騎士への憧れ‐3


「ジャック……アーサー?」



 聞いたことは無い、だが少し気にかかる名前を、デイビッドは呼んだ。なら俺でも聞いたことがある。伝承、伝説の中に生きた者が魂を持ち、守護神として転生した存在は多い。円卓の騎士もそうだし、神話に出てくるヘラクレスのような守護神も存在する。そして彼ら伝承の世界の住人達は異世界の中でも同じ次元に住んでいた。


 十一個存在する異世界の一つ、各国の伝説に名を刻んだ戦士たちの安息の地。伝承界と呼ばれる世界の王こそがキングアーサーだ。守護神たちを統率する王というだけあって、キングアーサーは別格の力を持っている、らしい。契約者の見つかっていない守護神だが、名前だけが独り歩きしている。それほど、あらゆる守護神が一目置くような存在が彼だった。有するナンバーズは102、世界で三番目に小さいアクセスナンバーを持つ守護神である。


 だが、デイビッドの守護神の名前はそれによく似ているものの僅かに異なっていた。名を、非常に似ているものの、別人だ。



「キングアーサー……じゃない?」



 俺の感じていた疑問を代わりにオリヴィアが口にする。そう問われることも織り込み済みだったのだろう、そうさと力強くデイビッドは頷いた。だが、その声に遠慮や卑下のような後ろめたさは感じられない。あるとすればそれは、キングアーサーへの憧れぐらいのものだろう。



「ジャックアーサーは、言うなれば僕たちみたいな後世の子供たちが抱いた、アーサー王への憧れだよ。守護神が生まれる一番大きな理由はだ。故人を想う心が強い時、偉人として彼らは守護神となる。世界に名前を轟かせた犯罪者がいれば、民衆の恐怖が彼を守護神に変貌させる、目の前のジャック・ザ・リッパーみたいにね。さらには時として英雄への憧れが、本来虚像に過ぎなかった伝説に実体を授けることもある。これは円卓がいい例だ。そしてその理論の延長線上に生まれたのが、僕と契約した守護神、ジャックアーサーだ」



 イギリスの子供たちが抱く、伝説の騎士王への憧憬、あるいは大人になった騎士が模範として崇める英雄への敬意。それが一つの集合体となって生まれ落ちた。だからこそ、彼らは自分の位階を本来よりも低い位置に置いた。No. 102のキングアーサーをなぞらえる様に、紛い物の102番、11022イミテイトワンゼロツーと己を騙り。



「ジャックアーサーの特徴は二つ。円卓の騎士たちと同じように、他の守護神よりも高度に発達した肉体活性と、剣術の技巧継承。そしてもう一つはその異能……ジャックアーサーは一本だけ、キングアーサーの聖剣を借り受けることが許されている」


100番台グランドクラスの守護神の能力が使える、ってことかよ……」


「いや、100番台なんてものじゃないわ。キングアーサーは、ELEVENイレヴンなんだから」



 俺の言葉をやんわりとオリヴィアが否定した。名称の通り、世界にたった十一人しか存在しない最強の守護神。Noナンバーズが100から110までの守護神を総称し、ELEVENと呼んでいる。天衣無縫の最高位の守護神、キングアーサーはまさしくその一角を担っていた。


 ほんの一旦とはいえ、その能力を借り受けることが可能。そこにはあまりに大きすぎる力が宿っている。たとえデイビッドのジャックアーサーは位階が五桁であっても、対峙している者が振るう守護神のアクセスナンバーが三桁であったとしても、侮ることは許されない。



「そんなものハッタリだろう」



 霧の向こうから声がする。精神を幻惑し、所在を隠ぺいする特殊な濃霧のせいで声の出どころすら見当がつかない。だが、強く否定する言葉とは裏腹に、襲撃者の声は緊張で強張っていた。あるいは警戒と言った方が正しいだろうか。今の会話は奴にも聞こえていたはずだ。絵空事ならばそれでよく、デイビッドの言葉が真実ならば万全を期する必要がある。こちらを揺さぶるためかジャック・ザ・リッパーの契約者は対話を試みる。


