第41話 死のクリムゾン戦・決着
「おンどりゃあああああ――――――っ!!」
「うりゃああああ――――――っ!!」
死のクリムゾンが繰り出す怒濤のごとき攻撃を前に、クロエは一歩も引かずにさばいていく。
「……ナナッ!!」
「はいっ!!
「んんんんんん――――――っ!! ……しゃらあああああ――――――っ!!」
生命力が吸われ尽くされる前にナナへ合図を送り治癒魔術で回復、そのまま前線で踏ん張り続ける。
クロエのおかげで死のクリムゾンの攻勢を押さえられている。
だが、
「おいクロエッ!! なんか顔色がすげえ事になってるんだけどっ!? 大丈夫かっ!?」
「ふっふふふ――っ!! だ――いじょ――ぶへ――き――ぃっ!!」
「分かった、絶対大丈夫じゃないなっ!!」
たぶん体に異様な負担がかかっているためだろう。今のクロエは血管がブチブチ切れてしまいそうなほど顔が真っ赤に染まっていた。
やばい。これ以上は戦いを長びかせられない。
「……ぐ……おんどれらぁ……っ!!」
だが一方で、攻める側である死のクリムゾンも忌々しげに悪態を吐いていた。攻撃のために伸ばしているゼリーにも細い触手状の割合が増えてきている。
おそらくこの猛攻は奴にとっても負担が大きいのだろう。先に戦ったヴェイラたちも相応に削ってくれた影響もあるはずだ。
奴も息切れしつつある。反撃の兆しが見えてきた。
「……ナナ、キュアサークルはあと何回使える?」
「あと一回が限界です。範囲魔術はさすがに魔力消費が重くて……」
ナナに尋ねると、そう答えが返ってきた。
こちらももう後がないという事である。
なら、次の攻撃にすべてを懸けるべきだ。
「……クロエッ!! ここで勝負を決めるぞっ!!」
「りょ――か――――いっ!!」
「みなさんも援護お願いしますっ!!」
「「「まかせろっ!!」」」
俺が叫ぶとクロエ、討伐隊員たちがそれぞれ力強く答えた。
「人間どもがぁっ!! オレを舐めてんじゃねえぞぉぉぉ――――――っ!!」
死のクリムゾンが怒号を発し、ぶっといゼリーの腕を大量に伸ばしてきた。
俺が飛ばした指示を受けての反応だろう。大声だったので聞かれて当然だ。だがあいにく、こちらにはじっくり作戦会議している余裕はない。覚悟の上だ。
「みんなぁ――っ!! ほんのちょっと時間稼いでちょうだ――いっ!! ……てな訳でるーちゃんっ!! 一発ガッとやっちゃってぇぇぇぇ――――っ!!」
クロエが攻撃の手を止め
瞬間、まるで鮮血のような赤いオーラが|天井へと向かって吹き出した。
クロエの生命力によって形作られた長大な刀身だ。ある種の禍々しさを感じる輝きが、洞窟の暗闇をむしばむように周囲へと放たれていた。
「「「おおおおおおっ!!」」」
クロエの間隙を埋めるように討伐隊員たちが
「このハエどもが……っ!! おうオマエらっ!! 全員でこいつらを止めんかいっ!!」
広間内に死のクリムゾンの声が響いたのを合図に、場にいるすべてのスライムたちがクロエたちへ向かってきた。
「――させないっ!! 最後の『漆黒の帯』っ!! 持ってきなさいこんちくしょおっ!!」
だが、スライムたちはユーディットの符術によって足止めされる。ひとつに束ねられた漆黒の帯が振り回され、魔物たちを弾き飛ばす。討伐隊員たちも武器を手に奮闘し、スライムたちの動きを阻む。
「助かったっ!! ……クロエッ!!」
「――おっしゃあああああああっ!!」
クロエが叫び、
「さあアオイィッ!! 一気に決めちゃいなさいぃぃぃぃ――――――っ!!」
「ぬぅおおおおぉぉぉぉ……っ!!」
死のクリムゾンは、ゼリー体を真っ二つに裂いていく刃から内部の核を退避させる。赤いオーラ刃が敵スライムのゼリー体を完全に両断し、その体積を大幅に削ぎ落とした。
それで力を使い果たしクロエはそのまま地面に倒れ込む。
同時に俺は、死のクリムゾンの核へ向けて全速力で突っ込む。
すでにパイルバンカー溜め撃ちの準備は完了しているっ!! 今度こそ絶対に外さないっ!!
