子供にも金融・経済を教えて1192(いいくに)作ろう!!
@HasumiChouji
子供にも金融・経済を教えて1192(いいくに)作ろう!!
「前任者からの引き継ぎの時に聞いた話では、ここ十年以上、鬱気味だったようで……ええ、なので、私も休職や転職を勧めてようか迷っていまして……。……まぁ、早い内に人生をやり直させるのが本人の為だったんですが……私が彼の上司になった時点で、これから人生をやり直すにも無理が有る齢になってたんですよ……」
容疑者の上司は俺達にそう説明した。
「ええっと……容疑者は、別に子会社なんかに所属してたりフリーランスだった訳じゃなくて、この銀行の行員で入社時は貴方と同じ総合職として採用された。それで間違い有りませんか?」
その時、相棒で後輩の水上がそう質問した。
「あの……証拠としてお渡しした資料にそう書いてある筈ですが……?」
「何なんだよ、最後のあの質問は?」
もうすぐ行なわれる国会の選挙の七十代……正確には八十近い……候補者が演説している最中に、突如としてその候補者に暴行を加えた五十ちょい過ぎの銀行員。
それが俺達が担当している事件の容疑者だ。
「変ですよね? いくら、こんな御時世だからって、五十男の上司が三十そこそこって」
「おいおい、ウチの課長は俺より若いぞ」
「でも、それは、キャリア組と現場叩き上げの違い……要はスタート条件の違いですよね? でも、容疑者とその上司では……スタート条件は上司の方がスタートが二十年近く遅い以外はほぼ一緒なのに……遥かに差を付けて先を走ってるのは、後からスタートした方だ」
「で、どんな感じなんだ?」
「まぁ、マスコミに発表するなら……昔懐しの『……などと意味不明な供述をしており』としか言うしか無いですね」
課長に取調べの進捗を尋ねられても、そう答えるしか無かった。
「俺やあんたの若い頃とは違うんだ。釈迦に説法だろうが、この御時世、現行犯逮捕なのに公判を維持出来るだけの証拠が無いのが、警察が無能なせいだと見做されたら、検察や裁判所も勾留期限の延長を認めてくれんぞ」
「はぁ……」
「あの……やっぱ変です」
その時、自分の机で何かを調べていた相棒が手を上げてそう言った。
「どうした?」
「あの銀行に捜査の参考資料として……行員の統計データを出してもらったんですが……」
「おい、勝手に動くな」
「でも、本当に変なんですよ。あの銀行の総合職の行員って、ある世代だけ出世が遅れてるんです」
「偶然じゃないのか?」
「いや……統計ソフトに計算させてみましたが……いわゆる『統計的に有意』ってヤツです。偶然じゃ有りません」
「主立った都市銀行と大手地銀に問い合わせてみましたが……どこも同じです。統計を取ってみないと判らない程度……でも偶然じゃ説明出来ない程度に、
「おい、どうなってんだ? 逆じゃなくてか……」
「ええ……それと……被害者ですが、例の大恐慌の十年ほど前にSNSである発言をしてます」
「何だ?」
「『義務教育で金融や経済学をちゃんと教えるべき』だって」
「おい……いや……何か関連が有りそうだけど……ぼんやりとしか見えん……」
「で、被害者の所属政党は、その発言の1〜2年後に政権を取ったはいいけど……あの大恐慌が起きた上に、その対策に失敗して……」
「あの……刑事さん達の子供の頃にも、盆や正月に親戚の家に集まるような事って有りましたか?」
容疑者が言っていた……事件に関係ない世間話みたいなモノ……どうやら、それはあんな事件を起こした動機を説明する為のモノだったらしい。
俺達は、その事にようやく気付いた。
「ま……俺の子供の頃はまだ有ったが……」
「私の子供の頃は……どうだったかな? 家によって違ってたような……」
「で、私は高校ぐらいまでは、成績は良かったんですよ。大学は……留年せずに済んだのが幸運だったような酷い状況でしたけどね」
「それで……?」
「で、中学の頃、一番得意だったのが……金融・経済でしてね。ああ、あの大恐慌で、
「らしいな……」
「ところがね……中学3年の正月に親類の家に集まった時に、高校の生物の教員をやってた一番齢上の伯母に言われたんですよ」
「何をだ?」
「『私は鎌倉幕府の成立を西暦1192年だ、って習った世代だけど、大人になって歴史の本を読んでみたら、私が、学校でそう習った10年以上前……下手したら20年ぐらい前から、歴史学者の間では、それは通説じゃなくなっていた』って」
「へっ?」
「その伯母はこうも言ったんですよ。『教科書に書かれてるのは今の通説じゃなくて、古い通説だ。そして高校の生物学の教科書だって10年もすれば、内容が大きく変る。ましてや、学校で教えてる金融や経済なんて……10年後には常識じゃなくなってるどころか、今の時点でさえ時代遅れのモノかも知れないぞ』ってね」
「あ……そう云う事か……」
「ええ、私達が中学の時に教えてもらった金融・経済学は……後に起きた大恐慌の時点どころか……私達が学んでた時点で時代遅れのモノだったんです。でも……私は……。そして……たまたま……あいつが駅前で選挙演説をしてるのを見掛けたんですよ。まだ子供の頃の柔らかかった私の頭に古臭い間違った知識が刷り込まれ、その後の私の人生がトチ狂ってしまった原因を作った野郎が……」
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