てっぺき症
「お客様にお知らせいたします。只今、車内急病人発生による救護のため、当駅にてしばらく停車いたします。なお、運転再開予定時刻は7時20分、7時20分頃を……」
またか、という少しの
彼女の名前は
*
「――六花さんの症状について、非常に申し上げにくいのですが『てっぺき症』の疑いが濃厚です。非常に珍しいもので、私もまだ1例しか担当したことがなく……」
大きな国立病院の診察室で有名なベテラン医師の話を両親と一緒に、しかし当の本人である私は
『てっぺき症』とやらを説明するその老医師は、丸顔で鼻が大きく、雪のように真っ白な髪の毛は頭の両サイドにだけふさふさしています。昔のマンガにこんな人がいたような……、確か
「それで、娘は……娘は助かるんでしょうか?助かるんですよね?助かるって言ってくださいよ!先生!」
父が医師に迫っている最中にも、私は
なぜって?
それは私のために必死にすがりつく父の、不治の病に侵された娘を前にしたかのような疑問に答える飯田橋博士(仮)、いや、
「お父さん、落ち着いて下さい。娘さんには何の問題も起こりません。娘さんには、ね」
*
そう。まさしくその通り。
私、佐倉六花には何も害がない。
しかし!つい今しがたまで可憐な野の花のような私の後ろに立っていた、鼻息の荒い男には害があった。『てっぺき症』とは、私に害を
うん?分かり辛い?……私も思った。
では、鼻息の荒い男、仮に
……おっと、これは失礼。素が出てしまったな。この口調も存外に疲れるものなのだよ。理解してくれたまえ。何せ私はまだ花も恥じらう女子高生なのだからな。
さて、話を戻そう。その
他の乗客の迷惑になるから電車を使うなって?
ちみは一体全体何を言ってるんだい?正気の沙汰とは思えないよ。
そもそも痴漢などというものをする輩が、そのやましい心が存在しなければ何も問題ないのだよ。
*
心の中でそんな偉そうな講釈を垂れてはみたものの、実生活ではどうしても支障が出てしまう部分が有りました。
子曰く、彼氏が出来ない。
いいえ。厳密にはお付き合いをしたことはあるのですが、文字通り壁に阻まれて早々に撤退してしまうのです。こんなにも愛らしい女の子を途中で放り投げるとは、なんと、根性無しの多いことかと絶望することしきりです。
お付き合いに両性が合意するまで辿り着ければまだましなもので、ひどいものだと、ラブレターを渡される、まさにその瞬間に壁ができることもあります。想いを込めて、丹精込めて書き上げたであろう、その
でも、そんな私にもようやく春の匂いが漂ってきました。
誉れ高き生徒会長でクラスメイトの
そんな彼と初めて話をしたのは、あれはそう、3年生になってすぐの4月初旬のことでした。
私、見てしまったんです。キャンディーズの春一番を口ずさみながら校舎裏にあるゴミ捨て場にゴミを捨てに行ったときのこと、彼と
これはもう恋の予感しかしません。良いでしょう、ここは私がしっかりと恋の行方を見守ってあげようではありませんか、と2人に気付かれないように出来るだけ近くの物陰から観察します。うひひひひひ。
……は!? 私としたことがいけません。
しかし、
「キモイ」
何かの聞き間違いではないかと我が小ぶりの耳を疑いましたが、いいえ、間違いありません。その独特の艶のある落ち着いた声は館山さんのものです。
そして百合の花のごとき姿で館山さんが歩き去った後、ぽつんと残された桜川君は
私は見える範囲に彼女がいないことを確認して桜川君に近づきます。こんなマンガみたいに面白い光景……、おっと、違います。違いますよ?私は野辺に咲く可憐な花ですからね。そんな不謹慎なことは思わないのです。
「桜川くん、これ使って涙を拭きなよ」
そう、私は野辺に咲く可憐な花。泣き崩れる男子へ
……おっと、いけない、いけない。また私のイメージが崩れてしまうところでした。ハンカチは1枚だけしか持ち歩いていませんよ?本当ですよ?
「あ、ありがとう……。この桜川、あなたの無償の優しさに感じ入った。感謝する」
そう言って何を勘違いしたか、涙で濡れる手を自身の制服で拭き払い、ハンカチを取らずに私の手を取って立ち上がったではないですか。
「ふぁ!?」
清潔感のある整った髪型、きらりと光る手入れの行き届いた銀縁メガネ、太く男らしい眉、愛らしいつぶらな瞳と長いまつ毛、控えめ且つセクシーなプルルンとした唇、そして内臓に悪いところが一つもないことを誇示するかのようなツヤツヤできめの細かいモチモチお肌。加えて将来の高給が約束されたエリート。
最高かよ。
*
あれから半月経ちましたが、桜川君からの告白はまだありません。もっと積極的にアピールするべきだったのでしょうか?
でも……
最近、登校時にメルヘンチックな軌跡を見せてくれる
告白はまだですが、どうやら
むぅ。
なにせ私は害意と
にも関わらず、あのとき私の手に
私は呟く。
臆病にも遠くからこの可憐な少女のハートを射貫こうとするあの野郎への、ほんの少しの怒りも込めて。
「桜川くん、直接、告白してくれれば良いのに……」
てっぺき症 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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