3
「どうも急にお邪魔します」
光明寺さんもタマの人間のときの姿と同じように、優しそうなおじさんだった。黒のジャケットを着ている。いつもは村の教育委員会で働いてるんだって。
もしかして〈見かけない黒い服の人〉って。
いや、光明寺さんは町には今日、来たんだから、違うか。〈黒い服の人〉。みんなが不安なときに出てきた噂だから、ほんとにいたのかどうか、わからないよなあ。
「そして、この町にも来てしまったんだね」
たくさんの子ねこたち。
「あ。この壺の匂いでみんなこわがってる?
百年以上、大猫又姫を封印していたんだ、匂いが残っているんだね。
大丈夫、今はからっぽだ。それより、」
光明寺さん、その場でひざまづいて頭を下げる。
「本当に申し訳ない。
歴史の教師なのに、家に伝わるこの壺のことをおろそかにして、こんなことに」
にゃあにゃあと、抗議する子ねこたちも大勢いた。
飛びかかって、引っかくものもいた。
光明寺さんは、頭も上げず、黙ってそれを受けている。
やがてタマが言った。
「でも、今、頼りにできるのも光明寺さんだけなんだねえ」
そうだ。
そうだよ。
だから、ぼくも言った。
「みんな。ぼくもみんなのためにできることをするよ。だから、光明寺さんの話を聞こう?」
少しずつ、子ねこたちは静かになった。
「みゅう」
おシマさんが、光明寺さんに何か話しかけた。
「〈もう一度、その壺に大猫又姫を封印できるのでしょうか〉って」
「もちろん、そのために持って来たんだ。
新しいお札も」
「どうすればいいんですか?」
ぼくもきいてみた。
「このしめ縄とお札をね、」
言われた通りにぼくとタマは家の玄関とベランダに出るガラス戸に張り巡らせる。今、それができるのは、ぼくとタマだけだ。
「そして、大猫又姫を封印できたら、みんなはもとの化けねこに戻れるんですか?」
「それはね」
光明寺さんの顔が硬くなった。
「実は化けねこに戻る方法は封印じゃないんだ」
「にゃ?」
おシマさんが飛び出してきた。
「にゃ? にゃ?(それは? どういうことで?)」
「その前に、みんな、化けねこに戻りたいんだね?」
光明寺さん、ねこの言葉も少しわかるみたい。
「にゃ!」
みんながそろって返事をしたので、
「では話そう。
人間の強い〈念〉を受けて。そうしてみんな化けねこになったと思うんだけど」
「にゃ」
「そうして強い妖力を持って化けねこになり、その力を食べられてしまった訳だけれど、
もとは、人間の心の力と、長く生きた猫又の力だ」
「にゃ」
子ねこたちは、みんな真剣に聞いている。
おシマさんはパソコンに向かって、ほかの町の化けねこたちにも知らせようと構えている。
「その、最初の〈念〉。
食べられたからって、消えるとおもう?」
「?」
「消えていないんだ。
だってみんな、化けねこに戻りたいんだろ? 戻りたい。それが、心が消えていない証拠だ。
最初の〈念〉を、強く強く思い出すんだ。
そうすれば、しっぽが分かれて化けねこに戻れる。心は思い出されれば死なないからね」
子ねこたちは、しんとした。
みんな、目を閉じている。
「えっ? おシマさんて、美容室のシマさんだったの?」
一番最初に元に戻ったのは、おシマさんだった。
「そうなのよ」
「なあんだ」
「私の昔の飼い主はね、美容師の国家試験に合格して、お店も決まって、そしたら交通事故にあってしまったの」
(たくさんのお客さんに、会いたかった)
「シマさんは、その心をもらって、かなえたんだね」
うなずいて、ほかの子ねこたちの様子を見る。
「おじさん!」
「やれやれ」
又吉おじさんも元に戻った。
「みんな。町に帰ってきて。また商店街を開けてよ」
一匹。また一匹。
ぼくのうちはそんなに広くないので、人間の大きさで十人くらいの化けねこともなると、だんだんきゅうくつになってきたけど、うれしかった。
「なんだこれは!」
その時。
窓の外から怒る声がした。
「なんだこのしめ縄とお札は! 光明寺の者め!」
あれが、大猫又姫か。
なんて大きいんだろう。ベランダの向こう全部が顔だ。体長5メートルはあるんじゃないだろうか。
しかも赤い目と牙が光って、十本のしっぽが蛇のようにうねっている。
タマが、ぼくを守るように前に出た。
ぼくはタマの手をにぎった。やっぱりふわふわした。
そうだ。いま、町内の化けねこはみんなこの部屋にいるんだ。
「それにこの、憎らしい壺の匂い!
積み重なる怨み、今宵こそ、お前を喰らってやる! お前ごと、ここの化けねこたちも、何度元に戻ってもみんなまた喰らって子ねこにしてやる!」
しかし、お札は効いているみたい。
こわいことを言うけれど、簡単にはこちらに手が出せないみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます