”美国兄弟殺人事件は記憶に新しいことだろう。(ネタバレにならない程度に、本文から引用させていております)”
興味を引くミステリーのような導入からはじまる、第一編「深淵からの君」。
決してありふれた事件ではないにしろ、どこか現実にあり得てしまいそうな殺人事件の紹介から、被疑者の語る不穏なその背景の物語へ。
物語としては独立し、それ自体が非常に引き込ませる魅力をもった掌編・短編集であり、主に現代日本を舞台とした様々な人が出会う怪異の体験が描かれています。
ただしその世界観はいくつかの共通した事物によってつながっており、読者は次第に底の見えない闇の向こうへ引き込まれていくことでしょう。
本編にはこうした物語に慣れた読者が思い浮かべるような、いわゆる「クトゥルフもの」のあからさまなモチーフは描かれていません。
しかし、一人称の語りや手記の形式をとった徹底したリアリズム。作品の枠を超えて描かれた、共通のキーワードによって照らされていく、時間的・空間的な奥行きを持った世界観。それらの手法を駆使して描かれる、個人の存在そのものを揺さぶるような超自然的な脅威や異界の存在。
ラヴクラフトが思い描いたような純然たる宇宙的恐怖作品(コズミック・ホラー)の手法を踏襲し、独自の世界を構築する作者の力量には思わず脱帽。