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「まあ、下がって、ねこさんたち」


 光明寺さんはそう言って、お札と壺を構えた。


(あっ)


 ぼくは、タマにふわり、と肩を押され、部屋の奥へ。

 タマはテーブルを立てて、化けねこたちはその陰に集まった。


「こっちに!」

「あっ、クリーニング屋さん」


 よかった。無事で。


「心配かけたね。

 一匹ずつならダメでしたけど、今は町中集まってますから、きっと大丈夫……だと思いますがね。

 壺は守ります」


 そうか。みんな、力のある化けねこなんだ。

 でも、だからこそ狙われて食べられてしまったんだっけ。

 むずかしいなあ。


「何度元に戻っても、何度でも食べてやる!

 わらわにとって、実においしい話じゃ。あははははは!」

「……あっ!」

「まさか!」


 光明寺さんが、強い力で壺を引っ張られている。

 しめ縄が一か所ちぎれてしまった。

 化けねこたちも、大きいねこの姿の者、人間の姿の者、いっしょに壺を囲み、うばわれないように必死だ。


「あっ!」


 立てていたテーブルが倒れ、スーツ姿の化けねこが、引っ張られてしまった。

 ガラス戸が開いて、


「あはははは!」


 つるり。

 大猫又姫の真っ赤な口に吸い込まれ、


「……にゃあ!」


 吐き出されると、黒い子ねこになっていた。


「なんてことを!」


 おシマさんが叫んだ。


「ご主人とのつらいお別れを、また乗り越えたばかりなのに!」


 そうか。

 さっきは気づかなかった。

 化けねこになるときにとりつく人間の〈念〉は、どれも怨みとか悲しみとか、無念と呼ばれるようなものばかりなんじゃないのかな。


(タマだって)


 ぼくが生まれる前からお父さんといっしょに暮らしていて、その別れのあとに化けねこになった。


(お父さん。

 タマに何を託したのか、今はまだぼくにはわからないけど)


(みんなは。そういうのを乗り越えて今、元に戻ったのに)


 これでは、大猫又姫に食べられるたびに、無念の思いを最初からやり直すことになる。


「ひどい」


 ぼくもほかの化けねこたちといっしょに光明寺さん大猫又姫の力に立ち向かった。

 具体的には光明寺さんと壺が飛ばされないように、化けねこたちがぐるりと囲んでいたんだけど、その円に加わって、となり同士ひじとひじをしっかり組んだ。

 タマもとなりに来てくれた。

 そして。


「ひどくなんか、ないんだねえ」

「え?」

「みんな、ご主人が好きだから、想いをひきついで、化けねこになれたんだねえ」

「そうだよ」


 見ればケーキ屋さんだ。


「我々は、結局は人間が好きな変わり者なんだ。

 だからまた、こうして乗り越えられたのさ。そして、何度でも乗り越えるのさ」

「みゃあ」


 そこに黒い子ねこがひょい、と飛んできて加勢した。


「そうだ。あんたはご主人が命に代えて拾ってくれた命だもんな!」


 黒い子ねこさん、化けねこになるのに大変ないきさつがあったみたいだ。


(みんな、強いんだ)


 ぼくもがんばって壺を守ろう。


? はっはっはっ」


 光明寺さんは、声を振り絞っているので笑い声が苦しそうだけど、とにかく笑っていた。


「自分の力を示そうとして、かえって落とし穴にはまったな」

「はっ?」


 そうして胸ポケットから取り出したお札は、さっき家の中に貼ったものとは少し様子が違っていた。


「………」

「なんじゃ! その札は?

 ……そんな力が? 聞いたことがない!」


 光明寺さんが呪文を唱え出すと、大猫又姫は。


「薄くなってる?」


 なんだか姿がぼんやりとしてきたのだ。


「嫌! 壺の中は嫌!

 どうして! わらわは何も悪くなかった! 何も悪くなかったのに!!」


 光明寺さんは構わず、白くまぶしく輝くそのお札をかかげて、


「封印!」


 悲鳴とともに、大猫又姫は壺に吸い込まれて、


「完了」


 蓋の上に貼られると、お札の輝きはおさまり、また静かになった。


「そのお札は?」

「ネットで評判の、〈白輝びゃっき〉というお札です。ちょうど昨日届いてね」


 通販、すごいなあ。

 大猫又姫は、長い間壺の中にずっといたので、あんまりネット通販にはくわしくなかったらしいよ。

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