第21話 エピローグ

 打ち上げが終わって、マンションに帰ると私は母に聞きました。


「ねえ、仕事って何なの?」

「インタビューよ」


 母はソファにどすんと座りました。


「インタビュー? ええと、市長の?」

 私もソファに座り、聞きます。


「そうよ。あんた達の試合の後で園内施設で写真撮影やインタビューがあったのよ。と言ってもその仕事は唯のであって、私は手伝いだけどね」

 と言い、母はカメラを撮る仕草をします。


 なるほど。カメラマンね。


「どんなインタビュー?」

「親善試合のことや。園内について……」


 そこで母はニヤリと笑い、

「桜山町と梅原町のあれこれについてね」

「よくそんな踏み込んだこと聞けたね」


 父が関心と呆れが入れ交じったように言う。


「そりゃあ、いきなりは無理よ。でも今回は長年の慣習だからね。歴史と文化を掘り下げていけば繋げることはできるのよ。しかも初めにヨイショしておけばボロを出すってものよ。時には相手の自尊心をくすぐるようにすれば……フッフッフ」

 母が悪どい笑みを浮かべます。


「……へえ。で、上手くいったと」

「そうね。あとは記事が上手くいけばいいのだけど」

「ねえ、冬の大会なんだけど……まさか出場しろなんて言わないよね?」

「今はまだ分かんないけど、もしもの時はお願いね」

「嫌!」

 私は即答した。


「そう言わないでよ。ここは皆のためにさ〜」

「建前言わないで。どうせ峯岸のおばさんをギャフンとさせたいだけでしょ? というかさ、今回もそうなんでしょ?」

「半分はね。でも、もう半分は桜山町のためよ。私も見栄で野球しろなんて言わないわよ」

「でも半分は見栄なんでしょ?」

「こづかいはずむから。ね?」


 母が猫撫で声で言います。


  ◯


 9月になり、二学期が始まったころ。市が月一に発行する冊子がウチに届きました。


「ええ。今は届いたわ」

 母が家電の子機を使い、相手に伝えます。


「載ってる、載ってる。良い感じね。これで市長も重い腰を上げるでしょうね」


 その冊子には市政についてや、市内であったイベントや今後の活動内容が書かれていました。


 母は通話を切って、私を手招きします。


「見なさい」

 と、市長のインタビューページを指します。


 そこには今後の市政についてあれこれ回答しているページでした。


「これが?」

「この前の試合でインタビューがあったのよ。その際にあれこれ質問してね。その時の回答をもとに」


 母はインタビュー記事を人差し指でトントンと叩きます。


「インタビューをしたの」

「……はあ?」


 何を言いたいのかさっぱりです。


「つまり。前で言ったことは否定できないってことよ。それで今後、桜山町のことをきっちり解決するって話にさせたのよ」

「桜山町?」

「ほら、魔の十字路とかよ。スモッグ問題とかよ」

「ああ! あれね」

「そうよ」


 母は腕を組み、仕事をしたみたいな顔をします。


「あっ! そうそう、この前の試合についても書かれているわよ」


 それから母は思い出したようにページを捲り、先月の親善試合記事を開きました。


「見てよ。あんた載ってるよ!」

「恥ずいな〜」


 そこには私の投球時の写真と活躍について文章があったのです。しかも大きく。


「私がエースみたいなってる」

「あら、実際にそうなってるわよ」

「は?」

「ほらここ」

 と母は文章を指差します。


『エースの園崎玲ちゃんは4回のピンチから登板。見事にピンチを切り抜けて無失点。そのまま最終6回まで投げ続けて見事サクラヤマ・ファイターズを勝利へと導いた』

「だってさ。良かったじゃない」

「でも本当に活躍したのは伊吹でしょ? 私は防いだだけで点を入れたのは伊吹だし」


 4点ビハインドで伊吹が三塁打を打って1点差。そこから追い上げムードになり同点になった。


 伊吹がまさに勝利の風を吹かせたのだ。


「そのことも書いてるわね」


 母はページを捲って、それが書かれている箇所を見つけます。


「スリベースヒットで同点への風」


