第1話

 「おはよう、絢悕はるき。」

 朝、俺が学校に登校し自分の席に着くと、前の席の男子が話しかけてきた。

 「おはよう、和輝かずき。」

 俺はそいつに挨拶を返す。

 学校指定のブレザーを軽く着崩している彼は、南沢みなさわ和輝かずき。クラスでは陽キャに分類される、俺の友人だ。

 彼は、俺の返答に何か思ったようで、

 

「どうした?今日はやたらと眠そうだな?」


 と聞いてきた。


 「ああ、今日の三限目の数Ⅱで平常点テストがあってな。別に予習復習を怠ってたわけじゃないんが、一応出題範囲は見直さないとと思って。で、参考書とか問題集を軽く解いてから寝ようと思ったら案外数学にのめり込んじゃって…そんで寝不足になった。」


 そういうと、和輝は半ば呆れたような顔になった。

 ちなみに平常点テストとは、定期考査の点数とは別にやる小テストみたいなものだ。

 ただ、その点数がそのまま定期考査の点数に加算されるため、なかなか侮れない。

 ちなみに、平常点が20点分あるときは、定期考査の最大の点数は80点になる。

 その合算で、定期考査の点数が決まるのだ。


 「勉強大好きかよ…俺は文系だから数Ⅱの平常点テストなんてないけど、それにしてもテスト勉強にのめり込むって相当だな。」


 そう言ってきたので、俺は苦笑しながら、


 「俺なんかよりもすごい奴なんて日本じゃざらにいると思うけどな。」


 「いや、お前も十分すごいって…」


 この男は、人をほめるのが上手である。陽キャという性格を除いても友達が多かったり後輩から慕われているのは、恐らくそういうところなのだろう。

 本人は全く意識していないようだが。


 「あ、絢悕はるき和輝かずきも、おはようさ~ん」

 そう言いながら教室に入ってきたのは、八神やがみ碩鵬ひろゆき

 俺とは中学校からの付き合いなので、すっかり親友と化している。

 昔から武道をやっていたせいか、がたいがよく、運動神経も良いほうなので、よく運動部の助っ人に行っている。

 今日もそうだったのか、額に軽く汗が流れていた。


 「おはよう、八神君。」


 「おはよう、碩鵬。」


 「おいおい、和輝。俺のことは下の名前で呼んでいい手前にも言わなかったっけか?」


 「いや、まだクラスが再編されて2か月しかたってないし、あまりしゃべってもいないのに下の名前で呼ぶのって、なんか失礼かなって思って。」


 「俺は下の名前で呼んでくれたほうがいいんだけどな…できればくんとかなしで。」


 ちなみに、クラスが再編されたのは、学年が高1から高2に上がったからである。

 それまで、八神と和輝は、あまり接点がなかった。

 しかも、俺を通じて知り合ったので、まだお互いともあまり話してはいなかった。

 すると南沢は、

 「 じゃ、そう呼べるように努力するよ、碩鵬ひろゆき


 「おう、ありがとな、和輝かずき。」


 和輝かずきは基本、いきなりなれなれしく人のことを下の名前で呼んだりしない。

 相手との距離感の測り方をちゃんとわかっている。

 俺が南沢みなさわとなじめたのも、ひとえに彼が俺との距離感の測り方がうまかったおかげだったりする。


 俺はそんなことを思い、スクールバックからハンドタオルを取り出して八神やがみに渡しながら、


 「碩鵬ひろゆき、今日はどこの部活の手伝いに行ってきたんだ?」


 「ああ、今日はバスケ部だな。なんでも、昨日部員の一人が部活中に病院に担ぎ込まれたらしくて。 無理が祟ったみたいだな。」


 「そんで、そいつの代わりにバスケ部の練習に付き合った、と?」


 「そういうことになるな。大会が近いから練習はオフにできないし、似たような体格が俺だったからっていう理由で頼まれてな。」


 「なるほどね。」


 八神やがみは基本、頼まれたことを断らないやつだ。だから先生にはとても頼りにされているーーー良いように使われているとも言えなくもないが。

 いつか悪い人に騙されやしないかと内心心配しているが、八神はこう見えても分別ふんべつの付くやつなので、たぶん大丈夫だろう。


 和輝かずきと話す八神やがみを見ながらそう思っていると、


 「おはよーーー!片桐!」

 「うお!?」

 後ろから背中を思いっきり引っぱたかれ、思わず飛び上がる。

 俺は後ろを振り向きーーーため息交じりに言った。


 「なんだよ…咲良さくら。」

 そこには、髪をミドルカットに切りそろえた女子生徒が立っていた。

 古谷ふるや咲良さくら。俺の幼馴染である。

 小、中…そしてなぜか高校まで学校が同じになってしまっているのだ。

 俺の通う学校、私立渓奏けいそう学園。

 この地域ではそこそこの進学校で、某有名国立大学への進学者も年4~5人は出ている。

 俺がこの高校に進学したのは、レベルの高いところに入っておけば、大学進学をするとき自分だけで勉強する、ということが少ないだろうと思ったためだ。

 その予想は外れておらず、周囲にも頭のいい連中が集まっていて、いろいろ勉強について話せるのはいいことなのだが、まさか同じ学校に同じ中学出身のやつが2人もいるとはな…と、改めて思ってしまう。


 すると、咲良さくらは不満そうに、


 「なによ、朝から美少女の一喝を入れてやったってのに。」


 「何が一喝だ。ただの暴力だろうが…あと、美少女は自分で美少女と名乗らないと思うぞ。」


 「客観的事実ですが何か~?」


 「ああ、そうかいそうかい。ではその美少女様には可及的かきゅてき速やかに席に戻っていただこう。」


 「冷たくない!?」

 

 俺はその言葉を無視し、1時間目の用意を始める。

 確かに咲良さくらは顔は整っているので、美少女の部類に入るのだろうが、何せ小学校から同じ学校なので、「普通に仲のいい友達」くらいの認識だった。

 なので、べつに異性として認識していることはあまりない。

 と、咲良さくらの背後から、もう一人の女子生徒が出てきた。ーーー別に幽霊の類ではない、ただ後ろにいただけだ。

 その女子生徒は、俺の机の右横に立ち、


 「片桐さん、おはようございます。」


 咲良さくらとは対照的に、静かに頭を下げて挨拶してきた。

 藤咲ふじさき乃々亜ののあ。引っ込み思案であまりしゃべることのない彼女は、咲良さくらの親友。

 性格が咲良さくらと正反対だが、だからこそ親友になったのだろうか。

 

 「ああ、藤咲、おはよう。」

 そう言うと、彼女は再び頭を下げる。

 長く伸ばした艶のある黒髪が、ふわりと揺れた。

 そのまま、彼女は咲良さくらとともに席に戻っていく。

 ちょうどその時、担任が入ってきてHRが始まった。

 HRは大体15分程度で、出席確認の後に連絡事項やら先生の話やらが入るのだが、うちの担任である石山は、出席確認と軽い連絡事項を済ませると自習をさせてくれる。

 学生の本分は勉強だからという彼なりの考え方があるようで、大半の生徒からはとてもありがたがられている。

 もちろん俺も今日は、数Ⅱの公式の最終確認をしている。

 おそらく大丈夫だろう…そう思ったころ、HR終了の鐘がなった。


 


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