第40話 激闘
「おぅらぁぁぁ――――っ!!」
死のクリムゾンは触手よりも太い腕状のゼリーを何本も生やし、対峙する討伐隊員たちへと飛ばした。
「やぁぁってやるわぁぁぁぁ――――――っ!!」
だがクロエは気合の雄叫びとともに
「あ……あのクロエって人すげえな……っ!!」
「なんという剣の冴え……っ!! 身のこなしも素早いぞ……っ!!」
「――はっははははぁ――――っ!! やっぱナナの治癒魔術とるーちゃんの呪いコンボはたまんないわねぇっ!! 最っっっ高だわぁ――――――っ!!」
「「それ以上に姿と発言が狂気に満ちている……っ!!」」
クロエの奮戦ぶりを見た討伐隊員たちは、
「これ終わったら報酬はずんでくれると信じて……っ!! 『漆黒の帯』っ!!」
一方のユーディットは周囲のスライムたちを相手をしていた。右手を横一文字に振り、正規品の符札を飛ばす。
地面に付着。暗闇にくっきりと光る魔法陣が広がり、内側から無数の黒い帯が伸びる。
それらがまるで縄のように寄り合わせられ、一本の太い帯が作り出された。
「……行きなさいっ!!」
ユーディットの操作で太い帯がまるでムチのように振るわれる。横薙ぎの一撃が迫るスライムたちを弾き飛ばし、縦に振り下ろされた一撃が一体のスライムを核ごと叩き潰した。
「あれが符術師の戦いか……っ!! 初めて見たぜ……っ!!」
「ああ……っ!! あの姉ちゃんやるじゃないか……っ!! まさか――」
「「――まさかこの短時間で死のクリムゾンから技をパクるとは……っ!!」」
「なんかあたし微妙に不名誉な誤解されてないっ!?」
……すんませんユーディットさん。俺もちょっと思いました。許してください。
……そ、それはともかく俺もボーっとしてばかりいられない。今のうちにヴェイラたち先行組を安全な場所に退避させた方がいいだろう。
俺はいまだにふらついている先行組の元へと駆け寄った。
「動けますか?」
「あ……ああ……」
ひとりの神殿騎士が答えた。昨夜、冒険者と口論していた人だった。
「ひとまず馬車の近くに固まっていてください」
「いや……私はまだ戦える……」
そう言いつつも表情を歪めている。まだナナの治癒魔術が染みているらしい。
「無理はしないで。少し休んで息を整えてください」
「……分かった。すまな――危ないっ!!」
唐突に神殿騎士は叫び、俺を真横へと突き飛ばした。
俺がとっさに振り向くと、飛びかかってきたイエロースライムを神殿騎士が剣で切りつける姿が見えた。
助かりました――と礼を述べる間もなく、三体のスライムたちが新たに接近しているのに気がついた。
「くそっ!!」
「ここは私たちにまかせろっ!!」
とっさに身構える俺を神殿騎士が制する。
「君の魔力は奴を倒すためのものっ!! 今は温存するんだっ!!」
「ですが――」
「先ほど奴の体を貫いたあの魔術なら奴を討てると私は確信しているっ!! だから君は奴の核を取る事だけに集中するんだっ!! 我々が必ず好機を作り出してみせるからっ!!」
神殿騎士は叫び、一体のスライムを剣で切りつける。刀身に沿って松明の光が走り、一筋の鈍い輝きの軌跡が暗闇に刻まれた。
だが、やはり完全には調子が戻っていないのだろう。呼吸が乱れた隙を突かれ、二体のスライムが同時に飛びかかってくる。
「――どいてろっ!!」
瞬間、ひとりの冒険者が叫んで神殿騎士と魔物たちとの間に飛び込んできた。
昨夜、この神殿騎士と口論をしていた冒険者だ。
冒険者は両手にそれぞれ一振りずつ持った短剣を交差させ、一体のスライムの体当たりを受け止める。
そのまま刀身に張りつかれる前に、両手を広げるように振るって押しのける。素早く両手を返し、一体目の背後からきた別のスライム目がけて両の切っ先を同時に突き出す。
切っ先のひとつが核を深々と捉える。急所を突かれたスライムはそのまま地面にべちゃりと落ち、動かなくなった。
