じゃがいもの花 ☔

上月くるを

じゃがいもの花 ☔




 小鳥遊たかなしハナコは自分の名前が好きではありませんでした。

 女の子だから適当でいいという感じがありあり過ぎ……。


 それに、どういうわけか近所に同じ名前の先住犬がいたので「おおい、ハナコ!」と呼ばれると、ひとりと1匹が「ワン!」「はい」と答えることになり……。(笑)


 農家の後継には男子という昔気質の父親の落胆が長女の命名に反映されたかたちになりましたが、皮肉にも次子は生まれず、ハナコが養子を迎えることになりました。


 けれど、何事にも面子にこだわりたがる偏狭な舅と娘婿のあいだで軋轢あつれきが生じ、姑も含めてのスッタモンダのあげく、夫は小鳥遊家を去ることになったのです。💦


 

      🧑‍🌾



 自他ともに認める頑固者の父親と、世間知らずで、その夫に異ひとつ唱えられない母親と3人、だだっ広い家に取り残されたハナコはどんなに悔やんだことでしょう。


 あのときこうすればよかった、ああすればよかった、実の娘の自分があいだに入り調整できていたら、だれをも悲しい目に遭わせずに済んだのに……。(´;ω;`)ウゥゥ


 そう思うと、われながら情けなくて、ひたすら過去を振り返り、自分の不甲斐なさを責めているうちに心身のバランスをくずし、救急車で運ばれる事態になりました。


 病院で「たかなしはなこさん」と呼ばれるたび、病床や点滴の記名を見るたびに、すべての原因はこの名前にあるのだ、という気持ちがますます強くなって来ました。



      🎈



 ところが、退院して外へ出られるようになったとき、小さな事件が起きたのです。

 ちょうど走り梅雨のころで、ビニール傘をさして庭つづきの畑を眺めていました。


 野菜の花に惹かれるハナコですが、なかでも好きなのは薄紫色のじゃがいもの花。

 同時期の牡丹や芍薬のように派手ではありませんが、楚々と実直、控えめで……。


 

 ――おねえちゃん、どうしたの?



 幼い声にふり返ってみると、このあたりでは見かけない女の子が立っていました。

 赤い水玉もようの傘をさし、同じ柄のレインブーツを履いた可愛らしい童女です。


 

 ――大好きなお花を見ていたの。

  


 ハナコが答えると、女の子は素直に、うれしそうに、こっくりとうなずきました。

 漆黒の真っ直ぐな髪が、やわらかそうなミルク色の頬にはらりと振りかかります。



 ――あたし、みらいっていうの。

  


 自ら名乗った女の子は「あたし、かあさんのおなかからお空の神さまのところに、エイッってジャンプしたのよ」そんな、なんともふしぎなことを付け足したのです。



      🎇



 ああっ!! とつぜん、ハナコのなかで、花火のように弾けるものがありました。

 すっかり忘れていました、先祖の墓に埋もれた小さな土盛りのこと。(´;ω;`)


 農家の嫁にしては小柄で華奢なかあさんは男子出産の期待にはついに応えられず、それどころかおなかから天に召された次女に夫婦で「未来」と名づけていたのです。


 

 ――♪ 過去よりも未来がたいせつよ……。



 やさしく歌いながら、女の子のすがたは少しずつ霞み、やがて雨粒に消えました。

 ひとり残されたハナコの目の前に、薄紫のじゃがいもの花が静かに濡れています。



 ――じやがいもの花に真珠の雨が降る



 ふと自分の口をついて出た言の葉に驚きながら、鈍色にびいろの雨空をふり仰ぎました。

 この世を飛び越えた小さな妹が「おねえちゃ~ん!」と呼ぶ声が聞こえています。

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じゃがいもの花 ☔ 上月くるを @kurutan

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