第4話
次の日、両親には何も伝えずに元小学校の校庭まで足を運ぶ。昨日とは別の車がすでに停まっていた。僕は上司を探して挨拶しに行く。会社で支給されているジャージを着て、煙草を蒸していた。
「お疲れ様です。昨日は急なお電話失礼致しました」
「おはよう園田くん。本当だよー、迷惑だったけどこんな土地を隠し持ってたなんて、園田くんは抜け目ないよねー」
「そんなことないですよ。ここは僕の故郷ですし、こんな状況になってることは一昨日帰ってきた時に知りましたから。――早速案内しますよ。どこから見に行きますか?」
上司たちを連れて町見学の先導を努める。メモや写真、畑の土を触って情報収集し、最後に訪れたのは雑木林の中にある荒廃した社。夢の中で見たような形の社は、見えない何かが僕たちを観察してるようで不気味さがあった。
「ここは誰も手入れしてないのか?」
「おそらく。所有者も分からないので、何も手を付けていない状態ですね」
「なるほど、誰もこの土地を管理しないから、神様にも見捨てられてダムの話が降ってきたのかもな」
「そう、なんですかね」
「こんなに良い土地なのにダムに沈めるのは勿体無い。なんとか有効的に使えるよう、掛け合ってみよう。次からは勤務中に頼むよ」
「ありがとうございます!」
深々とお辞儀をする。自分の生まれた土地が活かせることに喜びが涙になりそうだった。
校庭に戻ってくると、また父が気を昂らせて住民を集めていた。きっと昨日のスーツを着た人たちの仲間だと勘違いしているのだろう。父は群衆を連れて僕と上司に向かってくる。
「結志! そいつに何言われたか知らねえが、この町は絶対に渡さねえからな!」
「父さん待って! この人は僕のお世話になった上司で、土地を守ろうと動いてくれてるんだ」
「これは威勢の良い父親だこと。私はこういう者です」
丁寧に名刺を渡すと、父はまだ納得しない様子で上司を睨んでいた。
「昨日、結志くんから電話をもらいましてね、びっくりしましたよ。彼の口から助けてほしいなんて言葉を聞いたのは初めてなものですから。先ほど畑や雑木林を観察しに案内してもらいましたが、ここをダムに沈めるのは本当に勿体無い。ぜひ
父は敵ではないことは理解したみたいで、警戒を解いた。
「うちのバカ息子がご迷惑をお掛けしたみたいで、ここまでご足労頂きありがとうございます」
「いえいえ、うちもちょうど困っていたんですよ。最近の若人はコンクリートの上にいる方が安心できるみたいで、土のありがたみを忘れてしまっているようですから」
「ええ、ええ。本当に。最近では食の無駄が多いらしいですからね」
父と上司はすっかり意気投合したみたいで、僕を含む数人を連れて町長の小豆畑先生を訪ねる。役所は当然人が少ない。受付は秘書の人が兼任しているようだった。アポイントもなしに小豆畑先生と会えるか不安だったが、そんな心配は無用で、秘書がすぐに通してくれた。
「結志くん、昨日の話はどうなった?」
「そのことなんですが……」
快く迎えてくれた先生に上司を紹介すると、すでにやる気を奮い立たせていたらしく、早速町づくりの話が持ち上がった。僕には難しい話は分からなかったので、結果的に書記の役割を果たしていた。先生は過去の町の様子や品種改良に精を出していた頃の活気があったことを。上司はその過去の栄光を取り戻し、これからの事業や町と提携していくにあたりどんな協力が必要なのか。すでに大々的なプロジェクトが発足しているように思えた。二時間近くも会話は弾み、昼過ぎに会談は終わった。
「では、これからよろしくお願いします。小豆畑町長」
「こちらこそ、まだ町の再生を望む我々に救いの手を差し伸べてくださり、頭が上がりません」
車を停めている校庭まで戻ると、母が段ボールを持って待っていた。
「いつも息子がお世話になっております。これ、うちで作ったきゅうりです。ほんのお口汚しですが、どうぞ召し上がってください」
「奥さん、わざわざありがとうございます。美味しく食べさせて頂きます。じゃあ結志くん、今度は会社でね」
「はい、今日はありがとうございました」
車が見えなくなるまで見送り、両親と共に家路をたどる。これで事がスムーズにいいんだけど。そんな要らない心配ばかりが、安心の隙間を埋めてしまう。
「すごいじゃないか、結志」
「何が?」
「お前んとこの上司引っ張ってきて、町長もなんだか嬉しそうだったしよ」
「そんなことないよ。僕はただ、昨日のデモを見てて、辛かっただけ。半年もこんなことやってたら、畑精霊様も悲しくなるのは当然だ」
畑精霊様という言葉に、母が反応した。
「畑精霊様?」
「あ、うん、なんか夢で『町を守ってほしい』って言われただけなんだけど……」
「ふふ、子供の頃は見えないものを怖がってたのにね、ねえお父さん」
「小便漏らすほどにな。がっはっは!」
恥ずかしくて何も言えない。だけど嬉しかった。自分の行動一つで町を守れること。きっと行動しなかったら一生後悔するだろう。その日の夜は母も嬉しそうに料理をしていて、いつもより豪華な彩りだった。
「今日は祝いじゃー! おめーも呑め呑めー!」
父は有頂天になって床の保管庫から「萌木」という日本酒を取り出した。母は呆れ顔になりつつも三人分のお猪口を取り出し、父は蓋を開けて注ぐ。父は結局酔ってしまい、後片付けもせずに布団に挟まれ、母は家事を全て済ませて銭湯に出掛けてしまった。僕は酔い覚ましに縁側でぼーっと座っていると、夢現でふわふわしていた。
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