第20話 打ち上げ
グラウンドで両軍共に並び、礼を述べ、握手します。
「次は負けませんわ」
と目元を泣き腫らした峯岸が私に言います。
「……うん」
実は今日だけなので次はないのですが、まあここは空気を読んで頷いておきます。
◯
試合の後は表彰式があり、伊吹がリーダーとしてトロフィーを受け取りました。
「優勝旗ではないんだ」
皆が拍手する中、私は疑問を口にしました。
「親善試合だもん。そんなのないよ」
と由香里が答えます。
その後には記念撮影があるということで伊吹を中心に私達は並びます。
「私もいいの?」
本当のメンバーではない私が並ぶのは少し気が引けました。
「今更? ほら、並んで」
と由香里に腕を引っ張られます。
「うん」
◯
打ち上げは両軍のメンバー、監督、そして保護者で公園のバーベキューエリアにて行われました。肉や野菜のバーベキューからカレー、焼きそばもあります。
かなりの数ゆえ今日はここバーベキューエリアは貸切りだそうです。
両軍別れてかと思いきや、皆一緒くたで敵味方関係なく食事をしています。
「仲悪いんじゃなかったの?」
桜山と梅原は仲悪いと聞いていましたが。これいかに?
「野球の後はだいたいこんなもんよ」
と由香里が苦笑しながら言います。
伊吹はというとおばあちゃんの所に向かい、おばあちゃんのため、肉を取ったり世話をしています。
「仲悪いのは大人よね」
「そうなの。仲良く酒を交わしているじゃない」
大人達は顔を赤くして、気持ちよくビールを飲んでいます。
「あっちはね」
「てか、帰り大丈夫なの? 車とか?」
「何言ってんの。ここだと皆徒歩で来ているんでしょ」
「そっか」
そこで峯岸達がやって来ました。片手にはオレンジジュースの入ったコップが。
「あなた、先月から練習したって本当ですの?」
峯岸が私に聞きます。
「まあね」
「嘘でしょ?」、「ありえないわ」
と峯岸の取り巻きの子達が訝しながら言います。
「本当だよ。この子はね、先月からウチでピッチングトレーニングし始めたんだよ」
と話を聞いていたのかアルコールで顔が赤いミノさんが答えます。
徒歩で来ているといっても、それだと歩くのも大変では? 歩いて帰れる?
「ウチでって、ジム関係の人ですか?」
「ジムというか。野球ラボね。美濃部ラボって知ってるかい」
「ええ」
「私はそこの社長兼トレーナーでね。先月からこの子を最高にピッチャーに育てたのさ」
「なんと!」
いやいや、育ってたっていっても私、矢のついたボールを投げてただけだよ。まあ、最初に投げ方とか教えもらったけど。
「ぜひ私にもご指導を」
「いつでも大歓迎さ」
「ミノさん。敵を育ててどうするの」
◯
母の姿がありません。
父はどこぞの保護者の方と楽しく飲んでいるので聞くのも悪いと思い諦めます。
「どないしたんや? 便所か?」
「違う。てか聞き方。母の姿が見当たらないから」
「なんや寂しいんか?」
「ちゃうわ! って、関西弁使っちゃったじゃない。母に文句の一つは言いたかったのよ」
「そういえばずっと見てへんな。こっちには来てへんのやない?」
「それじゃあ、どこに行ったって言うのよ?」
伊吹は少し考えてから、
「市長のとこかな?」
「市長? せや。市長達お偉いさんは別のとこで食うとるらしいで」
「自分達だけ美味しいものを食べてるなんて許せないわね」
「何が許せないって?」
「え?」
振り向くと母がいました。隣りには友達の木ノ下さんも一緒です。
「あれ? どうしてここに?」
「勿論、仕事を終えてここに来たんじゃない」
「仕事って?」
「後で教えるわ。それよりお腹空いたわね」
と言い母はクーラーボックスからビールを取り、プルタブを開けて飲み始めます。
それはお腹でなくて喉が乾いてたんでしょ。
「あら園崎さん、てっきり帰ったのかと思ったわ」
知らないおばさんが母に話しかけてきました。
「お肉お食べになります?」
「ええ。お願いしますわ」
母は外向けの笑みを作ります。
おばさんはバーベキューコンロへと向かいます。
「あ、私手伝います」
と木ノ下さんが後に続く。
私は母に手伝わなくていいなと視線を投げますが、母はどこ吹く風。
「今の人は誰?」
「梅原ファイターズの監督の奥さんよ」
「知り合いなの?」
「岩ちゃん経由で多少は」
と言い、母はビールを飲みます。
「園崎さん、お疲れ様です」
次にお上品なおばさんがやって来ました。
「ああ、峯岸さん。お疲れ様です」
母はすぐ外向けの笑顔を作ります。
峯岸さん? もしかして峯岸愛美のお母さんでしょうか。
「娘さん、すごい活躍でしたわね。なんでもまだ一ヶ月そこらしか練習していないとか」
「いえいえ、ウチなんてまだまだ。運良く勝っただけですよ。それにそちら娘さんの方はエースなんでしょ。すごいではありませんか。最終回はヒヤヒヤでしたよ。なんとか抑えましたけど」
「すごいではありませんか。一ヶ月前はストラックアウトが上手だとか言ってたので多少は不安でしたけど。見事なピッチングでしたわ」
「見事だなんて全然。本当にストラックアウトが上手くらいですよ。前も……プールでしたかしら、最優秀賞まで貰って、はしゃいでおりましたのよ。きっと他に上手な子がいなかったのでしょうね」
「……最優秀賞、素晴らしいですね」
なぜでしょうか。2人はにこやかに喋っているのですがピリピリしています。
先程のおばさんと木ノ下さんが肉や野菜が盛った皿を持って立ち止まっています。間にどう割って入ろうか迷っているらしいです。
「次の県内学童大会はご出場なさるので?」
「いえ出ません」
あら? てっきり出場するとか言うのかと思った。
それは向こうも同じようです。
「そうなのですか? どうしてですか?」
「次の県内学童大会は男の子混じっているのでしょう? さすがに女の子しかいないサクラヤマ・ファイターズでは厳しいので」
「あらあら、それは残念ですね。やはり女の子だけでは厳しいですものね。大会には男の子も出場しますからねえ」
峯岸のおばさんは目を細めて言う。
「……今は難しいでしょうけど、これから練習すれば問題ないかもしれませんねえ。ウチの子も冬までにはさらに良いピッチャーになってるでしょうし」
ん? え? 何か私、冬にも出る流れ?
「そうですかぁ」
と峯岸のおばさんは涼しげに言い、
「でも出場はしないのでしょ?」
「……今は。冬はまだまだ後ですから監督と話し合って考えたいですね」
「ご出場出来たら楽しみですね」
「そうですね」
「フフフフフ」
「ハハハハハ」
2人怖い。
バチバチしているよ。
少し離れたとこにいる梅原ファルコンズの監督の奥さんも木ノ下さんも顔が青い。
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