後編

「まずは、なぜ秋夜君がこの旧校舎にきたのか、来る必要があったのか、それを確かめる必要がある」

「確かに…」

「秋夜はもともと怖がりなんだ。なのにわざわざ噂がある場所に行くなんておかしい」

 秋介君が言った。


 蒲田君は物音がしたという準備室――、ではなくその向かいの技術室ぎじゅつしつに入った。

 技術室は新校舎しんこうしゃにもあり、旧校舎の技術室は使われていない。

 扉を開けると中はほこりまみれだった。


「蒲田君、そんなところを探してどうするの?」

 僕は聞いた。

「埃まみれだし、こんなところ誰も来ないと思うんだけど」

 秋介君も言った。

「そう、でもそれがねらいだ」

「どういうこと?」

 僕が聞いたのと同時に秋介君が声を上げた。

「あっ!あれ、秋夜のやつだ」

 技術室の数ある椅子いすのうちの1つ。ちょこんと何かが乗っていた。それは今流行はやりの携帯けいたい用ゲーム機だった。

「やはり」

 蒲田君が言った。

「昨日は持ち物点検てんけんの日だったんだ。でも秋夜君はゲーム機をうっかり持ってきてしまったのだろう。おそらく学校に着いてから持ち物点検があることに気づいて、誰も来ないだろうこの技術室に置いた。噂の時間帯は夕方だ。噂を知っていたとしても朝、もしくは午前中なら秋夜君も出入りできる。そして帰りに取りに行って――」

「ノキシタ様に遭遇した」

 秋介君が言った。

「そういうことだ」


「あの噂、流れたのはわりと最近だ。そして

 誰かが何かをかくすために、意図的いとてきに流したと僕は考えた」

 蒲田君は技術室を出ると準備室に向かった。僕たちも後に続いた。


「そして、誰も近づかないように仕向しむけたかったんだ」

 そうして蒲田君はガラッと準備室の扉を開けた。


 そこにいたのは――。


木之下きのしたさん、?」


 二つむすびをしたの1人の女子生徒が驚いた顔でこちらを見ている。


「……なんで分かったの?」

 青ざめた顔の彼女の手から、はらりと何かが落ちた。


 それは、漫画まんが原稿げんこうだった。


 ★


 木之下 真緒まお。僕らの学年で2番目に成績が良いと言われる生徒だ。

 優秀ゆうしゅう真面目まじめな彼女は先生達からの信頼しんらいも厚い。

 そんな彼女はある日、先生に頼まれて準備室にを運んだ。

 それが、この“漫画の原稿”だったのだ。


「この学校、昔、漫画研究会けんきゅうかいってのがあったみたいなの。でも今は廃部はいぶになってて。生徒たちが描いた漫画は美術室にずっと保管されてたんだけど、もう誰も読まないからって、とりあえずこの準備室にうつすことになったの」

「木之下さん、漫画好きなの?」

「好きというか、気になるんだけど……私の家、漫画禁止きんしなんだ」

 木之下さんは気まずそうに言った。


 木之下さんは私立の有名高校への進学を考えている。そして木之下さんの両親は勉強以外のことはあまり受け入れてくれないみたいなのだ。


「原稿を読んで面白かったから、もっと読みたいって思ったの。でも家に持ち帰れなくて、だから学校にいる間に読んじゃおうって思って」


「電気がついているとバレちゃうから、暗くなる夕方まで、誰にも来ないようにって噂を流したの」


「ノキシタ様って聞いて、君の名前がかんだよ。僕にとってはライバルみたいなもんだからね。君の名前は知っていた」

 蒲田君は言った。

「まさかそんな理由があったなんて知らなかったけど」


「怖がらせてごめんなさい!」

 木之下さんは頭を下げてあやまった。

「いいよ、別に。秋夜には幽霊じゃなかったって言っておく。あと、うっかりでもゲーム機持って来たことは注意するよ」

 秋介君が言った。


「漫画読めるように、両親に言ってもいいんじゃないかな?」

 僕は言った。気になること、好きなことを我慢がまんするのはつらいと思ったからだ。

「え、でも」

「勉強には息抜いきぬきも必要って言えば考えてくれるかも」

「いざとなったら、学年一の蒲田君に説得せっとくしてもらえればいいじゃん?」

「いいね、それは名案めいあんだよ!」

「君たち…、僕をまないでくれよ」

 そう言いつつも蒲田くんはなんだが少しうれしそうだった。

「まぁ、だから、安心していいよ」

 僕が言うと、木之下さんはほっとしたような表情を浮かべた。

「ありがとう」


「あ、でも噂どうしよう。なんて言って止めればいいんだろう」

 そう言う木之下さんに蒲田君は言った。

「1つ提案が――」


 ★


 数日後、旧校舎の幽霊の噂に新たな内容が追加された。


 幽霊は昔この学校の漫画研究会に所属していた。そして漫画が完成する前に死んでしまった。それが心残りでずっと漫画の原稿を探していたが、旧校舎の準備室でようやく原稿を見つけて成仏じょうぶつした。


 ……とな。

 準備室にはまだあの漫画の原稿がある。きっと誰かが入っても、あぁそうか、と納得なっとくするはず。


 その噂がどこから流れたのかは――、僕たちの秘密だ。




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ダブル・シークレット 篠崎 時博 @shinozaki21

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