てっぺき症

津多 時ロウ

ウィザーズ

 そう遠くない未来、日本かも知れない国。


 長引く少子化を解決するため人類の叡智はついにそれを完成させた。想いを心に直接届ける弾丸を。


 曰く、想い弾丸おもいだま



* * * * *



「導師!総員、配置完了しました!」


「うむ」


――導師。そう呼ばれた銀縁メガネの男はゆっくりと頷く。


 ここは都内の私立高校、その屋上である。

 創立以来、幾多いくたの名士を輩出してきたこの名門校の屋上は今、スナイパーライフルを構えた10数名の男たちにより占拠されている。だが、しかし、これは異常事態などではない。ごくありふれた日常の光景なのだ。


 導師と呼ばれた男、桜川さくらがわはこの学校の誉れ高き生徒会長である。トレードマークの丸い銀縁メガネ、くりっとした小動物のようなつぶらな瞳に長いまつ毛、意志の強さが溢れんばかりの太く凛々しい眉、血色の良いおちょぼ口、きれいに分けられた艶のある漆黒の前髪、そしてマダム達から嫉妬されてやまない絹のように白くきめ細やかでツヤツヤのお肌の調子も絶好調のようだ。

 頭脳明晰にしてリーダーシップにも優れ、温厚篤実な性格から生徒たちからの信頼も分厚い、そして既に有名企業や政権与党、はたまた中央省庁からのスカウトもあると噂される彼にも悩みがあった。



 子曰く、彼女が欲しい。



 シンプルにして人類の根源とも言える深い、マリアナ海溝よりも深く、遠くカセイ峡谷よりも深淵な悩み。

 将来が約束されたこの男、桜川を今のうちに掴まえておけば、この先の人生などベリーイージーモード。だのに、女子どもは桜川のことなど一顧だにしない。桜川も一生懸命に思いのたけを込めたラブレターなぞをしたためたり、勇気をもって校舎裏で告白をしたのだ。それでも、ああ、なんということか。「キモイ」、この一言で何度も、何度も何度も何度も何度も何度も、桜川の心は砕けてしまうのだ。


 しかし、桜川は諦めない。

 自分の気持ちが女子に響かないのなら、直接心を響かせれば良いのだと。だが、一人では心許ない。同じような境遇に身を置く男子に声を掛け、桜川は組織したのだ。人類の叡智、想い弾丸おもいだまを以って意中のマドンナのハートを射貫く精鋭スナイパー部隊を。


 そんな精鋭部隊、誰が呼んだか『ウィザーズ』は今日も屋上でそれぞれのマドンナを、そのスコープ越しに固唾をのんで待ち構える。


 …ザ、ザザー……


「オメガ、オメガ。こちらゴースト。目標を捕捉。3分ほどでポイントアルファに到着。オーバー」


「ゴースト。こちらオメガ。了解。アウト」


 校門に至る最後の曲がり角に配置した斥候から連絡が入る。もうすぐここはいつもの戦場になる。大きく息を吐き出し、ゆっくりと息を吸う。そのルーティンの最中だった。


 ゴァーーーン


 鉄の扉が大きな音を立てて開き、慌てて一人の男子、石岡いしおかが駆け込んでくる。


「敵襲!敵襲!」


「なに!敵は!人数は!」


 駆け込んできた男子の声に桜川は緊張し、しかし聞き返した。


「生徒会です!その数5名!最終防衛ラインを突破されそうです!」


 なんということだ。桜川は生徒会長だが、実は生徒会を掌握しきれているわけではない。桜川を称賛しつつも、その告白を「キモイ」と振った副会長の船橋ふなばし(女子)に連なる派閥が存在するのだ。それが大挙して押しかけてくるだと!?「キモイ」が頭の中で跳弾しパニックになりそうだ。


 だが、桜川はもう昔の「キモイ」耐性が低い桜川ではない。


「もう少しで目標を射程圏内に捉えられる!パイプ椅子とホワイトボードを追加して意地でも持ちこたえろ!」


「は!」


 ……石岡、お前の犠牲は無駄にしない。今日こそマドンナのハートを射貫いてみせる。


「マドンナを確認。これより作戦行動を開始する」


 石岡が持ち場へ去ってからすぐ、他のメンバーが機械的に呟く。その声ににわかに色めき立つ自分の心を抑え、スコープを覗き、我がマドンナ、佐倉さくらさんを探した。


 ……いた。今日も春の草原のように爽やかで、なんと麗しいことか。


 数瞬、見惚れてしまった自分を戒め、じっくりと彼女の心臓に狙いを定めた。そして引き金を引く。その銃口から派手なショッキングピンクの弾丸が流れ星のように尾を引いて飛んでいく。


 当たった!


 そう確信した。その流れ星は、確かに彼女の心臓に吸い込まれるように、きらきらとした軌跡を残していたのだ。だが……


「!? 跳ね返した……だと!?」


「導師!防衛ライン突破されました!早く……げはぁ……」


 同時に船橋を筆頭に屋上に流れ込んでくる副会長派の総勢5名。


「大人しくしろウィザーズども!お前らを屋上無断立ち入りで連行する!」



 連行されたときに聞いた話だが、佐倉さんは1千万人に1人の割合でみられる「てっぺき症」という特異な体質らしい。簡単に言えば想い弾丸おもいだまではハートを射貫けないのだ。だが、卒業まではまだまだ時間がある。いつか僕の想いを君に届けてみせると誓い、より結束を強めたウィザーズだった。



 朝の騒ぎの後、少女は誰にも聞こえないように頬をほんのり染めながら呟く。


「桜川くん、直接、告白してくれれば良いのに……」

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