中編

 帰りのホームルームが始まることもあって、僕と蒲田君、そして秋夜じゃない誰かさんはとりあえず教室に向かった。


 僕は秋夜(偽物にせもの)のこれまで思い出す。

 珍しく遅刻ちこくしたこと。

 席を間違まちがえたこと。

 そういえば……、普段はよく話かけてくれるのに今日はほとんど話をしていない。


 普段の秋夜とは違う様子がいくつかあった。

 秋夜じゃないとすれば、確かに辻褄つじつまが合う。



「なぁ、ちょっといいか?」

 ホームルーム終了後、秋夜(偽物)が僕と蒲田君に声をかけてきた。


 そうして僕は2人と一緒に家庭科室に向かうことになった。


 ★


「2人にはバレたから言っておく。確かに俺は秋夜じゃないよ」

 家庭科室の机の上にすわりながら秋夜(偽物)は言った。


おれ秋介しゅうすけ。秋夜の兄貴あにきだよ」

「えっ、秋夜って双子ふたごだったんだ」

「知らなかったの?」

「お兄ちゃんがいる、としか聞いてなかった」

「……そっか、まぁ学校も違うしな」


「お前はなんで気づいた?」

 秋介君は蒲田君に聞いた。


 ふぅー、と一つ息をいて蒲田君は言った。

「まずは朝、遅刻してきたこと。寝坊ねぼうめずらしいと思ったけど、さすがに席は間違えないだろって気になって」

 朝のあのやりとりを蒲田君も見ていたのだ。

「席、知らなかったんだろう?きみ、今日は秋夜君にだまって来たんだよな?」

 秋介君は何も言わずに聞いている。

「そのあと僕は君に消しゴムをりた。君と話をして確かめたいと思ったから。そして返すとき、あえて投げた。それを君は簡単かんたんにキャッチした。しかも左で。秋夜君はキャッチボールが苦手なうえ、右利みぎききだ。だからあきらかにおかしいと思った」


「でも、これだけている人になりすますのは難しい。1つ違いの兄弟か双子かそのあたりだろうと思った」


「さすが。前に秋夜からクラスに頭がいいやつがいると聞いていたけど、お前のことだったんだな」

「お前じゃない。蒲田だ」

 蒲田君は少しおこったように言った。

「悪かった。蒲田君」


「え、でもなんでわざわざ秋介君がここに?」

「……秋夜が昨日、おびえながら帰ってきた」

「え……?」

 信じられなかった。

 昨日の秋夜はいつも通りだったはずだ。おしゃべりで、明るい彼が怯えるなんてよほどのことがあったに違いない。

さおだったから、何かあったのか聞いたけど、『あいつに会った』、『どうしよう』、としか言わなくて」

「あいつ?誰だろう」

「会うと何かしてくる人物、か……」

 蒲田君が考えながら言った。

「うーん、そんな人いなさそうだけどなぁ」

 秋夜のまわりの人間もそこまで知らないから、該当がいとうしそうな人は思いつかない。

「君は、秋夜君が誰かに何かひどいことをされたと思った。でもそれが誰か分からないから、秋夜君になりすまして、この学校に来て相手を見つけようとしたってわけか」

「悪いか」

「いや、弟思いのいいお兄さんじゃないか」

「うちのクラスで秋夜をいじめたり、ひどいことを言ったりする人はいないと思う。少なくとも僕はそういうところを見ていないから」

 僕は言った。そう信じたい。

「部活の人は?先輩せんぱいとか」

 蒲田君が聞いた。

「分からない。でも、秋夜の部活の友達は良くうちに来るし、先輩からいじめられるような話も形跡けいせきもない」

「それ以外ってことか……」

「あ、そういえば、『あんなところに行かなければ』、とも言ってたな」

「あんなところ?」

 そこで僕はひらめいた。

「あぁ‼︎」

「どうした、矢崎君」

 少し驚きながら蒲田君が言った。

「そういえば、旧校舎に幽霊が出るって噂を聞いた」

「幽霊?」

「うん、柿坂の部活の女子が言ってた。もし、遭遇そうぐうしたらこわいって思うかも」

「普段は行かないところ、会いたくないもの……怖いもの。そうか、そうだよ矢崎君、さすがだ。早速さっそくその噂を確認しよう」


 ★


 そうして僕たちは陸上部りくじょうぶの女子部員に話を聞くことにした。

「え、旧校舎の噂?」

 短髪たんぱつで背の高い女子部員は僕たちに噂の詳細しょうさいを教えてくれた。

「最近、夕方になると旧校舎の準備室で物音ものおとがするって何人かの生徒が言ってて。それは昔ここの生徒で死んでしまった幽霊だって」

「最近っていつぐらい?」

 蒲田君が聞いた。

「えと、2週間くらい前から物音の話は聞いていたけど……」

「本当に最近だね」

「あ、あとそうそう、幽霊はノキシタ様って言うの」

「ノキシタ様?」

「うん。でもね、ノキシタ様にまんいち会っても、会ったことを誰かに話しちゃいけないんだ」

「なんで?」

 秋介君が聞いた。

「とんでもない不幸ふこうおとずれるから、だって」

「……分かった。ありがとう」

 蒲田君はそう言うとそのまま旧校舎に向かった。


「え、ちょっと待ってよ」

「分かったって何が分かったんだ?」

 僕と秋介君はそのまま蒲田君を追う。


「噂はあえて流したんだ、きっと」


 どういうこと?

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