Tall girl.Cute girl


*****


 ――――ひとりきりの“だいだらぼっち”は、もう仲間がいなくなってしまいました。


 山を捏ね、湖を掘り、川を引っぱって、もうする事がなくなってしまっただいだらぼっちは、みんなのところに行く事にしました。

 でも、もし生まれ変われたら。

 みんなが作ったこの陸地を、小さな小さな子たちと同じ目で見て、暮らしてみたいと思いました。


 小さな小さな子たちと一緒に歌って。

 踏みつぶしてしまう心配もなく一緒に踊れたら。

 小さすぎて見えないお花はきれいで、きっととてもいい匂いで。

 きっと、とても楽しいだろうなと。


 ひとりきりのだいだらぼっちはそう思って、小さな村からみんなのところへ、渡っていきました。



*****


 今朝もまた、ひどく寒い冬の朝になりました。

 またしても夜から朝にかけて降ったのか、あちこちの田んぼと畑を埋め尽くす真っ白い雪はさらに分厚く積もり、道路の上でさえ足首まで埋まるほどで――――ブーツ越しに冷気が突き刺さってくるのが分かります。


「ううっ……さ、む……い……!」


 気温はマイナス十度、氷点下をとっくに下回っていて――――雪も降らずに今は晴れ間が見えるから余計に厳しく感じるような冷え切った外気。

 持ってる中で一番分厚いタイツ、厚手のセーター、ブレザー、マフラーに私でも着られるサイズの男性用トレンチコートはそれでも膝から下を覆えず、伸ばし切ったスカートとブーツの境目から容赦なく冷気が潜り込んでくるのが分かるほど。

 思わず、ポケットに入れた使い捨てカイロを握り締め……どうにか騙し騙し、ではあるけれど歩く事はできます。

 山に囲まれた盆地にある神居村かむおりむらの冬の冷え込みはいつも厳しく――――年々、寒さが厳しくなっていくような気までしてきます。

 それほどまで寒い朝の空気はしかし嫌いでもなく、澄み切った冷たい空気はむしろおいしいくらいで、思わず深呼吸とともに歩いてしまいます。

 神居高校まではそこそこに距離がありますが、実のところ、そう苦のある道のりではありません。

 というのも、私は……その、背が高すぎるので、歩幅も相応、なので……到着まであまり時間はかからないのです。

 ともかく、今朝もいつものように――――私は歩いていきます。

 冬に包まれた神居村の、いつもの朝の道のりを。


 生徒総数、たったの四人。

 それも全員が二年生という状況でそもそも何故この村に“高校”が必要なのか――――と思う事もあります。

 そこには村の事情が深く関わっているらしく、神居村の子達は必ずここを卒業するのです。

 次の春からは一年生が上がってくるので、少し賑やかにはなってくれるはず。

 確か今の神居中学の三年生は、何人だったか……とりあえず一人は柳くんの従姉妹、梅ちゃんでしたか。


 ともあれいつものように冬道を乗り越え、神居高校の木造校舎へ辿り着きます。

 見ての通り黒ずんだ古めかしい校舎は雪が吹き込んでこないだけで、廊下に入ってもまるで暖かくなりません。

 夏は涼しくて良いんですが、冬は本当に辛くてたまらないのです。

 履き替えて冷え切った上履きにまたも声が出そうになりながら、きしきしと音を立てる板張りの廊下を歩いていつものように二年生の教室の扉をからりと開くと――――ようやく、暖かい空気が頬を撫でて、私の厚い前髪を揺らしました。


 火の入った教室中央のストーブの奥、この火を入れてくれた人が窓際の席にぼんやりと座って外を眺めているのが見えました。

 いつの間にか少し雲が出てきて、気付けばいつまた降ってもおかしくないまだらの空模様になっています。

 そんな気の変わった空をじっと眺める、作業ツナギの後ろ姿と、非対称な枝垂れ柳のようなざんばら髪の人が、ほんの少しだけ振り向いて目くばせをくれました。

 まるで鷹みたいに鋭いのにどこか優しい目つきは多分、少し眠いみたいで開き切っていません。


「おはようございます、やなぎくん」

「おう。まだ早いだろ? 七時半だぞ」

「え、ええ……まぁ、はい」


 まだまるまる一時間も残っていますが、それは柳くんにも同じことが言えるはず。

 眠たそうなのに、突っ伏してもう少し寝るでもなく、ただただ外をぼうっと眺めているのは少し変わっているなと思いましたが……都合この村では、変わってない人の方が少ないのでそこはまぁ、愛嬌なんでしょうか。

