二幕②

「さて、諸君。久しぶりに顔を合わせるね」

 何事も無かったかのように、彩月は自身の指揮する隊員達の前に立っていた。

 ここは、羅刹隊三番隊が使っている一室。

 部屋には同じように戻ってきた風希と、三人の隊員がそれぞれの机の前に座っている。

「ほんとよ、個別任務が多かったんだから。隊長と副隊長は一緒に行動してたんでしょ?」

 髪をひとつに縛り上げ、不貞腐れたように声を上げたのは【祭川夏乃さいかわなつの

 女性隊員の一人で、この隊のお姉さん的存在だ。

「か〜!相変わらず仲良しですねぇ」

 次に揶揄うように言ったのは【帰土紫音きどしおん

 飄々としていて女好き。泣かされた女性の数は両手に両足、この室内にいる全員のものを足しても足りないほど存在する。

 風希は紫音の言葉に微笑むと心底嬉しそうに

「ありがとう」

 と感謝の言葉を口にした。

「いや、褒めたわけじゃねぇから」

 いつも通りのズレた反応に紫音は呆れた顔をした。

「隊長、任務ですか」

 右手を上げ、静かに発言したのは【御門文みかどあや

 女性隊員の一人で、唯一、特殊能力を持ち合わせている。

 これで三番隊は全員だ。極小数で結成された、羅刹隊で唯一無二の存在なのだ。

「あぁ、そうだよ。」

 彩月は文の言葉に答えると、風希に紙を渡すように促した。

 その紙には、先程彩月達が尋問した細雪の写真と、詳細な任務内容が記載されている。

「私と風希は先日までこの雪女について調査していた。」

「それって、最近話題の雪女の里関連かしら?」

 夏乃の問いに彩月は頷く。

「あぁ。上から三番隊が暇なんだからやれ〜って言われてねぇ…紫音辺りに投げようかと思ったけど、キミはいなかったし」

「遠回しに俺に凍死してこいって言ってる?」

 紫音の言葉に、彩月と風希は仲良く微笑みだけを返した。紫音の背筋が震え上がったのは言うまでもない。

 自分が暇じゃなくてよかった…と天に感謝までしてしまった。

「質問です」

 文がまた右手を上げた。彩月は視線だけで「どうぞ」と答える。

「ここには、細雪という女性は捕縛済み。尋問も終了と記されています。

 この女性については既に任務が完了しているように思えますが、私達は何をするのでしょうか」

 この質問に、何故か室内が静まり返った。

 夏乃は驚いた顔で、紫音は何処か愉快そうに…そして、彩月までもが目をパチクリさせていた。その反応に、文は首を傾げる。

「何かおかしな質問をしたでしょうか?」

「あ、文…本気で言っているの?」

 夏乃の言葉が文には意味がわからなかった。

 自分はこの任務に対しての質問をしただけだと言うのに。

 何かを言うべきはずの彩月が固まってしまっているので、風希が代わりに答えた。

「御門、妖規法第三条は?」

「?承知しています」

 ここに所属することになった日に全部暗記している。何を当たり前な事を?と文は風希へ疑問の目を向ける。

「復唱してみて」

「人を襲った妖が所属する里は処分される…」

 文は、何かに気づいたように顔を上げた。

「今回の任務内容は?」

「…理解しました」

 自分が何を問いかけ、何を答えさせられたのかを認識すると少しだけ恥ずかしい思いがした。

 そんな簡単な事で上官達を煩わせてしまったのか、文は今の自分を不甲斐なく感じてしまった。

「そっか、文は初めてだったね。今回の任務はキツイかな」

「御門の実力なら申し分ないと思うけど」

「実力なら、だろ?私は精神面の話をしているのさ。その辺を汲み取って欲しいなぁ、副隊長さん」

 彩月が揶揄うように風希の肩を小突く。

 風希は肩を竦めただけだった。

「そうか…文は初めてか…」

 そっかそっかと彩月は何回か頷くと、ビシッと文を指さした。

「御門文!キミに潜入任務を言い渡そう!!」

 しんっと、先程とは別の意味で室内が静かになる

 潜入任務を言い渡された当の本人は、固まってしまっている。何故この話の流れでそうなるのだろうか?

「彩月、御門が困ってる。なんで潜入任務?」

「ん〜?なんとなく。こちらの価値観を押し付けるのも良くないと思ってね」

「価値観、ね…」

 こっちの価値観、とは彩月のだろうか。それとも風希…いや、羅刹隊の?

