最終話 まだまだポンコツ吸血鬼の受難は続くのでした
魔王様は戦争をしたくないらしい。
違和感が強すぎた。
「……どうしてなのだ? わざわざ敵国が仕掛けてくれたのだから、素直に応じれば良い。迎え撃ち、勝つだけではないか。魔王様らしくない」
吾輩は素朴な疑問を口にする。
魔王様は戦の天才だ。魔王様の国がこの百年ほど勢力を拡大し続けているのはすべて、当代の魔王たる彼女のおかげだった。彼女が即位してから、魔王軍は一度も負けていなかった。しかも、勝ったあとの統治も上手かった。
戦争イコール利益、それがこの国の常識である。
まったく血濡れた女であったが、戦乱が続く--この世界は性質の異なり過ぎる魔族で満たされたている。争いこそが自然状態だ--魔界において、戦争に強いことは指導者に求められる第一の資質であった。
そして彼女も、自分の才能を好んでいる。自分の才能をもっとも理解できる軍人や元軍人ばかりを重用していることからもそれが分かる。
次席執事は元筆頭将軍だし、留学王女の家庭教師を任せた人狼の彼も元軍人。戦争大臣や騎士団長は言うに及ばない。
ふむ。吾輩がこの数日で会話したのは軍人ばかりだ。
違うのは留学王女と吾輩だけではないか。
「余らしくない、か。そうだな。そうなのだろうな……。だが、しばらく戦争はしたくないのだ。たとえ非が敵国にあり、戦えば必ず勝つとしても。だから、貴様に任せたのだ」
「そして、嫌われ者の吾輩にすべてを押し付けた」
「……『吸血鬼連続殺人事件』の犯人が留学王女だと明らかにして、何の意味がある」
魔王様は苦悶の表情を浮かべて応えた。
犯人は最初から分かっていた、魔王様はそう言っているのだった。
「まったく……」
確かに、どうもおかしいことが多過ぎた。おかしいこと。つまり、『吸血鬼連続殺人事件』を解決できそうな能力を持った部下にそれを命じなかったこと。
例えば--、
近衛騎士を魔王城から追い出したこと。
彼らなら必ず事件を解決しただろう。昨晩、王立大学を封鎖した手腕と逃走ルートを限定した包囲網は見事だった。家庭教師に勝てないわけがないし、犠牲が多く出ただろうが、留学王女を追い払うくらいは出来る。それが近衛だ。
次席執事に向いてない仕事を押し付けたこと。
警備の役に立たないデュラハンを無数に徘徊させ続けた。だが、彼女が解決を命じられていたならば、直ぐにでも事件は解決していただろう。彼女、「貴様にしか出来ないことをやれ」と言っていたし、本当はすべてに気がついていたのではないかな。そして、あのリッチが負けるところは想像がつかない。莫大な魔力を正しく使えば、何だってできるのだから。
戦争大臣に無駄な仕事をさせたこと。
事件を調べさせ、容疑者を4人まで絞ったにも関わらず、それ以上何もさせなかった。不自然過ぎる。当然彼女も魔王様の意図を把握していただろう。まあ、彼女はとても弱いから、犯人と戦ったら負けていたかもしれないが。
そして--、
ふらっと現れたワケの分からない吸血鬼に事件解決を託したこと。
そもそも、容疑者全員を拘束すればよかったのだ。どう考えてもおかしいだろう。
「血を飲んで明晰になった脳で考えた。直ぐに分かったとも。魔王様は通常のやり方でこの事件を解決したくなかったのだ、とね」
「そうだ。現在、余の国は魔界最強だ。周辺国すべてを相手にしても勝てるだろう。しかし……」
「しかし、かならず多くの犠牲が出る。魔王様はそれを望んでいない。戦争大臣があれだけ働いていたのは、万が一戦争になった場合、どう収めるかを検討させていたというわけだな?」
「……もう百年。もう百年の準備期間が必要なのだ。部下に任せたら百年が1ヶ月に縮んでしまう。最小の犠牲で魔界統一を果たすには、百年が……」
驚いた。魔界統一をしたかったのか。野望が大きい。素敵だ。勿論、魔王様なら問題なく出来るだろう。まあ、彼女の将来の目標は今は関係ない。
「そして……、頼れる部下に任せたら通常のやり方で解決してしまい、戦争が起きていた、と。.部外者で、国の面子を気にしなくて、一人で動けて、滅茶苦茶強い吾輩にこの件を任せたと」
「流石だ」