「おおおぉぉぉぁぁぁ――――――っ!!」
ゼリー体のおよそ半分ほどを失った死のクリムゾンだが、それで戦意を失うような奴ではなかった。残された力を振り絞るかのように、三本の触手を伸ばして俺を迎撃する。
一本目の触手は身をかがめて、二本目は跳んで回避。
だが、着地でやや姿勢を崩したところを狙われた三本目が避けられない。
いやにゆっくりと飛ぶ触手の先端――同時に、視界の下方から揺れる
炎の明かりだ。いや、炎の剣だ。
そう認識した俺の視界で、燃える刃が
そのひと振りで本体から切り離された触手先端が、顔の真横を通り過ぎていく。反射的に赤い塊を目で追う。
その先に映ったものは――苦しげに上体を起こしつつも右手を力強く掲げる赤髪の少女の姿だった。
「……
「ヴェイラッ!!」
「……行き……なさい……っ!!」
「……ああっ!!」
火の女神に背中を押されながら俺は死のクリムゾンに接近。
奴の体はいまや半分以下に減っている。攻撃から逃れるため核を動かせる範囲もそれだけ狭まっていると言う事だ。
今度は逃さない。……射程距離内に入ったっ!!
俺は右手のひらを核へ向けて伸ばす――その手に、見計らったようなタイミングで紫色の粘体がべちゃっと降ってきた。
重みでわずかに腕が下がる。
降ってきたのがパープルスライムであり、これは身を張った妨害である――そう気づいた頃には手遅れだった。
「
ズレた角度のまま、魔術が解き放たれた。
まず魔術発動の余波で付着していたパープルスライムが手から剥がれ、吹き飛んでいく。
飛び出した光の杭は暗闇を一直線に貫き、死のクリムゾンのゼリー体に食い込み――核に届く事なく、その真下の地面へと突き刺さった。
「……は……っはははははぁ……っ!! パープルようやったぁっ!! ――
死のクリムゾンが触手を一本生やし、俺に向けて飛ばしてきた。
しくじった――痛恨の念が脳天へ振り下ろされかけたまさにその時、
「――アオイさんっ!!」
背後から聞き覚えのある女性の声が俺の鼓膜を震わせた。
振り返らずとも分かる。あのしゃべるニワトリの声だ。
「そのまま先端へ魔力を注いでっ!!」
彼女の言う事を反射的に実行。パイルバンカーの先端へ向け、体内に残された魔力を流し込んだ。
魔力が腕を通過し、光の杭に注がれていくのが分かった。
パイルバンカーの溜め撃ちに初めて気がついた時の感覚が蘇る。さながら、壁のような密林の向こうに広遠と広がる草原を見出したような感覚。
瞬間、地面が砕けた。
パイルバンカーが突き刺さっている箇所から放射状にヒビが入り、隙間からまばゆい光が湧き上がった。
「……なぁっ!?」
……行けるっ!!
