第42話 太陽神ソレイユ

 "太陽神ソレイユ"。


 ヴェイラの上司であり、神々の中で特に影響力の強い十二柱の筆頭――俺の聞いた限りでは、そういう存在だったはずだ。


 今しがた、確かにヴェイラは目の前にいるニワトリを指してその名を口にしていた。


 ヴェイラに腕輪をはめ、人語を話すニワトリの存在に戸惑っていた討伐隊員たちも、太陽神ソレイユの名にざわざわと声を上げていた。


「……な……なにかの間違いよ。こんなニワトリがソレイユ――様な訳が……」


「……こちらの方が話しやすいですかね」


 そう言うとニワトリの体から柔らかな光が生まれ、頭上へと昇っていく。光はゆっくりと形を変え、やがて純白のドレスを身にまとった妙齢の女性が姿を現した。


 秀麗な顔立ちに、腰までサラサラと流れる金髪。暗く湿った洞窟内でも失われない、気品ある佇まい。


「……この魔力の感覚……本当にソレイユ様なのですね」


 より強くなったざわめき声の中に、ナナのつぶやきがかき消えていった。


「……ウソよ。神殿にある天界との直通経路は、あたしが地上に降りてすぐに塞がせた。こんな早くにあたしの元へ来るだなんて……」


「私を甘く見ない事です。あなたが勝手に地上へ降りたと知ってから、すぐに天使たちが地上へ降りるのと同じ手段・・・・で飛んできました」


 ……俺が転生した時に体験した、地上へ物理的(?)にぶっ飛ばされるアレですね。


「そもそもソレイユ――様は地上で活動するための肉体を失っているはず……」


「このニワトリは私の使い。この子の肉体をしろとして借りました。もっとも、この状態ではほとんどの力を発揮できませんが……」


 太陽神ソレイユは……俺も"様"つけとこ。ソレイユ様は言った。


ニワトリこの子の体を借りて地上へ降り、リニアの町へ入った私はそのまま神殿へと向かいました。あなたの行動を監視するためです」


 確か地上へはピンポイントで狙った場所に降りられる訳ではなかったはず。どうやってリニアへ向かったのだろうか。


 ……ああ、そう言えば初めて会った時に『馬車の荷台にこっそり乗ってきた』と言ってたっけ。


「本当は事前にあなたを止められればよかったのですが……私が神殿にたどり着いた時にはすでに討伐の準備が進められていました。止める方が混乱を招きますし、なにより今の私では増長しきったあなたを止める事などできませんでした。


 ……ならばいっそ、とことんまでやらせて現実を思い知ってもらった方が話がしやすくなると考えました」


 ソレイユ様の言葉を、ヴェイラは上体を起こした姿勢のまま黙って聞いていた。


「……火の女神ヴェイラ。あなたは天界の規則を破り、安易に地上へ干渉しまし

た。そのうえ地上の人間たちを自己中心的な言動で振り回し、その結果危機にさらしもしました」


「…………」


「私は責任者として、あなたに罰を与えなければなりません」


「……お……恐れながらソレイユ様! 天使ナナが申し上げます!」


 討伐隊員たちにもはっきり聞こえる声で、ナナはソレイユ様の前に歩み出た。


「おい待てナナ!」


 俺が引き止めるのにもナナは振り向かない。周囲には「……あの子、天使だったのか……?」「確かに顔と性格は天使だが……」だのと新たなざわめきが起こる。


 皆に正体を知られるのも構わず、ナナはソレイユ様に頭を下げた。


「このたびの失態、ヴェイラ様をおいさめできなかった私にも責任があります! 天使である事を隠そうとするあまり、ヴェイラ様へ必要な進言を怠りました! 罰はこの私もお受けいたしますゆえ、どうか、どうか主には寛大なるご処置をお願いいたします!」