「こんなこと、分かりたくはなかったとも。吾輩はただ、みんなと仲良くしていたいだけなのに」
要約すれば--、
魔王軍の手で事件を解決すれば戦争が起きる。魔王様はそれを望んでいない。戦争を避けるために、30人の吸血鬼が毎日滅んでいくのを看過した。対処に悩んでいた中、突如現れた吾輩に事件を押し付け、解決させ--、
最終的に『吸血鬼連続殺人事件』をなかったことにした。〈王都日報〉の一面記事に、留学王女と家庭教師の名前がどこにも出てこないのはそういうわけだった。これで戦争は起きない。すべては魔王様の掌の上だったということ。
ため息をついて、苦情を申し立てようとした瞬間、
「酷い話ですね」
第三者が言った。視線を脇に動かす。このテーブルを囲んでいるのは、魔王様と吾輩だけではなかった。すました顔でお茶を飲む彼女は--、
「君には言われたくないな、幽霊さん。吾輩の悪名が増えたのはすべて、君のせいなのだ」
留学王女だ。
真っ白で長い髪を風に靡かせている。何故滅びていないのか? 当然、吾輩がとどめを刺さなかったからだ。彼女が滅んだことを隠す術はない。彼女はB国の第九王女なのだ。そして、隠せなければ戦争が起きる。賢い吾輩は、魔王様の意を汲んで彼女を助けたのだった。
もっとも、彼女のことを恨んでいる。『吸血鬼連続殺人事件』をしでかした彼女が今こうして無事でいて、一方吾輩が『最狂卿』の悪名を更に高めたことに納得がいかない。いくわけがない。
「幽霊? どういうことだ?」
魔王様が尋ねてきた。犯人の方割れがテーブルを囲んでいることを気にする様子はなかった。むぅ、吾輩は不服なのだ。この状況は。しかし、魔王様の質問に答えないわけにもいかない。
「……吾輩が魔王様の寝室を訪れた夜、扉が開いたのだよ。あっという間に逃げたから、その正体は分からなかったがね」
「そうだったのか?」
魔王様の質問に留学王女は頷いた。
「最初吾輩は、寝室の扉を開けた謎の人物の正体を突き止めろと命じられたと思っていた」
「……なんのことだ?」
「魔王様が言ったんだ。『幽霊の正体を突き止めてもらおう』、と。その幽霊がこの留学王女だよ」
「幽霊は『吸血鬼連続殺人事件』の犯人のことだが? 吸血鬼を毎日滅ぼすという不可能事を成し遂げる犯人を表現する言葉は、幽霊がふさわしかろうが」
「……あの夜、この忌々しい少女は魔王様の寝室を訪れたんだ。魔王城を自由に移動できる存在は、この留学王女しかありえないからね。消去法で彼女だよ。何故そうしたのかは分からないが」
「そうなのか?」
魔王様は少女に尋ねた。
吾輩の次に強い吸血鬼はこくこくと頷く。
戦っている間中無表情を貫いていた彼女の顔は真っ赤に染まっている。
まさか、魔王様に緊張しているのか?
そういえば、捜査資料には「魔王様を尊敬している」と書いてあった。
「なるほど。反逆した家庭教師が、友人という立場を利用して魔王様を殺害しないかと心配になったのだね」
「そうです。指示どおり吸血鬼を滅ぼして回りましたが、陛下を弑し奉るつもりは毛頭ございません」
「そうだったのか」
「……」
魔王様から声を掛けられた留学王女は、やはり黙ったまま頷いた。
吾輩への態度と違いすぎたので、余計に不快感を覚える。
「まったく分からなかった。敵意がなければ気づけん」
ふむ。
魔王様も案外抜けている。
歴代最強の魔王として知られる彼女の拗ねた顔を見られるのは、今や吾輩だけだろうねぇ。彼女が甘えるのは吾輩にだけだ。可愛いなぁ。
「滅んだ部下たちには済まないことをしたと思うが」
魔王様は話題を変えた。
「……忠誠の意味を履き違えた余の馬鹿な友人と」
彼女は少しだけ寂しそうな顔をした。
家庭教師のことを想っているらしい。
「魔王様……」
が、直ぐに切り替えて楽しそうに笑う。
そして言った。
「貴様だけが損をして、一件落着だ!」
余りに酷い言葉だったので、思わず叫んでしまう。
皮肉はまったく思いつかなかった。
「吾輩はどうでもいいの!?」
「閣下は最強だから、何でも良いじゃありませんか」
「留学王女ちゃんは黙ってて!!」
魔王様は吾輩の心からの叫びを受け流し、ため息をついた。何その反応!
