは帰宅するために軍が用意した車両に乗り込もうとしている紅蓮夫人に声をかけた。


「はい?」


 彼女は、近寄ってくる足の不自由な軍服の姿の男に、身体をこわばらせていた。ぼくは、まだ自由に動かすことの難しい右足を引きずりながら、彼女に近づくと深々と頭を下げた。


「……カイオウと言います……グレン隊長には……先の作戦で……お世話になりました」


 ぼくの声は震えていた。軍の規則により、戦死の詳細は遺族に対して伏せられているからだ。あなたの愛する人を死なせてしまった。むざむざと死なせてしまった張本人です――と告白したかった。でも、それはできない。


 その代わり、折り紙を差し出した。まだ上手に握力を調節することのできない右手は、彼女の手のひらの上でその小さな折り紙を取り落とした。ひらりと落ちた折り紙は、ぼくが不自由な手で折ったため折り目も不揃いな『鯉のぼり』。紅蓮隊長が彼の父親から贈られたという折り紙。


「お子さんに、これを……と」

「?」

「男の子の健やかな成長を願う――おまじないです」


 赤ちゃんをその胸に抱いた紅蓮夫人は、けげんな顔でしわくちゃな折り紙とぼくの姿とを交互に見ていたが、やがて固い表情のままお辞儀をすると、なにも言わずに軍の車両に乗り込み、式典会場を去っていった。

 それでいい。これでよかった。


 ようやく、ぼくの戦いは終わった。


(了)

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死神と過ごした数週間でぼくが気づいたこと 藤光 @gigan_280614

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