 小さい写真と文章が載っていました。


「でも同点や逆転のとこが大きいわね」


 母の言う通り、ページには伊吹よりも同点打や逆転ヒットを打った子が大きく載っています。


「おや!」


 特集を読んでいた母が何かを見つけたようです。


 親善試合についても最後のページらしく、最後は岩泉監督の写真やインタビューも大々的に載っています。


「どうしたの?」

「ここ。次の県内学童野球大会に出場するだって」

「へえ〜」

「あんたが出るって書いてるわよ」

「ええ!?」


 私は冊子をひったくってインタビューを読みます。


『もちろん冬の県内学童野球大会にも出場します』

『サクラヤマ・ファイターズは女の子だけのメンバーと聞いておりますが?』

『ええ。男の子がいない分、勝つのは難しいかもしれません。ですが我がチームには男の子顔負けの最高のピッチャーとバッターがいます』

「なによこれ!?」

「あらあら最高のピッチャーだって。これは出場かしら?」

「私じゃないし! 私以外にもピッチャーはいたし!」


  ◯


 ところがだ。


 この冊子を読んだクラスメート達から、

「読んだよ! 写真載ってたじゃん!」

「えっ!? いや、あの……」

「すごいね。野球やってたんだ! 知らなかった」

「ふっふーん。玲は本当にすごいんだから。なんてったって、この前のプールでストラックアウトのイベントで完全制覇したんだから」

「なんで紗栄子が偉そうに言うのよ」

「今度も出るんでしょ? 男共倒しちゃいなよ」

「応援に行くから!」

「頑張ってね!」

「…………うん」


  ◯


「……で、結局出るんかい」


 公園西口付近のベンチにて私と伊吹は休憩していました。「なんで練習してるんや」と聞かれたので昨日の市が発行する冊子について言いました。冊子のせいでクラスメートから次も大会に出るなんてことになってしまったのです。



「そうよ。私の知らないとこであれこれ話しが進んでね」

 私は溜め息交じりに言いました。


「大変やな」

「まあ、こづかいくれるしね」


 今のところそれが私のモチベとなっております。


「ということは今度からサクラヤマファイターズの練習にも参加か?」

「そうなのよね〜」


 私は項垂うなだれた。


 せっかくの休みが野球に!


「野球嫌いか?」

「嫌いではないよ」

「好きか?」

「……どうだろう。気持ち良く投げれると気分も良いし」


「そっちはどうなったの? おばあちゃんのこと」

「ん、老人ホームに転居したよ」

「そう」

「別に寂しくないぞ。遠くないしな」

 と言いつつもどこか寂しそうです。


「ありがとな」

 伊吹は空を見て言います。


「ん?」

「お前のおかげで勝てた。ばあちゃんも喜んでた」

「なら良かった」


 私も空を見上げます。


「2人とも!」


 声をかけられて、空から視線を下げます。声の主は由香里達です。由香里達は公園外周から園内へと入って来ました。


「いつまで休憩しているの?」

「私はついさっきだけど。由香里も休憩?」

「私達はもう一周したわよ」

「体力あるわね」

「ほら2人も休んでばっかいないで行くよ」


 と由香里は私を、純は伊吹の腕を引っ張り、ベンチから立たせます。


「あ! ほら、2人とも疲れてるでしょ、休みなよ。それから……」

「疲れてない」

「まじかよ」

「キャッチャーは動かないからいいんだよ〜」

「私だってピッチャーだし」

「基礎体力は必要!」


 続いて普段はおとなしい純が、

「それにバッティングには重要」

 と言います。


『むぅ〜』


 私と伊吹は公園を出て外周をランニングすることに。


 まだ夏の暑さを残した空気吸い、私達は足を前へと進めます。


                 『了』

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サクラヤマ・ファイターズ 赤城ハル @akagi-haru

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