「貴様が死ぬわけないだろうが。反則じみた強さだ。真面目にやったら私より強いのじゃないか?」
うん? いきなり褒められた。文脈に合わない発言だったような気がするけれど、褒められたのは嬉しいな!
「まぁねぇ! 吾輩、血を飲めば最強だからぇ。でもさ、最初の犠牲者が出た時から吾輩に任せればよかったじゃない? 手紙を出すとか! どれだけ嫌でも、結局は血を飲んでいたと思うよ?」
「本当にボケたな……。貴様、顔を見せたのは五十年ぶりだろうが。今までどこで何をしていた。郊外の屋敷に帰ってきたのはかなり久々だろう」
「……あれ、そうだっけ!?」
そうだったかもしれない!
「はぁ……、血を飲んだ効果が切れてきたようだ。もうまともな会話はできんな」
「私はこんな馬鹿に負けたのですか……」
「この馬鹿には残念卿という二つ名がある。負けた後で敵ががっかりするからだ」
ふたりはため息をつく。留学王女ちゃんは不意に魔王様から声を掛けられて顔を赤らめているが、それでもため息が出ていた。
えっ、吾輩変なことを言った!?
いや、そんなことより!!
「留学王女ちゃんは黙ってて! ねぇ魔王様! この少女に責任を取らせないの!!?」
「貴様が助けたのだろうが。余の意図をすべて察してな」
「そうだっけ? 『人は殺したくない』と言っていたから助けたんだけど!? 本当は優しい子なんじゃないかって!!」
「……まぁ、解決したからなんでもよい。貴様のことはよく分からなん」
「吾輩はお人好しだよ!」
「貴様、わけのわからないところは変わらんなぁ……。余が子供だった頃とまったく同じだ」
「そーお!? 嬉しいねぇ!!!!」
吾輩は叫んだ。嬉しかった。何十年前のことかはよく覚えていないが、吾輩はその昔、魔王様の子守をしていたことがあるのだ!
魔王様の父親は吾輩なんかと仲が良くて--吾輩と仲が良い魔族は珍しい、変人だったのかもしれない--、その奇特な性格故に、愛娘の守役として吾輩を起用したのだった。確かそうだった。
吾輩が魔王様に弱いのは、彼女がほとんど娘みたいな存在だからなのだ。
彼女から向けられる感情であれば、それが呆れであっても嬉しいものだ。
吾輩と過ごした幼少期を懐かしがるような台詞ならなおさらだ。
「褒めてないわ、この糞たわけ」
「おわっ! 酷い!!」
「で、彼女の責任についてだが……」
「無視しないで!! 悲しくなっちゃう!!」
「……罪は重いが、すべてを押し付けたところで結果が戦争ではな。まぁ、なにか役どころを見つけるよ。配下を滅ぼした責任は取ってもらわねば。留学に来ているのだから、授業内容を変えても問題あるまい」
「ざまあみろ!!」
留学王女は頭を下げている。
だが、顔が見えなくても苛立っているのが伝わってきた。
おや、何故だろう。吾輩は当然のことを言っているだけなのだが。
「貴様、大人げないぞ……。まぁいい、次の仕事だ」
「なにそれ!?」
「余の寝室に侵入した罪は重い」
「今後も魔王様を喜ばせ続ければいいってこと? そりゃあ願ったり叶ったり! でもこの前みたいのは勘弁ね!!」
吾輩のお願いを聞き、魔王様はとても楽しそうな笑顔を見せた。あ、不味いぞ。魔王様がこういう顔をする時は、決まって面倒事を押し付ける時と決まっている。
「わざわざ貴様を使うのだから、次の仕事も過酷に決まっているだろうが」
「そんなぁ……」
間抜けな声を漏らすことしか出来なかった。
なにしろ、魔王様には弱いのだ。
吾輩は吸血鬼である。
正確な名前は忘れた。見た目は若いし気持ちも若いが、何しろ長い長い時を生きているのでね。ちなみに名前以外もあれこれ忘れている。なお、ポンコツ吸血鬼であることだけはよく分かっている。
そんな役立たずの吾輩は、まだまだ面倒事を押し付けられるようだった。
しかし、魔王様のためならば!!
なんだってやっちゃうよ!?
吾輩は、この魔王様を愛しているからね!!
魔界最強のポンコツ吸血鬼は捜査する/吸血鬼連続殺人事件の解決を愛しの魔王様から任せられましたが荷が重い。何しろポンコツなので。 ツチノエツチヤ @Ar__
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