5

 あんな大騒ぎだったのに、近所の人たちは何も気づかなかったらしい。

 あとで夜勤から帰ってきたお母さんにも聞いたけれど、あの晩は町のどこかが騒がしい、という話さえ聞かれなかったみたい。

 これも化けねこの力なのかな。


「ありがとう、光明寺さん」

「いや。タマさんが、なにかおかしいと気づいて相談してくれたからですよ。おかげで壺のことにも気づくことができた」

「大猫又姫は、どうして〈悪くなかった〉って言ってたのかねえ」

「ほらまたタマさん、気づいてくれた」


 ぼくもそれは気になっていた。

 光明寺さんが話してくれたことによると、大猫又姫はもともと、戦国時代のとある国で、まだ幼いというのに人質としてあちこちを移されたあげく、都合で殺されてしまった姫なのだという。


「わけもわからず、誰かに利用されたくない。そんな強い〈念〉なのでしょうね」


 だからといって、化けねこたちを食べてしまうのはだめだ。しかも何度も。


「同じように苦しい思いを知っている化けねこだっているよね?」

「おっ。きみも、なかなかわかってるね。さすがタマさんのご家族だ」


 化けねこたちはそれぞれ帰っていった。

 光明寺さんも、ビジネスホテルに戻っていった。明日から助けが要る化けねこの町を回るんだって。

 ぼくとタマは部屋を片付けて、いつものように眠った。


〈謎の失踪事件〉は、これで一応終わった。


   * *


 何日かして、商店街も、すっかり元に戻った。

 今日の夕ごはんは、又吉おじさんの店のコロッケだ。


「ふむう」


 今日、タマはキャベツを刻んでみる。こないだはそれどころじゃなくて、できなかったから。


「包丁は、しっかり持ってね」

「ふむう」

「キャベツを押さえる方の手は、〈ねこの手〉だよ」

「〈ねこの手〉?」


 タマの包丁を持っていない方の手が、ねこの手になった。


「ううん、人間の手だけど、ねこみたいにこうして丸くしてみてね」

「人間の手で、ねこの手……ふむう」

「こうすると、あぶなくないんだ」

「〈ねこの手〉は、いい手なんだねえ」

「そうだね」


 タマはごきげんでキャベツをゆっくり刻んだ。

 夕ごはんは、おいしかった。


「タマ、上手ね」


 お母さんもほめてくれた。


   * *


 そうそう。時々ぼくも〈化けねこ集会電脳版〉にログインしていいことになった。

 お母さん、保護ねこへの寄付は大切ねって、課金も相談してからならいいことになった。


〈こんにちは〉

〈こんにちは〉


 このゲームは通信もできて、ぼくは今日は〈マタタビ☆〉くんという子と、化けねこ集会のおやつ集めのミッションを行っている。


(〈マタタビ☆〉くんて、化けねこなのかな?)


 そこはお互いわからないけれど。


(〈カリカリ、ゲットした!〉)

(〈やった!〉)


 タマは、窓の近くでお日様を浴びながらアイロンをかけている。

 ぼくたちの町は、これからもこうしていくんだなあ。


(お父さん)


 そう。お父さんともいっしょなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おかえり。あそぼうよ。 倉沢トモエ @kisaragi_01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