第39話 対峙
「無事か馬鹿女神っ!!」
俺はそう叫びながら、討伐隊員たちとともに広間へと飛び込んだ。
ヴェイラの炎に炙られたらしく、通路付近の地面からは結構な熱を帯びている。通れないほどではないので、そのまま突っ切る。
ヴェイラと取り巻きたちは全員地面に倒れていた。すぐそばに転がっている松明の炎が、苦しげに身じろぐ彼らの姿を暗闇の中へと浮かび上がらせている。
どうやら全員生きてはいる様子だ。だが死のクリムゾンたちに手ひどくやられたらしい。立っている者はひとりもいない。
「……アオイ……」
俺たちに気づいたヴェイラが弱々しい声を出した。ナナの懸念通り、かなり消耗している。
すぐ助けに向かいたいところではあるが、
「……ふん。あん時の兄ちゃんかい」
あいにく死のクリムゾンを無視する訳にもいかない。俺たち一行ともヴェイラたち一行とも多少の距離を取ってはいるが、まだ触手状ゼリーの射程範囲内だろう。
「部下が『光の杭を出す奴がおる』と言うとったさかいもしやと思っとったが……これも因縁って奴かい、なぁっ!!」
「――させないっ!!」
俺に向けて無造作に飛ばしてきた触手を、間に割って入ったクロエが受け流す。暗闇にぼうっと輝く
死のクリムゾンが触手状ゼリーを引っ込める。追撃の気配がない辺り、本気で仕留められるとは思わなかったのだろう。
「……やっぱ魔剣持ちの姉ちゃんも一緒やったか」
「いきなりアオイを狙うなんてね。ずいぶん彼を警戒しているみたいじゃない」
「そらそうや。コイツの魔術で危うくおっ
死のクリムゾンは言った。
「ヴェイラ様っ!!」
クロエが立ちふさがっている隙に、ナナがヴェイラの元へと駆け寄っていった。
「ヴェイラ様っ、ご無事ですかヴェイラ様っ!!」
「……ナナ……なんとかね……」
か細い声でヴェイラは答えた。よほど追い込まれたのだろう。尊大な態度はすっかり鳴りを潜めていた。
「……皆さんっ、じっとしていてくださいっ!! まとめて回復しますっ!!」
ヴェイラの周囲に倒れている討伐隊員たちにナナは声をかける。助かったと確信したのか、倒れている隊員たちから安堵の息が漏れる。
「回復……ってぇ!?」
が、一拍置いてヴェイラが素っ頓狂な声を出した。
「ちょっ、ナナ、ちょっと待ちなさいっ!!」
「駄目ですっ!!」
断固とした声でナナは魔術発動の準備を始めた。
「ついでに私もっ!! ここいらで一発キメときたいしっ!!」
回復の気配を察したのか、死のクリムゾンを牽制しつつクロエも近づいた。
「お願いナナ、待ってっ!? それだけはっ、それだけは――」
傷ついた討伐隊員の期待、魔剣使いの歓喜、そして女神の懇願。人々の想いを一身に背負いつつ、天使少女は治癒魔術を発動させた。
「――
『『『ぎぃゃあああぁぁぁぁ――――――っ!!』』』
温かな光が円形に広がった瞬間、範囲内の隊員たちから一斉に悲鳴が上がった。
「染みるぅ――――っ!! 全身が染みるぅぅぅぅぅ――――――っ!!」
「これ……ちが……っ!! 我らが好きな攻めとちが……っ!!」
「やだぁっ、やだぁぁぁ――――っ!! 助けてよママァ――――――ッ!!」
「あ゛あ゛ぁ――――っ!! あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ――――――っ!!」
「キタァァァァァァァァァァ――――――――――ッ!!」
――それはまるで、地獄の釜でも開いたような惨状であった。
とても治癒術師によって傷を癒やされている光景には見えなかった。
「……はい、終わりました。皆さん大丈夫でしたか?」
『『『…………』』』
……ナナ。(約一名を除き)痙攣しながら地面に転がっている彼らの姿が大丈夫に見えるのか。
とはいえ、治癒魔術の効果はてきめんだった。やがて彼らはよろめきながらゆっくりと身を起こし始めた。
……怪我人が復活したというより、ゾンビが蘇ったみたいな光景だったけど。
「……チッ。立て直されたか。……とてもそうは思えん声やったが……」
死のクリムゾンは苦々しい声で吐き捨てた。
「忌々しい兄ちゃんどもや。今度は逃さへん。そこのクソ女神ともどもぶっ殺してやるさかい」
「どうやらヴェイラからずいぶん痛い目に遭わされたようだな」
周囲に飛び散った赤い軟体――死のクリムゾンのゼリーを見回しながら言った。
スライムを倒すには核を破壊する以外にも、一定量以上のゼリー体を喪失させる手段もある。ナナいわく『生命維持のため、核を中心にゼリー体へ魔力を循環させる必要があるのです』との事だ。
ヴェイラとの戦闘でゼリー体を削られているとすれば、奴は相応に弱っていると見ていいだろう。
「……き……気を、つけなさい……」
俺の考えを察したらしい。ナナの治療から復活したヴェイラがうめきながら忠告を口にする。
「……さっき、あいつの体を半分以上削ったにも関わらず復活されたわ。たぶん、魔力を使ってゼリー体を再生できるみたいね……」
「そうなのか……」
そんな事ができるとは。さすがは幹部である。
「やっぱりあいつを倒すためには核を狙うのが一番手っ取り早いだろうな」
「そうねっ!! じゃあ行ってくるぅ――――っ!!」
顔を紅潮させながらクロエは突っ込んでいった。
「……あー、じゃあしばらく足止め頼むぞー」
「ほいきたぁ――――――っ!!」
お元気さんな返事を寄越し、クロエは
「すみません。
「もう一本しかないよ。本当はもっと積んでいたんだが、スライムどもに荷台を荒らされてしまったからな」
もう少し残っているかと思ってんだけど……つまり、魔力の回復ができるのはひとりだけか。
「だったらそれ俺に使わせてください。
「やれるのか?」
「はい。……皆さんもいいですか?」
俺は周囲の討伐隊員を見回す。隊員たちは軽く顔を見合わせる。
「……彼はたしか、以前にも死のクリムゾンと戦って撤退に追いやったそうだ。ここは経験者にまかせるべきだと思う」
「そうね。さっきみたいにガツンとやってちょうだい」
「援護は俺たちにまかせとけ」
そう言って討伐隊員たちはうなずき合った。
「……分かった。君に託すよ。絶対に奴を討ち取ってくれ」
支援部隊員がマナドリンクを俺に手渡してきた。
「はい」
俺は受け取った薬品を飲み干し、改めて死のクリムゾンと対峙した。
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