「――おおおおぁぁぁぁ――――――っ!!」
確信とともに渾身のひと押し。
体内の魔力だけでない。光の杭そのものを構成する魔力までもが、先端部へ流れていく。
濃縮された魔力が一気に弾ける。
爆発的な光が岩を砕き、土を巻き上げ、暗闇を吹き飛ばし、死のクリムゾンを焼いていく。
凶暴な魔力が赤いゼリーをほとんど蒸発させるような勢いで消し去っていき、その奥に守られている核を捉え、
「……こ――」
――噛み砕く。
「――こんちくしょうめがああああぁぁぁぁ――――――っ!!」
魔王軍幹部の断末魔が光の奔流に飲まれていく。
光が収まる。
死のクリムゾンがいた場所には、掘り起こされたような大きなくぼみが口を開いていた。
時が止まったような沈黙。
やがて親玉を失ったスライムたちが怯えたように身じろぎ、俺たちから少しずつ距離を取り始める。
一体のグリーンスライムが、奥の通路へ向けて跳ねた。
それを合図にまるで蜘蛛の子を散らしたようにスライムたちが一斉に逃げてい
く。
俺たちに追撃する余裕はない。乱れた息遣いのまま、スライムたちが
再び沈黙が訪れる。数名が無言で周囲を見渡し、警戒を行う。
「……勝った……」
敵がいなくなったのを確信したのか、誰かがぽつりとこぼす。
そのつぶやきが呼び水となって、広間内に歓声が湧き上がった。
「勝ったっ!! 勝ったぞっ!!」
「ああっ!! アオイの奴、魔王軍幹部を討ち取りやがったぞっ!!」
「生きてる……っ!! 私たち全員生きてるのよね……っ!!」
勝利の実感を噛みしめるように、討伐隊員たちは口々に喜びを現していた。
「……切り抜けたらしいな」
「……ああ」
昨夜、口論していた冒険者と神殿騎士が互いにつぶやき合う。
「……忘れてねぇだろうな。次はてめえだぞ。いつか必ずてめえをぶん殴ってやるからな」
「当然だ。いつでも受けて立とう。……職務がある日は勘弁だがな」
「ふん」
そう言ってお互いに拳を軽くぶつけ合った。口調とは裏腹に、昨夜のような剣呑とした雰囲気はすでに消え失せていた。
「クロエ。無事か」
「……ええ。やったわねアオイ」
俺は倒れているクロエの元へ歩み寄る。俺の方も魔力を使い切った影響で重い疲労感がのしかかっている。
「やったじゃないっ!! さすがあたしのパーティー仲間っ!!」
ユーディットも俺たちの元へとやってきた。サラッとムシのいい事を言っているが……まあ今は反論しないでおこう。
「……けど」
クロエが口を開く。
「さっきのパイルバンカー。これまでのとは比べものにならない代物だったけど
……。直前に聞こえた助言の影響、よね?」
「ああ。言われた通りにしたら、ああなったんだ。俺も驚いてるよ」
そう言って俺は、ニワトリの方を見る。
「…………」
皆が喜び合う中、しゃべるニワトリはゆっくりとヴェイラの元へと歩いていく。 そして、
「はっ!!」
唐突な素早い動作で羽毛から輪っか状のものをふたつ取り出し、それぞれをヴェイラの両手へと通した。
ガチャン、と金属音が響く。
「……え……これ……」
ヴェイラは呆然とした様子で己の両手を眺めていた。彼女の細い手首には、到底ニワトリの羽毛に収まりそうもない大きさの黒い腕輪がはめられていた。
「……それは天界謹製の腕輪。強力な魔力封印効果が付与されており、はめられた者は魔術を使う事ができなくなります。そして専用のカギを使う以外にその腕輪を外す事はできません。たとえ神であっても。……あなたも知っているでしょう?」
「……あんた……」
ニワトリの問いかけにヴェイラは目を限界まで大きく見開いていた。
そして、ナナも同様に
「……先ほどの声は……。それに、あの大きさのものを羽毛に隠したのは……天使たちのポケットと同じ種類の魔術では……」
「……まさか……あんた、まさか――」
「……ヴェイラ」
ニワトリは落ち着き払った、しかしどこか堅さを含んだ声でヴェイラの名を口にした。
「――太陽神ソレイユ、なの……?」
「そうです」
ヴェイラの言葉に、ニワトリははっきりとそう答えた。
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