第5話 テンプレを壊す先輩

 ひさしぶりに大泣きしたから、どこかまぶたが重く感じる夜だ。


 結論から言うと、先輩は成仏してなかった。


 オレが学校に行ってる間、あまりにも暇すぎて、なんとか壁のすり抜けをできないか、試したそうだ。それが成功したため、オレを迎えに行こうとしてくれたらしい。


 ありがたい話だが、落とし穴がある。


 そう、先輩は、方向音痴なのだ。気持ちは大変うれしいものの、方向音痴なら家でおとなしくしていてほしかった(切実に)。


「せっかく迎えに行こうと思ったのになぁ」


 感動的(に見える)再会から数時間後、先輩はベッドの上で、そうつぶやいた。


 オレは髪の毛の水分をタオルで拭き取りながら、彼女にジットリした目を向ける。


 やっぱり、風呂って人類が生み出した最高の文明だよね。なお、すり抜けを習得した先輩が乱入しかけたことは、みんなには内緒だよ(魔法少女にはならないけどね)。


「成仏したと思って、驚きましたよ。まったく、心臓に悪い」


「えー、そんなに私と離れたくなかったの?」


 先輩の小悪魔チックな笑み。オレが憧れてた小泉怜香は、もういない。


 静かで、おしとやかで、いつも図書室で勉強してて、遠くをまっすぐに見つめている彼女は、いなくなってしまった。


 その代わり、ここには、大好きな小泉怜香がいる。幽霊だけど。

 

 オレのベッド占領して、オレにしか見えなくて、いたずらそうな笑みを浮かべてる小泉怜香。


 もう、人間として会うことは、話すことは、できないけど。

 

 先輩が幽霊のまま、生者の世界にいるなんて、人の世の理としてはダメなんだろうけど。それでもオレは、この人のことが好きだ。


「離れたくないですよ。そりゃあ、大切な先輩ですもん」


 心の中では雄弁に語れる男・オレ。口に出た言葉は、なんともカッコ悪い、遠回しな「好き」で。もっと語彙力をなんとかしないとなぁ。


 先輩はオレの遠回しな告白を、穏やかな笑みで受け止めてくれた。


「大切な先輩、ね。まぁいっか。この調子じゃ、あの日のことは忘れてる?」


「あの日? なんですか?」


「一学期の、中間考査。あのあと、私と君、少しだけ話したんだよ。図書室で」


「あっ……」


 言われて、ぼんやりと何かを思い出す。中間考査、図書室、辞書、国語の問題、話しかけてくる先輩……。


「過渡期、だ」


 正解、と先輩の唇が動く。どうして忘れていたんだろう。


 オレが高校一年生のとき、一学期の中間考査の現代国語で、「かとき」を漢字で書く問題があった。その一問だけ解けなくて、悔しくて、考査が終わってから、図書室へ寄って辞書で調べてたら、先輩が声をかけてくれた……。


「自己採点? 偉いね」って、話しかけてくれた気がする。そのあと、世間話とか、受験の話を少しして……。ほんの数分に満たない会話だったけど、先輩は覚えててくれたんだ。あれは、小泉先輩だったんだ。


「先輩とオレは、話したことあったんですね」


「そうだよ、君が好きになる前から、私は君のこと好きなんだから」


「えっ?」


「君のために幽霊になったんだよ、私。君に、東堂くんに、もう一度会いたくて」


 まったくもう、本当に、どこまでもこの人は、オレの好きな小泉怜香だ。


 オレは、熱くなった顔を見られないように、窓から外を眺める。オレの照れるシーンは需要ないからな。イケメンならともかく。


「先輩」


 窓の外を眺めたまま、先輩に声をかける。彼女が今、どんな顔をしているのか、見なくてもわかる気がした。きっと、満面の笑みで、オレの後ろ姿を見ていることだろう。……間違っても、変顔はしてないよな?


「ん? なんだい、私の東堂くん」


「先輩、成仏しないでくださいね。オレが困るんで」


「うん」


 先輩は、珍しく顔を赤らめ、そのままオレの手を握る。


 ……なんてことはなく、現実は、なんとも現実らしいというか、あっさりしていて。先輩は、あっけらかんと言った。


「成仏しないよー。せっかく学校のみんなとも再会できたし、司書さんともひさしぶりに話せたんだから」


「は?」


 オレ以外にも、見えてる人、いたの?


「なんかねぇ、すり抜けできるようになったから、学校に行ってみたの。そしたら、みんな、私のこと見えるって」


「ねぇテンプレを壊すのやめてぇ! そこはテンプレ通りオレにしか見えない設定にしておいてよぉ!」


「そんなこと言われても……あ、あと、ありがとね」


 先輩は、にっこり笑った。


「君がいてくれたから、私は幽霊になれたの。また君と会えたの。自分が死んだんだなってわかってから、私は悲しくて、悔しくて、どうしようもなかった。でも、もっと東堂くんと話したかった。一緒にいたかった。だから、頑張れたんだよ」


「先輩……」


「まさか、本当に幽霊として会えるとは思わなかったけど……私はうれしい。ずっと居座るつもりだから、もう一つ、ベッド買ったほうがいいと思うよ!」


「先輩のばか!」


 ベッド買ったほうがいいと思うよ、じゃねぇよ。ちょっと感動して、また泣きそうになったじゃないか。あと、堂々とオレのベッドを自分のものにするな。


 そうだ、いつか先輩にちゃんと告白しよう。いつかじゃなくて、近いうちがいいよな。


 いずれできるオレの彼女は、幽霊だ。壁とか扉のすり抜けができて、オレ以外の人にも見える、幽霊だ。


 こんな感じで、オレと先輩の物語は終わり。続編は、神の機嫌によって、あるとかないとか。でもこれ、続編はオレと先輩が、ただいちゃいちゃするだけの話になるのでは……。


 まぁいいや、すべては神のみぞ知る。いつかまた会おうぜ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カトキ、トキドキ、ドキドキ 空間なぎ @nagi_139

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