第43話 帰り道

「――だけどナナちゃん。まさかあなたが天使だったなんてね」


「黙っていてすみませんでした。それでですね。注文をつけるようで恐縮ですが、その……」


「分かってるって。詮索しないで、言いふらさないでって事でしょう?」


「お願いします。……いえ、本当に大それた理由で地上に降りた訳じゃないですから、あまり深く気にしないでいただけたらと」


 ナナと女性魔術師さんが会話している姿を、俺は地面に座りながら見るともなしに眺めていた。


 現在、討伐隊員たちは手分けして広間に残されたスライムゼリーの回収を行っている。


(辛そうだな。君は魔王軍幹部を討ち取った、今回最大の功労者なんだ。我々にまかせてゆっくり体を休めるといい)


 魔力が尽き疲労困憊状態である俺は神殿騎士からそう言われ、回収作業を免除される事になった。


 まったく動けない訳でもないが……けっこうしんどい。見栄を張る余裕もない。親切に甘える事にした。


「――しかし……」


 俺はそばにいる白いニワトリへと話しかけた。


「そ、その……まさか、あなたが太陽神でしたとは……」


「騙すような事をしてごめんなさいね」


 太陽神ソレイユINニワトリは首をペコリと下げた。


「いっ、いえ! おおおっ、お気になさらず!」


「……あの、アオイさん? そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?」


 そうはおっしゃいますが……すんません。


 自分、優しい雰囲気のお姉さんが元ヤンだった的衝撃に本気マジ怖がブルっております。


「そ……それよりも。……一昨日おととい、路地裏で会った時に初対面のはずの俺へ助けを求めたのは、俺の事を知っていたからですか?」


「ええ。転生者であるあなたの情報はある程度ヴェイラから聞いていましたから。あの場で出会った事そのものは偶然ですけどね」


 なるほど。いざとなれば素性を明かすなりすれば、俺の信用を得られると踏んだのだろう。


「しかし……」


 ソレイユ様は俺の顔を見上げ、まじまじと見つめる。


「途中の戦い方からもしやと思っていましたが……あなたはこれまで、パイルバンカーの正しい使い方を知らされていなかったのですね」


「はい。戦っている最中、魔力を溜めて威力を高められる事には気づけましたけ

ど」


「魔術の扱いは初めてなのでしょう? にもかかわらず、自力でそこに気づけたとは大したものです」


「たまたまですよ」


 実際、勢い余って魔力を過剰に流した結果だし。


「本当は能力を得た段階で正しい使い方を学ぶべきだったのですが……いかんせんパイルバンカーは天界でも使い手の少ない魔術でして。ヴェイラでは十分な助言を行えなかったのもしかたありません」


「珍しい魔術なのですか?」


「ええ。……パイルバンカーとは光の杭であらゆるものを貫き、その切っ先から爆発的な魔力を放出して対象を内部から破壊する魔術です。クセのある魔術ですが、使いこなせば強大な敵を打ち倒す頼もしい力となってくれる事でしょう」


「確認しておきますけど、基本の使い方は今の状態で間違いないんですね?」


「ええ。後は経験あるのみです」


 そこまで言ってソレイユ様は軽く周囲をうかがったのち姿勢を正す――正確には憑依したニワトリに姿勢を正させる。


「アオイさん。このたびは私の部下ヴェイラが大変なご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありませんでした」


「突然どうしたんですか」


「天界で聞きました。転生の際にヴェイラはあなたに無礼な態度を取ったそうですね。その件について謝罪いたします。リニアへ戻り次第、私は天界へ帰るつもりですが……その前に改めて厳しく・・・指導しておくつもりです」