 ともかく私も上着を脱ぎ、教室後ろのフックにかけて身軽になって席に着きました。

 四人しかいないので、日によって適当に机の場所は移動します。

 教室の中央にあるストーブは火力の調整が難しいので、火力をいじるのではなく皆好きなように距離を取って快適にさせるからです。

 今日はまだ寒いかと思ったけれど、いつから火が入れられていたか分からないほど十分に教室は暖かいので、少しストーブから席を離して、窓際近い柳くんの後ろへ机を動かしました。


「そういえば……柳くん。従姉妹の梅ちゃん、来年からここに通いますよね?」

「気付けばそーだな。何だ、いじめられないか心配なのか」

「いじ……いや誰もいじめっ子なんていないじゃないですか」

「違うよ。お前がアイツに」

「私いじめられるんですか!? 先輩なのに!?」

「さぁ、どうだろうな。で、ヤツがどうかしたのか」

「別に、深い意味はありませんけど……他に誰かいました? 新入生の子」

「あと誰だったかな……モコのバカは今二年だったから違う。あぁ、そうだ。六文さんの弟が確か三年だった」

「役場の? そういえば確かに……あまり印象が、ですね……」

「カゲ薄いっつってんのか? 酷いなオマエ、かわいそうに」

「いや、違っ!」


 と、まぁ。

 いつもいつもがこの手の調子で。

 私もなんだかそれが心地よくて、つい返してしまいます。

 思えば、この村でずっと。柳くんとは気付けばいつも一緒にいました。

 彼の方が背が高かったのは小学校に入る前の、それこそ本当に子どもの時だけで。

 小学校を卒業する時にはもう私は百七十近い背丈で、だいたいの村の大人より大きかったんです。

 着られる子ども服は全滅して、お母さんの服を着回して間に合わせていたのに今度はそれもつんつるてんになってしまって……酷い成長痛にも悩まされて、ひざが痛くて泣いてしまった事もありました。

 そんな時、柳くんは黙ってそばにいてくれて。

 “大丈夫か”とも声をかけるわけでもなかったのが、どうしてか嬉しかったのも覚えています。

 そんな事を思い出していると――――ふと、もう一つ思い出せた事がありました。


「柳くん」

「あん?」

「まだ時間ありますし……コーヒー、飲みませんか? 淹れてきました」

「貰うかな。ちょうど眠気も消えなかったトコロでよ」


 そうして私はリュックを開いて、マグボトルとアルミ製の折り畳みカップを二つ取り出しました。

 ふたを開けると、まだまだ熱いままの湯気が白く飛び出して、暖かい空気を更に香りとともに暖めてくれるようで。

 とぷとぷと音を立てて注ぐごとに芳香が立ち上がり、教室中に広がっていきました。

 この匂いとともにあらためて見てみると、この木造校舎の一角の教室がまるで昭和、いえ大正あたりの“カフェー”のようにも見えます。

 注ぎ終わったカップを柳くんに差し出すと、彼はいっしょに出したお砂糖にもコーヒーフレッシュにも目もくれず、息で冷ます様子すらなく直にカップに口をつけました。

 ずずっ――――と啜り込む音がかすかに聞こえて、ちょっと緊張したまま、言葉を待っていたら。


「あっつ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ、ン。……想像より熱かっただけだ。美味いなコレ」


 どこかばつの悪そうな顔は、あまり見た事がありませんでした。

 それでも美味しいと言ってくれたのが嬉しくて、ちょっと顔が熱くなってしまい。

 誤魔化すように前髪を持ち上げ浮かせながら私も一口飲むと、豆の香りが口中に広がり、そのまま体を満たしていきながら喉を下りていき、体の内側から温めてくれるような美味しさです。


