第35話 結局どういう話だったかを聞くことにしました
「本日の一面記事は、えー、なになに……?」
「いちいち言わんでよろしい」
口を挟まれたが、吾輩は勢いよく朝刊〈王都日報〉を広げた。広げたら一面を読めないではないかという指摘はもっともだ。だが、どうせ目当ての記事は一面にない。一面などどうでもいい。
「『B国陸軍5万が国境付近で軍事演習』とな。総動員の兆しあり? ふーむ、一大事だ。で、次は……、『腐爛商会の取り付け騒ぎ』? おやおや、あの大商会が破産する日が来るとは。まぁ、
吾輩は目についた見出しを読み上げ、感想を述べる。
新聞を読むのは久々だった。最後に読んだ時、週に2,3回しか発行されていなかったはずだが、ほとんどの記事は昨日のことを知らせている。
いつの間にかタイトルどおりの日刊になっているようだ。人口が増えて識字率も上がれば、毎日刷っても採算がとれるというわけか。これも時代かね。
「社説は……。ふむ、大して論調が変わってないな。あれこれ紐付けようとしすぎて何を言いたいかさっぱりだ。おお、編集長はまだあの
吾輩は新聞をめくり続け--
「おっと、
全てに目を通した感想を述べた。
新聞紙越しに反論が返ってくる。
「貴様、血を飲んでいてもうるさいな。別の意味でだ、だが。久々に心底から殴りたい気持ちになったよ」
「……吾輩だって殴りたい気分なのだが」
「殴る? 貴様が? 誰を?」
新聞紙を畳んでテーブルに置く。
目の前には勿論、魔王様だ。『戦場の王』にして『戦争狂い』にして『史上最強の魔王』という二つ名をお持ちの、吾輩が忠誠を誓った美貌の女である。
ここは魔王様の寝室の外で、空中庭園である。眼下にはミニチュアサイズに見える王都が広がっていた。吾輩は海から上がり--想定どおり朝になっていた--、開店したばかりの書店で新聞を購入し、そのまま魔王城を訪れたのだった。彼女が昨日と同じ寝間着姿をしているのも当然だった。
魔王様はティーカップを口元に運び、中身を飲み干し、ソーサーに置く。
その間中、きょとんとした表情を浮かべていた。
勿論、彼女が惚けているとわかっていた。
長い付き合いなのだ、我々は。
「吾輩が、魔王様を殴るのだ。他に何がある。吾輩の弱みに付け込んで楽しいかね? 魔王様が大変可愛いから実際に殴らないだけで、吾輩が怒っていないということにはならないのだよ?」
「何があっても貴様は余を害さないさ。甘えているのだ、これは」
あっさりと言った。自分が愛されていることを疑いもしない。
そして、吾輩が魔王様を愛しているのは事実だった。
「はぁ……。酷いよ、本当に。また皆に嫌われてしまう。せっかく間抜けな二つ名が定着しつつあったのに」
テーブルの上の新聞を裏返した。一面記事が目に入る。
見出しにはこう書いてあった。
『最強狂』出現。伝説の吸血鬼がやらかした狂気の数々。
この国でもっとも権威ある新聞がつけるものとは到底思えない。おまけに、戦争大臣の部屋で暴れている吾輩の写真付きだった。記事によれば、昨夜突如魔王城に出現した『最強狂』がしでかした悪事は次の通り。
上空警備の
戦争大臣を襲撃し拉致、魔王軍が一時的に機能停止。
王立大学で巨大化し暴走、校舎の半分が瓦礫と化し再建に1年。
近衛師団第二連隊の駐屯地で乱闘騒ぎ、大天幕が血で染まり戦力回復に1ヶ月。
記事は、「『最狂卿』が何の意図をもってこの様な凶事に及んだか定かではないが、魔界最強の存在であるこの男に対し我々が出来ることは何もない。自然災害と同じように、ただ耐え忍ぶしかないのだ」と結ばれていた。
「最悪だ……」
吾輩は頭を抱えた。
確かに。
魔王様から事件解決を頼まれ戦争大臣の執務室に直行する途上、魔王城北東部を警備するガーゴイルにまとわりつかれたのを少し粉砕した。空の警戒は360度で行わねば意味がないから、空の守りが消滅したのは嘘ではない。
戦争大臣の執務室にお邪魔して、少しばかり運動をした。彼女は魔王軍の
王立大学では戦いの流れで巨大化した。昨夜は必然のように思えた--何しろ巨竜が相手なのだ--が、今思えば暴走と詰られても間違いではない。
近衛師団第二連隊駐屯地で乱闘騒ぎをしたのは一昨日--騎士団長に斬られた--だったし、大天幕が血で染まったのは瓶を取り落としたからだし、戦力回復に1ヶ月を要するのは彼らが公的には休暇中で国中に散っていることのつじつま合わせだったが、字面に間違いはない。
すべて事実だったから反論のしようもなかった。
だが、何故吾輩がそうしたか、がまったく書かれていなかった。
それが大変不服だった。
吾輩は昨夜、魔王様の言うとおりに事件を解決した筈なのだが……。
記事には、魔王様のためを思って魔王様に反旗を翻した家庭教師のことも、彼の言うとおりに暴れた大変強い留学王女のことも、『吸血鬼連続殺人事件』のことも一切書かれていなかった。
「結局、どういうことだったのだ? 何故吾輩だけが悪者になっている?」
「どうせ、分かっているんだろう。今の貴様は頭がいい」
「これは、決して侮辱ではないことを理解して聞いてもらいたいのだが……」
「早く言え、ポンコツ」
目を瞑り、もし間違っていたら滅茶苦茶に怒られるのだろうな、と思いながらも答える。
「……戦争を避けたいのだな?」
『戦場の王』にして『戦争狂い』にして『史上最強の魔王』という二つ名をお持ちの、吾輩が忠誠を誓った魔王様。戦争ですべてを勝ち取ってきた、戦争を愛し、戦争に愛され、戦争により国を栄えさせた女は--
吾輩の質問を聞いて、小さく笑った。褒めるようでもあり悲しそうでもあった。お茶のお代わりを飲もうとして、ポットが空になっていることに今気づいたような顔をしている。
それは首肯を意味していた。
他の誰にも伝わらなくとも、吾輩にはわかった。
付き合いは長いのだった。
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