 ただ分かるのは彩月は、三番隊隊長の彼女は、自身の隊員を慮っている事だ。

 それを分かっているからか、紫音は何も言わない。

 ただ、夏乃は少しだけ心配そうな顔をしていた。

「里の概要とかは紙に書いてある。準備をしたら明朝には向かうといい」

 そう言って、彩月は風希を連れて部屋を後にした。

 文はぽかんとした顔で紙を見下ろしている。

 唐突に言い渡された任務。今まで、たった一人で潜入任務をこなした事なんてなかった。

 いつも彩月か夏乃が一緒にいてくれた。

 彩月が自分のことを認めてくれたということなのだろうか?だが…

 ー『そうか…文は初めてか…』

 あの発言は、そうではないことを言っている。

 自分一人に出来るのだろうか?大体、何故…

「文、大丈夫?」

 夏乃が心配そうに文に声をかけた。文はこくりと頷いたが、また難しい顔に戻ってしまう。

 その表情を見ながら紫音が文に声をかけたが、答えたのは夏乃だった。

「潜入任務は初めてだったっけ?」

「いいえ、私か隊長とやったことがあるわ、ね?」

「なら心配いらねぇ〜じゃん」

「そういう問題じゃなくて…!」

「夏乃、お前は過保護すぎだって」

「うるさいわ紫音。文、隊長に言って私がついていきましょうか?」

 心優しい夏乃の提案に、文は首を横に振った。

 これは、自分一人でやるように言われたことだ。

 誰かを頼るのは間違っている。

 …頼るつもりはないけれど、文は小さく質問を口にした。

「質問を、よろしいでしょうか」

「どーぞ?」

 紫音の返答にぺこりと頭を下げる。

「妖規法第三条に関する任務ということで相違ないのでしょうか」

「間違ってねぇと思うぞ」

「なら、本来の任務は」

「里の殲滅、だな」

「…疑問があります」

「というと?」

 文は渡された一枚の紙切れを見つめながら

「私の潜入任務は意味があることなのでしょうか」

 と疑問を口にした。

 夏乃は紫音の顔を見てしまう。紫音は苦笑した。

「まぁ、任務に対する意味というか…文ちゃんに対して意味があるって事だろ〜な」

「私に?」

「とにかくさ、難しいこと考えねぇで準備して言われた通りに潜入してきな」

「…了解しました」

 文は立ち上がると、二人に向けて頭を下げた。

 そして部屋を後にする。夏乃は不安そうに文の背中を見送った。

「落ち着けって。お前が不安になってもしょうがなくね?」

「そう、だけど…あぁ、大丈夫なのかな…」

「大丈夫だって」

「実力面は心配してないわ!けれど…」

 夏乃の不安はそこではない。彩月が言っていた『精神面』の話をしているのだ。

「うちの隊長は優しいじゃん。何も知らせずに殲滅させるより、ちゃんと自分で考える方にもっていってくれてる」

「それは…」

「なに、文ちゃんがどっちの肩をもつか心配なわけ?」

 その言葉に、夏乃はキッと紫音を睨みつけた。

「それこそ本人の自由よ!別に、文にこちら側の考え押し付けたいわけじゃないし…」

「とか言って。向こうの肩を持たれたら困るんだろ?」

「貴女ね…!」

 夏乃は紫音に詰め寄るが、紫音はただ微笑んでいるだけだ。

 なにかを言おうとするが、夏乃は結局何も言わなかった。

 しばらく紫音を睨みつけていたが、黙って自分の机へと戻る。

「文ちゃんは染まりやすいからなぁ〜」

「うるさい」

「はは、ごめんって。お前は?変わらないの?」

 ピタリと夏乃の手が止まる。

 そんな問い、彼女にとって無意味なものだ。

「変わらない。何があったって。妖は…一匹残らず殺すべきよ」

 これから自分たちが直面する任務。

 殲滅作戦なんて何度も参加してきた。初めて参加した時だって、何も感じなかった。

 アイツらは…アイツらの存在意義なんか

 ー『助けて!!お願い!!やめて!!!』

 小さな頃の自分の叫び声が幾度となく木霊する。

 あの日から、赦したことなんて一度もない。

 ………きっとこれからだって。

「貴方はどうなの」

「俺?俺は…別にどうだっていいしなぁ」

「…貴方みたいなのが、最終的に裏切るんでしょうね」

「はは!それはないって」

 夏乃は不快そうに顔を顰めたが、それ以上何かを言うことはなかった。

 紫音は椅子にもたれ掛かると天井を見上げた。

 妖か人間か。どちらの肩をもつのか。

 羅刹隊では、ほとんどが人間側なのだろう。

「俺は本当にどっちでもいいんだよなぁ…」

 ー『おいで、可愛い可愛い私の子』

 蘇る声が不快ではない時点で、自分は裏切り者なのだろう。

 けど、もし、本当に自分の立場を明確にしなければならなくなった時。

 今した声の味方をしたのなら…

「風希と呑めなくなるのはつまんねぇなぁ」

 浮かんだのは、そんな事だった。

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残雪 日和ひよこ @hiyohiyoko

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