 当然時間が限られているのは俺たちの方だ。まだ意識ははっきりしているが、俺の体からは着々と血が失われている。そのため時が経つほどにデイビッドの焦りもより大きくなるというものだ。


 だからこそ緊張感プレッシャーだけかけて、こちらの身動きを抑えることで自分が優位に立とうとしている。奴の霧の異能が効果的に働くことは俺との戦いで既に立証済みだ。これを攻略しない限りは俺たちに活路は見いだせない。



「ハッタリかは、これを見れば分かるさ」



 しかし俺の不安を払うように、デイビッドは宣言した。これから見せる自分の力が、先ほどの言葉の証明であると。オーラによって生み出されたジャックアーサーの刀身が、目もくらむような極光を放つ。



「契約者がいないから仕方ないけれど、キングアーサーの能力は世間に周知されていない」



 厳密には知っている者いる。守護神が住んでいるのは異世界というだけで、向こうには向こうの秩序や交流が存在する。たとえば俺の契約しているガウェインは、キングアーサーとも面識がある。そのため、円卓の騎士の契約者などはキングアーサーの能力を知ろうと思えば知ることも可能だ。


 俺は自分の力でもないから知ろうともしてこなかったが、ジャックアーサーと契約したデイビッドは、本人の能力と紐づいていることもあって知る必要があったのだろう。彼は、まだ知る人ぞ知る知識であるアーサー王の能力について言及する。



「彼の能力は、『森羅万象の切断』。硬度、質量、体積によらず、万物を切断することができる」



 また、物質に限らず事象や概念、物事の因果をも切ることが可能であり、解釈の拡大で縁切りも能力に含まれる。流石に自分にそんな大それたことはできないけどねと、自嘲気味にデイビッドは言い添える。流石に借り物の力ではそんな大きすぎる力は振るえない。


 ジャックアーサーに与えられた能力は一つ、つまり彼に許された本来斬れないものを両断することができるようになるのは、たった一つ。



「相性が悪かったね、ジャック・ザ・リッパー。僕の持つ剣の力は……」



 自分自身がその言葉を言い終えることすら待たずに、デイビッドは目の前の空間を握りしめた剣で横なぎに引き裂いた。そのままでは単なる空振りだろう。たとえそれがどれだけよく斬れる刀でも、なまくらでも、ただ刀身を振るっただけでは何も変わらない。


 しかし目の前に起こったのは、まるで旧約聖書の一節に描かれる一幕のようだった。どこまでも広がる海が割れるように、俺たちを取り巻く底なしの濃霧はたったの一太刀で、王の歩む道をあけるように左右に別れた。


 まるで街行く人々がおのずと道の端に蹲り、首を下げて隷属するかのように。



「形なきものを斬ることだよ」



 払った霧の向こう側、それまで一筋の光さえ差し込まなかった俺たちを照らし出すために、ビルの向こう側で月がたたずんでいた。一仕事を終えたデイビッドの剣は、迸る光を弱めて薄く瞬く程度になっている。常時最大出力で運用するほどのリソースは流石に無いのだろう。強い能力の割に位階を低いところに置いているのはおそらく、このあたりも関連していそうだった。


 元々本人の体力も人並より少し下回っていることもあってか、耳を澄ますと疲労で息が荒くなっているのが分かる。消耗はかなりのもの、しかし空元気と恋人オリヴィアを護る使命感のために、そのことはひた隠しにしようとしている。


 しかしその強がりも大したものだった。ようやく姿を現したジャック・ザ・リッパーの契約者は涼しい顔を作ったデイビッドの姿に驚嘆し、目を丸くしていた。あり得ない、そんな風に呟いたように口元が動いた。


 現れたのは瘦身の男でもなければ大柄な男でもない、学校の教師によくいるような体格の男だった。彫りの深い顔をしており、あまり年齢は推定できない。声の落ち着きから考えるに三十は超えていそうだが、三十路を超えて間もない程度なのか、四十

をゆうに超えているのかまでは分からない。



「ハイドアンドシークは、もうおしまい」



 青い瞳が、陰に潜む暗殺者の姿を捉えた。

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