第5話
チリーン。チリリーン。チリンチリーン。
またあの鈴の音だ。畑精霊様が呼んでいる。でも今の僕は違う。やるべき事を果たしたから、少しだけ胸を張って返事ができる。今度は迷うことなくあの神社までたどり着いた。また白く輝く女性が僕を待っていた。
「お待ちしておりました。貴方様のご活躍、畑精霊様もさぞお喜びになっていることでしょう」
「ずっと見ていたんですか?」
「ええ、その額の模様から、様子は伝わっておりました。さあ、此方に」
なるほど。この模様は通信機の役割だったのか。そういえば周りの景色も、前より透き通っているような、そんな気がした。
「畑精霊様、お連れ致しました」
宝物殿の扉が開き、今度は自分から入っていく。畑精霊様はすでに座っており、何も言わず手を座布団に差し向けた。
「見事であった、小僧よ。これで我等も、まだこの土地で暮らしていける」
「でも、まだ決まったわけではありませんし、僕は動かす力のある人に助けを求めただけで……」
畑精霊様は首を横に振った。
「人の時間など、我等にとっては短いものだ。小僧も分かっただろう。自らの行いで善にも悪にも転ぶ。善に転ぶための行いをしたに過ぎぬ。それがどんなに難しいことか、小僧自ら得たことだろう」
畑精霊様に言われて気付く。頭ごなしに行動することはかえって悪い方に転ぶ。人に迷惑を掛けたり自分自身が失敗したりすることを恐れて、尻込みをしていたのかもしれない。
「そういえば、報酬を望んでいたな。あれを見よ」
そう言って指を差した方には、煌々と輝く鍬、鎌、熊手が壁に掛けられていた。
「この社が再び建造された時に奉るといい。これを目印に宇迦之御魂大神もそのうち戻られるだろう」
「分かりました。ありがとうございます」
「ようやく礼を言えるようになったな。その心、忘れるでないぞ。では、またいつか会おうぞ。小僧」
急に世界が竜巻に飲まれ、僕はその中心にいた。何もかもが上に舞い上がったと思えば、僕もふわりと宙に浮いた。
ドスン、と尻餅を付いた。寝返りを打って縁側から庭に落ちたらしい。母が落ちた僕を見て笑って、部屋で寝なさい、と言って自分も布団に入っていく。休まった気は一切しないのに、心は軽かった。
今朝は帰りの新幹線に遅れそうになり、両親が車で新幹線の駅まで送ってくれた。
「なんだか顔つきが大人になったな」
「そう?」
「うん。帰ってきた時よりも活き活きしてる」
「そうかな。でも、町が残るみたいで良かったよ」
「ええ、本当に。これ、持って行きなさい」
渡してくれたのは家の畑で取れた野菜がいっぱい詰まった段ボールだった。
「さすがにこれは宅配便の方が嬉しいな」
「何言ってんだ。男なら自分の腕で運べ」
結局自宅まで運ぶことになった。田園風景からビル群に移り変わる景色と共に、緑が少ない空気の息苦しさを改めて実感した。段ボールを持ったまま一人暮らしの家まで帰り、降ろした後は腕が上がらなくなっていた。その日は昼ご飯だけ済ませて、爆睡してしまった。
アラームで目が覚めると、もう家を出る時間を過ぎそうになっていた。慌ててスーツに着替え会社に出勤し、メールを確認する。営業部の上司からのメールに重要マークが付いていて、早速開いて確認する。内容は事業拡大に伴う人員配置で、僕はそのプロジェクトの主任補佐に任命されていた。責任は重くなるはずなのに、心が弾んだ。
「そういえば営業部の人、なんだかすごく張り切って企画書を作ってたみたいですけど、何かあったんですか?」
「さあ? あの人、大掛かりなプロジェクトには人一倍乗り気だから、いつものことじゃないかな?」
「それもそうですね」
社員の会話が聞こえてくるも、そこに僕の名前は一切挙がってこない。それもそのはずだ。こんな平凡な人間にできることは、声を上げることだけなのだから。今回の件で給料が上がってほしいと思うけど、後世に名が残るような名誉は要らない。僕は畑精霊様と一緒で、町の活気が戻ることを願っている。人間と自然がもう一度共存できる場所になれば、僕はそれで幸せなのかもしれない。
おしまい
畑精霊様のお願い事 星山藍華 @starblue_story
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