第4話 これは勝利かそれとも敗北か
最終ブリーフィングでは、戦術の最終確認が行われた。部隊を二手に分け、敵拠点に向かって左手側からおとり部隊が先行し、敵の注意を引きつけているうちに右手側を大きく迂回して医療センターを目指す攻撃部隊が、敵の側背を衝くという作戦である。おとり部隊をぼくが、攻撃部隊を青龍がそれぞれ指揮することと決まった。紅蓮隊長は自陣に控えて後詰を務める。
午前10時ちょうど。ぼくはおとり部隊に編制された5機のキグルミと共に出撃した。青龍は主力部隊15機と共にすでに先発していた。
敵部隊との最終警戒ラインを超えると、一斉に敵の攻撃がはじまった。しかし、ぼくは深入りしない。ぼくたちおとり部隊の任務は陽動であり、敵の注意を自身に引きつけることだ。敵を撃破することが目的ではない。せいぜい派手に攻撃すると見せかけて、敵の注意を引きつけるのだ。最終警戒ラインを出たり入ったりして、殊更からかうような部隊運動をしてみせる。いいぞ、ここまでは統率がとれている。あと少し、もうすぐ青龍の本隊が敵の尻尾に喰いつくだろう。
「!」
そのときだった。自陣から1機のキグルミが滑るように現れて、まっすぐに水田を医療センターめがけて疾駆しはじめた。水煙をあげてキグルミがゆく。キグルミの赤い肩章は、中隊長機のしるし。まちがいない、紅蓮隊長だ!
《隊長! 下がってください。無茶です!》
無線に返答はなかった。途端に、敵が察知したのだろう。敵の攻撃が紅蓮に集中しはじめた。嵐にあったかのように水面が荒れ、爆薬が炸裂して水柱が上がる。しかし、紅蓮はひるまない。右に左に足元の悪い水田を駆け回って、敵の攻撃をかわし続ける。すでに『Bモード』を起動させたキグルミによる
「おとりになるつもりか?」
ただ一機で突出する戦闘行動に、陽動以外の意味を見つけるのは難しい。しかし、紅蓮の行動には、ぼくたち陽動部隊が設定したラインを前後して敵の攻撃を引きつける――といったような小細工は感じられなかった。
「いや――本気だ」
紅蓮は、どんどん敵陣に侵入していく。敵拠点攻撃の主力は青龍の部隊が担当することになっていたが、ぼくの陽動部隊と青龍の主力部隊による敵の挟撃作戦は、紅蓮隊長のための大掛かりな陽動作戦として機能するべきじゃないのか? ぼくが迷っているあいだも、紅蓮は前進をやめない。水田の泥を跳ね飛ばし、農道に連ねられたバリケードを乗り越えてながら、敵の砲火をかいくぐっている。
なんという大胆な戦術だ。この戦場からいつ逃げだそうか――そればかり考えているこの寄せ集めの第11特殊歩兵中隊のなかにあって、たったひとり彼だけは前進して戦う意志を示し続けているのだ。死神とは、もっともその職責に忠実な戦士の別称なのだ。しかし、このまま一機だけ突出していては、いずれ敵の砲火に捉えられ、撃破されてしまうだろう。
《隊長、下がって!》
紅蓮は前進をやめない。この激しい攻撃に晒され続け、いつまで持ち堪えることができるか……。
ぼくは指揮下のキグルミに最終警戒ラインを越えて前進すると命令した。
《指揮下各機に伝達。陽動部隊は初期の作戦を変更、中隊長機を支援しつつ前進する。目標は敵拠点、シコク広域災害医療センター!》
5機のキグルミすべてがぼくと共に最終警戒ラインを超えた。敵の砲撃が激しくなる。ぼくたちは引き返せない
シコク広域災害医療センター周辺は、第11特殊歩兵中隊による三方からの攻撃により大乱戦となった。のどかな田園地帯は火薬の匂いと爆発音に満たされ、砲弾が飛び交い、爆薬が炸裂した。なかでも、ぼくたちを苦しめたのが、敵が同盟軍から補給を受けている対キグルミ用の新型榴弾だった。これまで別の戦場でもぼくたちを悩ませてきた新型榴弾は、ここでもその威力を発揮し、味方のキグルミは一機、また一機と戦闘不能に追い込まれてゆく。
苦戦するぼくや青龍に代わって、紅蓮だけは前進を続けた。『Bリミッター』の外されたキグルミがもたらす驚異的な速度と、強靭な肉体、折れることのない精神力が彼の前進を支えていた。いくつの照準が彼を捉え、何発の銃弾が彼に降り注いだのか分からないが、彼は倒れても立ち上がり、前進することをやめなかった。
破壊、砲撃、転倒、疾走、破壊、破壊……。彼の向かうところ、死と破壊が撒き散らされた。敵味方を問わず、この戦場にいる兵士ならだれもが彼に対して畏敬の念を抱きはじめた。
――死に神……だ。
永遠にも思える時間が経過し、敵の攻撃が沈黙したと気づいたのは、午後2時を少し過ぎた頃だった。紅蓮とぼく――2機のキグルミが医療センターの防御壁を突破した。シコク広域災害医療センターを巡る戦闘は、第11
《セイリュウ、セイリュウ応答しろ……。だれか応答しろ……生き残った者はいないのか!》
無線で呼び掛けても、味方から応答はなかった。
《セイリュウ!》
《もういい》
《……》
《もういい、無線を切れ。彼らを――そっとしておいてやれ》
敵拠点の守備隊は、医療センターを放棄して撤退した。第11特殊歩兵中隊23機のうち、生き残ったのは紅蓮とぼく2機だけだった。戦車、キグルミ、自走砲――あらゆるものが燃え上がり、焼けていた。戦闘員、非戦闘員、軍人、民間人――砲弾が命中し焼けたこげた建物、砲撃により穴の開いた道路、それらのあちらこちらに倒れて動かない人々。
それは『死神』の爪痕だった。
いったいこれは勝利と呼べるものなのか?
「施設に取り残された――生存者を捜索します」
激しい頭痛とめまい、吐き気を堪えて膝をつき、キグルミを脱いで医療センターの中庭に降り立ったそのときだった。ガラス窓が吹き飛ばされ外来病棟の2階に人影が動き、そこに据えられた榴弾砲がぼくに照準されるのが見えた。
――撃たれる。
そう思った瞬間、紅蓮のキグルミが庇うようにぼくの上に覆いかぶさってきて、同時にぼくたちは閃光に包まれた。
(つづく)
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