「いいえ。あなたの立場ではしかたのない事です。それに、あなたは十分に責任を果たしています。神殿の一室であなたがヴェイラを叱りつけていた事も私は知ってますよ」


「ですが――」


「ナナ」


 ソレイユ様は穏やかな、しかし断固とした声を出す。


「下がりなさい。私はヴェイラと話をしなければならないのです」


「……はい」


 すごすごと引き下がるナナを、ヴェイラはぼんやりと眺めていた。


「……罰……罰、ね……」


 そしてうつむき、観念したようなつぶやきを冷たい地面へと落とした。


「……こりゃもう"存在を消される"って事かしらね」


「…………」


「はは……そうよね。勇んで地上に降りたってのに、結局あたしはなんの成果も出せなかった。そんな無力な女神なんて不要……そういう事ね」


「…………」


 ヴェイラの言葉にソレイユ様は無表情のまま耳を傾ける。頭上に本来の姿を浮かべたまま、ニワトリの体をヴェイラの前へと移動させた。


「……ヴェイラ」


「……ソレイユ様。やるならひと思いにやってちょうだい。どうせあたしが天界でのし上がる機会なんてもうなくなったんだし。どうせ――」



「――フザけた事抜かしてんじゃねえぞこのクソガキがぁっ!!」



 ――ドスの効いた大音声だいおんじょうが、洞窟の空気を震わせた。


 一瞬で場が凍りついた。ヴェイラを含め、その場の全員が身を硬直させた。誰の声なのかすぐには理解できなかった。


 それがソレイユ様の声だと脳が認識した時、さらなる怒声が響き渡った。


「天界にも地上にもさんざっぱら迷惑かけまくりやがったあげく、なに勝手に消えるうんぬんほざいてやがんだっ!! テメエいつから自分の処遇決められるほど偉くなったと思ってんだよっ!! ナメてんのか、あぁ!?」


「…………え、いやあの……」


「悲劇のヒロインヅラしてやがってっ!! なんっも理解わかってねえじゃねえかテメエッ!! ……成果ぁ? のし上がるだぁ? んなもん最初ハナっから眼中にねえんだよこのバカッ!!」


「…………あ……え、いや……」


「目ぇ泳がせてんじゃねえっ!! 話す時はこっち見るっ!!」


「は、はいぃっ!!」


 ヴェイラは慌てて返事をした。俺を始め、周囲の討伐隊員たちも反射的に背筋をピンと伸ばしていた。


 俺たちが姿勢を正すのに気づいたソレイユ様は、軽いひとつ咳払いを入れる。


「…………あら。皆さん、失礼しました。ついつい邪神とり合ってたころの血が蘇ってしまいまして……」


『『『…………』』』


 急速に落ち着き払った態度を取り戻したソレイユ様へ、俺たちはキツツキのような忙しないうなずきを返した。


 その顔には、ことごとく畏怖の念が張りついていた。


「……ヴェイラ。あなたはなぜ私がここまで怒っているのか分かりますか?」


「……それは……天界の規則を破ったから……」


「それもありますが、もっと別の理由です」


「……いろんな神や天使、人間たちに迷惑をかけたから……」


「それにもガチギレしています」


「……勝手に神殿に細工して地上との経路を塞いだから……」


「ナメたマネしてんじゃねえぞクソガキと思っています」


 怖いです。


「……いいですか。私がなによりも怒っているのは、あなたの『成果さえ出せればそれでいい』という表層的なものの考えです。その安直な考えで行動をした結果が諸々の失態だと肝に銘じなさい」


「…………」


「そして勝手に終わりにしないでください。あなたは罪を犯しましたが、取り返しのつかない事態までには至っておりません。今なら私の一存だけで処遇を決められます。


 ……あなたはまだ若い。やりなおしの機会を与えようと思います」


 ソレイユ様は姿勢を改め、峻厳しゅんげんと慈愛の入り混じった視線をヴェイラへ向けた。


「火の女神ヴェイラ。あなたには天界からの追放刑を言い渡します。罪が許されるまで神殿で暮らし、一介の地上人として奉仕活動に励みなさい」


 ソレイユ様の言葉に、ヴェイラはすぐには反応を寄越さない。まるで苦い薬草でも飲み下しているような顔で沈黙している。


 しかしやがて、憑きものでも落ちたようにすっきりとした様子を見せた。


「……分かりました」


「それとヴェイラ。皆さんになにか言うべき事があるんじゃないですか?」


「…………うん」


 ソレイユ様にうながされ、ヴェイラは一度討伐隊員たちを軽く見回す。それか

ら、弱々しいながらもしっかりとした声で言った。


「迷惑かけてごめんなさい」



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