cuatro
頷くことしかできなかった俺は、やがてマイナーリーグに所属して、メジャーを目指す日々を送るようになった。野球さえ続けていれば、きっとなるようになる。あの日以来、生死すらも知らない兄とも、いずれ出会う日が来るかもしれない。俺は微かな希望に縋って、ひたすらに結果を出し続けた。
「次の試合は、日本対キューバだ」
代表チームのピッチャーが、俺にボールを投げ返す。ピッチング前のキャッチボールを、丁寧にやる主義なのだ。
「前回の大会でも、キューバは優勝している。さらに今回は、注目のダークホースもいるらしい」
俺はキャッチャーミットを深くはめ、捕球の態勢に入った。この投手は、次の韓国戦での先発だ。キャッチボールばかり、してもいられない。
「そのダークホースとやらは、一度も試合に出ていないんだろ?」
「まぁな。だが、次の試合で、出るらしいぞ」
ダークホースの実力は、他のやつらにとっては未知数だった。過去数年分のデータがなく、つい最近までは、収容所に入っていたという噂まである。
「そうか」
鋭く走るストレートが、俺のミットの中に収まる。乾いた音が宙に響き、俺は静かに目を細めた。
「全く、どんなやつなんだろうな?」
「それは、嫌でも分かる。次の試合が、始まったらな」
次のキューバ戦が始まったら、やつらは俺の顔を見て、次いでキューバ側の投手の顔を見るだろう。俺たちは、決して同じ回を踏めない。同じ感情を味わうことは、二度とできなくなってしまったのだ。
「……俺たちの夢見た世界は、どこにもなかったな」
夢は夢であるからこそ、淡く脆く、美しい。どこへ行っても、黄金の雨など、降らないのだから。
叫んで五月雨、金の雨。 中田もな @Nakata-Mona
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