「い、いえ。お手柔らかに……」


 "厳しく"の部分でちょっと身震いする。自業自得とはいえ、ヴェイラに若干の同情心が湧いてきた。


「その上で改めておうかがいします。今でも魔王討伐を引き受けるという気持ちに変わりはありませんか?」


 ソレイユ様に尋ねられ、軽く考える。


 だが、答えは決まっている。


「はい」


 すんなりとそう出てきた。


 確かに最大の動機はヴェイラを理解わからせる事だった。


 それに、正直に言えば『この世界を救え』と言われても話が壮大すぎていまいちピンと来ないところもある。


 だが天界から能力をもらい新たな人生も与えられておいて、今さら約束を反故ほごにするつもりはない。


「どこまでできるかは分かりませんが、やれるだけやってみるつもりです」


「その言葉、嬉しく思います。あなたの今後のご活躍、期待しております」


 そう言いつつ、ソレイユ様は一礼した。






 回収作業を終えた俺たちは洞窟を後にした。


 疲労状態である俺とヴェイラは同じ馬車の荷台に乗せてもらっていた。お互いに無言で、ガタガタとした振動に揺られ続けていた。


「……アオイ」


 やがて、ヴェイラが決まり悪そうに口を開いた。


「どうした」


「……悪かったわね」


「なにがだ」


「いろいろとよ」


「分かるか」


「だーかーらー、いろいろよ、いろいろ。……転生させた時の態度とか、地上で迷惑かけた事とか……あー、もう。掘り返さないでよ」


 ヴェイラはそっぽを向きつつ、歯切れ悪く答えた。


 悪いと思うなら相手の目を見て言うべきなのだが……なにしろヴェイラも消耗している。それに、唯我独尊が神格を得たような彼女としては驚くほど謙虚とすら言える。


「はいはい」


 それ以上は突っ込まず、軽く答えるに留めておいた。


「……それに、あんたのパイルバンカー。いつの間にあんな感じになってたのよ。あんな……大きいのに」


「ああ。どうやらあれ、魔力を込める事で威力が増す魔術だったらしくてな。今の俺ならあれだけ長くなるんだ」


「そうだったんだ……」


 感心したようにつぶやく。


「……転生してまだ日も浅いのにもう魔王軍の幹部を倒しちゃうだなんて。アオ

イ、なかなかやるじゃないの。この調子なら、いずれは本当に魔王も倒せるのかもね」


 そう言ってヴェイラは軽く笑みを浮かべる。悪意にも傲慢にも歪められていな

い、ごく素朴な笑みだった。


 俺は初めて、彼女の素直な側面に接したような気がした。


 出会いこそ最悪なものだった。彼女の言動には何度も怒りを覚えさせられた。


 それでも、少しは打ち解ける事ができた。いい加減、俺も彼女に罵倒された事を許してやるべきなんじゃないか――


「――まあ、ソレイユ様のパイルバンカーは邪神倒してるんだけどね」


 …………。


「……はい?」


「いや。だから、ソレイユ様は死のクリムゾンよりずっと強い邪神カロテロスを倒してるって言ったの」


 …………。


「いや。そんなソレイユ様と比べられても。俺は別に対抗しようって気はないんだけど」


「いや。別にそんな深い意味はないんだけど。単純にあたしがそう思ったってだけの話で」


 俺が言うと、ヴェイラも言い返す。最初こそ緩い調子だったものが、だんだんと熱の込もった打ち合いラリーへと発展していく。


「いやいや。だったらわざわざ比べているような言い方をしなくても」


「いやいや。そんなのあたしの勝手じゃない」


「いやいやいや。そもそもだな、もうとっくに滅んだ大昔の奴と今現在の脅威とを比べられてもな」


「いやいやいや。邪神と魔王とじゃ根本的に格が違うし。それにあんたのパイルバンカー、ドヤったところでソレイユ様のより短いからね?」


「は? 俺は誰かさんの適当な指導しか受けてないんだぞ? その手探り状態でここまでやってこれたんだからむしろ大したもんだと思うぞ」


「は? それイヤミ? 小枝が枝に成長したところで、しょせん大樹とは比べものにならないっての。素質のなさを他人のせいにするとかみみっちい男ねぇ」


「はあぁ? あなた、俺が死のクリムゾン倒すとこ見てました? あなたの言う素質のない枝で幹部に勝っちゃってるんですけど?」


「はあぁ? クソザコ棒・・・・・でも当たりどころが悪けりゃぶっ倒れるってだけの話じゃないの」


「……言いやがったなぁっ!! てめぇは今、言っちゃいけない事を言いやがったぁっ!!」


「はあっ!? クソザコがなにイキってんのっ!? つーか、あたし今めっちゃ疲れてんですけどっ!? 大声出されると頭に響くんですけどっ!?」


「お前だって大声出してんじゃねーかっ!! それより謝れっ!! 俺に謝れ

っ!!」


「なんであたしが謝んなきゃいけないのよっ!! ただ事実を言っただけじゃないっ!!」


「てめえふざけんなよっ!?」


「アオイこそ黙りなさいよっ!!」


 すっかり沸騰しきった俺たちの言い争いは、当然の事ながら外にも届いていた。 やって来たナナたちに止められ、最後は互いに別々の荷台に離されるまで、俺とヴェイラは遠慮会釈なく舌戦を繰り広げ続けた。


 すっかり頭に血がのぼっていたため、今となってはなにを言ったのかほとんど忘れてしまった。


 ただ、


「――覚えてろよっ!! いつか絶対、お前を理解わからせてやるからなっ!!」


 そう断言した事だけははっきりと記憶に残っていた。



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俺のパイルバンカーを「短くてショボいクソザコ」呼ばわりしやがった女神。いつか絶対にあんたを理解(わか)らせてやるからな 平野ハルアキ @hirano937431

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