「世話焼かすんじゃねえぞっ!!」
スライムと対峙しながら、冒険者は神殿騎士に声をかけた。
神殿騎士は息を整えてから応える。
「……まさか貴様に助けられるとはな。私の事は嫌いだと思っていたが……」
「ああっ!! てめえの事は死ぬほどムカつくし気に入らねえっ!! 後でいっぺんぶん殴ってやりてえよっ!!」
冒険者は叫んだ。
「だからてめえ絶対にここを生きて切り抜けろよっ!! 死人をぶん殴ったところでちっとも面白くねえからなっ!!」
「……貴様……」
神殿騎士は軽く目を見開き、そして口元に笑みを浮かべた。
「……ふん。それは私のセリフだ。貴様は一度殴ってやらないと気が済まない。
……ならばお互い生き残って白黒はっきりつけようかっ!!」
「上等だっ!!」
神殿騎士と冒険者は互いに並び立ち、武器を構えてスライムたちの群れと対峙した。
その両隣に、ヴェイラ以外の先行組も武器を構えながら並んだ。
「……確かアオイ君、だったな。君は幼女様を安全な場所へ下がらせてくれ。我々も戦う」
「……体は大丈夫ですか?」
「ケガそのものは治してもらったからな。なによりそこの冒険者に気骨負けする訳にもいかん。スライムどもは我々にまかせてくれ。代わりに頼む。憎い
死のクリムゾンへちらりと向けた彼らの瞳からは、燃えるような強い怒りが吹き出していた。よほどヴェイラを痛めつけられた事に怒っているのだろう。
「……分かりました。まかせます」
ここは彼らの意気を汲み取るべきだろう。俺はうなずき、ヴェイラを抱えあげ
る。すぐに馬車のそばに控えている支援部隊員へと身柄を預けた。
「――いてまえやおぅらああぁぁぁ――――っ!!」
洞窟内に死のクリムゾンの怒声が響く。
そちらへ視線を向けると、クロエたちへと大量の腕状ゼリーを飛ばす瞬間が目に飛び込んできた。
雪崩のような猛攻だった。二十本ほどのぶっといゼリーが討伐隊員たちを苛烈に襲いかかっている。
伸ばしているゼリーの量は明らかに死のクリムゾンの体積を超えている。ヴェイラは『魔力で体を再生している』と言っていたが、正確には『増殖』だろう。
大気を裂くようなすさまじい勢いに大地を揺るがすような強烈な打撃。これが魔王軍幹部の本気か。
「はあああぁぁぁぁ――――――――っ!!」
さしものクロエも攻撃をしのぐのがやっとだ。それに顔色が悪い。よほど生命力を消費しているのだろう。
回復させるべきだが、この攻勢を前にとてもそんな隙は――
「……ナナッ!! さっきの魔術頼めるっ!?」
俺がそう考えた時、クロエが敵から目を離さないまま叫んだ。
「あれならちょっと離れた相手にでも効果あるでしょっ!!」
「あ……はいっ!! ただいまっ!!」
後方に控えていたナナが少し前に出る。
先行組を回復させた時に使った『キュアサークル』って魔術か。円形に効果範囲が広がっていたあれなら、確かにクロエを下がらせずとも回復ができる。
「ナナが治癒魔術をかけますっ!! ケガしている人は彼女の近くへっ!! それ以外は全員退避っ!! 染みたくなければ逃げろっ!!」
俺は大声で避難勧告をする。先行組の悲鳴を聞いていたためだろう。負傷者は顔を強ばらせながらもナナの近くへ移動し、それ以外の討伐隊員たちはすぐに彼女から離れた。
「――
「「「ぎぃぃぇえええぁぁぁ――――――っ!!」」」
「ひぃぃぃぃ――――――んっ!!」
数名の悲鳴と一名の歓喜が戦場のどよめきに混ざり合う。退避していた討伐隊員たちは異様な不協和音に恐れおののき、身を縮めていた。
「……っしゃあぁぁ――――っ!! みなぎってきたあぁぁ――――っ!!」
『『『…………』』』
喜色満面で突進していくクロエを、討伐隊員たちは無言で眺めていた。
ことごとく、理解の範疇にないモノを見つめる目をしていた。
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