「実はこれ、ユキさんに淹れ方教えてもらったんです。豆も分けてもらって」

「似てるからそうじゃねェかと。俺はこっちの方がいい」

「え……」

「そういや、電柱。お前、何か欲しいモンあるか」

「はい? え、どうしてですいきなり」

「いや、近いうちあの二人に付き合ってちょっと村から出かける。オヤジのお遣いがてらだけど……土産は何がいいよ」

「そんな、気を遣わないでいいんですよ」

「言わないんならトルクレンチ買ってくんぞ、言え」

「わ、分かりました。そう、ですね……」


 欲しいもの――――と言われても、急には困ります。

 そもそもどこまでの範囲で言っていいものか、うーん……と唸りつつ、考えていると。

 ふと、怜ちゃんの顔が浮かびました。

 私と違って小柄で可愛らしくて、お洒落も頑張ってる怜ちゃん。

 そういえば――――私、あまり持っていません。そういう類の……。


「じゃ、あ……何か……身に着けるものが欲しいです、かね……」

「……メリケンサックでいいのか?」

「嫌です! っていうか最初から武器の話だったんです!?」

「ンなワケあるか。分かったよ、適当にな。ピアス、は……ダメか」

「ええ、多分。そ、それにできたとしても怖いし、痛そうだし……穴開けるなんて」

「首無しライダーに突っ込まれてもムラサキババァの鉈喰らっても平気なのに?」

「だってそれはあんまり痛くなかったですし」

「まぁ、そうか。分かったよ、分かった」


 奇妙なやり取りに聞こえるかもしれませんが、事実です。

 私はどういう訳か、この村に生まれた人の特異体質のひとつで、体がちょっとだけ頑丈なのです。

 “呪いのポルシェ”に轢かれても、“三本足のリカちゃん”に切りつけられても、全然平気で……なんなら、突っ込んできた首無しライダーが投げ出されてそのまま消滅してしまった事さえも。

 あまり痛くはありませんが、それでもびっくりはするし、怖いのです。


 気付くと、雪がちらちらと窓の外を降りていっていました。

 七支くんも怜ちゃんもまだ来ていないのが、少し心配ですけど……二人なら、きっと大丈夫でしょうか。

 もう一口、カップに口をつけた時。

 ふと、私の机の上に包みが乗っている事に気付きます。


「え……何ですかこれ、柳くん」

「別に、何て事もないん、だけどよ」


 椅子の背もたれに頬杖をついて、横向きのまま窓の外を見つめる彼とは目線が合いません。

 どこかぶっきらぼうな様子でコーヒーを啜り、柳くんは付けたします。


「昨日ブレーカー見に行った家で貰ったんだよ。お前にやる」


 開け口の絞りを開き、掌ほどの大きさの包みを開くと――――甘くて、乾いた匂いがふわりと立ち上りました。

 中から覗かせたのはよく焼けた濃い茶色と、優しい乳白色の二色のクッキーでした。

 飾り気も何もない、どこか不揃いな大きさの丸いクッキーは、型ではなく手で揃えたからでしょうか?

 でも、こういうのを作りそうな方なんて村にはあまりいないような……とまじまじ一枚手に取り眺めていると、前から咳払いが飛んできました。


「さっさと食えよ、あいつらが来る前に」

「は、はい……あのもしかして、これ、柳くんが」

「俺が作れるワケねェだろ、……取り上げんぞ」


 そうまで言われ、慌てて一枚口へ運びます。

 ――――甘い。

 確かに、甘いんですけど……少し、お砂糖が多めの気がします。

 コーヒーを口に含むとちょうどよく溶け合い、喉を優しい甘さになって滑り落ちていきました。


 ――――なんでこんなに早く学校に来ているのか、ですか?

 ええと、それは……少し恥ずかしいんですけれど、誰にも言えませんけれど。


 柳くんは工務店の、うちは酒屋のそれぞれ家業の手伝いがありまして。

 放課後も休日も慌ただしいものでして。

 もう少ししたら七支くんと怜ちゃんも見えるでしょうし。



 柳くんとふたりきりでお喋りできる時間は、この始業前の朝だけだから、です。








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神居村と、帰りつく冬 ヒダカカケル @sho0760

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