ダブル・シークレット

篠崎 時博

前編

 secret(シークレット):秘密ひみつかくし事、不可解ふかかい


 ★

 やばい、やばいやばいっっ!

 僕は教室まで全速力ぜんそくりょくで走っていた。ホームルームの時間まであとちょっとしかない。

 朝のテレビで好きなアーティストがキャスターのインタビューに答えていた。普段ふだんはテレビに出ない人たちだから思わず見入みいってしまったのだ。


「はい、エイ、アウト〜」

 教室に入ると友人の柿坂かきざかがからかうように言った。


 ちなみに『エイ』とは僕のことだ。『英』書いて『すぐる』と読むのだが、はじめからその通りに読める人なんてほとんどいない。

『英語』の『英』だから、『エイ』。呼ばれて悪い気もしないし、ちょっとカッコいい感じがするから、そのままにしている。


「ギリでしょ、ギリ。先生まだ来てないし」

「あはは、マジあせりすぎ。つーか、寝癖ねぐせすげー」

「え、うそ?」

 あわてて髪をおさえようとしたとき、背中に何かぶつかった。

「あ、ごめん」

 ぶつかったのは秋夜しゅうやだった。

「あれ、秋夜?めずらしいじゃん、こんな時間来るの」

「……寝坊ねぼうした」

 秋夜はボソっと答えた。


「ってかさ、エイ、あのうわさ知ってる?」

 柿坂が言った。

「あの噂って?」

「最近、旧校舎の準備室で夕方、幽霊ゆうれいが出るって噂」

「え、知らない。ちなみにその噂、だれから聞いたの?」

「部活の女子。気づくとその話ばっかりしてんだよ」

「ふうん」


 チャイムがった。

 近くにいた秋夜がそのまま僕の席に座ろうとした。

「いやいやいや、ちょっと。秋夜、席違うじゃん」

「秋夜、まだ寝ぼけてのか〜」

 にやにやしながら柿坂が言う。

「秋夜の席はあっち」

 指をした席に秋夜はしぶしぶ座った。


 なんだあいつ……。


 先生が入ってきてホームルームが始まった。


 ★


 昼休み、僕はあることに気づいてしまった。

「やっちまった……」

 思わず口にしていると柿坂が言った。

「どうした、エイ。忘れもんか?」

外履そとばき忘れた……」

「あーあ」


 今日の体育はサッカー。なのに外履きをこの間、あらってそのまま家にいてきてしまった。通学時にはローファーをいてるし、内履うちばきでは無理むりだ。

ほかのクラスから借りるしかないんじゃん?サイズ何センチ?」

「24」

「うーん、いるかなぁ。ま、探すか」

 体育は5時間目だ。昼休みのうちに借りにいかないと間に合わない。僕と柿坂が教室を出ようと席を立ったその時だった。


「その必要はないよ」

「え?」

 後ろをり返ると蒲田かまた君がいた。蒲田君はクラスで、いやこの学年で1番成績が良いと言われている。細めの目に白いはだ、スラリとした体型たいけいの男子生徒だ。


くつを借りる必要はない」

「なんだよ、蒲田。お前、外履き2つ持っているのか?」

「いや」

「じゃあ、なんで?」

「今日は体育館でやるはずだから」

「そうなの?」

 僕は半信半疑はんしんはんぎで聞いた。

「じき、分かるよ」

 そう言って彼は読んでいた本に目をもどした。


 そのすぐ後だった。

 学級委員の鈴木すずきさんがみんなに声をかけた。

「今日の体育は体育館でやりまーす」

 そして黒板に「体育館でやります」と書き始めた。


「えー、外じゃないんだー」

「やったぁ!日焼ひやけしなくてすむ!」

「また、走らされるんじゃね?」

 みんなが口々くちぐちに言う。


「蒲田君、どうして先に分かったの?」

 僕は気になって聞いた。

「あれを見て」

 蒲田君がまどの方に目を向ける。

 外は雨がすでり始めていた。

「雨?」

「いや、グランドの方」

 まだ乾いた地面があるグランドには黒い鳥が何匹が飛んでいた。

「あれって、…ツバメ?」

「そう」

「ツバメが低く飛んでいたら雨がる」

「何それ?」

「天気に関することわざ。それを見たらかさを持ってないと間に合わないとも言われているんだ」

「へぇ〜」

「昼ご飯の後にはツバメが低く飛んでいた。だからじきに雨が降るだろうと思って」

「ほぉ〜、なるほどね。さすが蒲田センセイ」

 おだてるように柿坂が言った。

「いやいや。……おっと、そうだ、畑中はたなか君!」

 蒲田君は思い出したかのように秋夜に向かって何かを投げた。

 秋夜は左手でそれをキャッチした。

「消しゴム、返すね。ありがとう」

「…あぁ」

 秋夜は軽く返事をした。


 昼休みの終了をげるチャイムが鳴った。

「やべ、早く着替きがえないと」

「そうだね、更衣室こういしつに行こう」

 僕達は小走こばしりで更衣室へと向かった。


 ★


 その日の体育は体育館を何周も走らされる結果となった。

 男子も女子も授業終わりには汗だくになっていた。

 更衣室で着替えた後、クタクタの足取あしどりで教室へと向かう。

「サッカーの方が良かった…」

「まぁな」

「柿坂は元気そうだね」

「そう?」

 柿坂は運動部だからか、走るのには慣れているようだ。帰宅部きたくぶの僕としては、持久力じきゅうりょくを求められる運動は辛い。


 もど途中とちゅうで僕は思い出した。

「あっ」

「何、急に」

「忘れ物した」

「またかよ」

「ごめん、先戻っててー」

「はいはい」


 急いで更衣室へ向かう。更衣室は放課後に運動部が使用する。だから部員たちが来る前に取りにいかないといけない。


 更衣室のとびらを開けようとした時、中から声が聞こえた。


 誰かいる……?


 声の主は蒲田君と秋夜だった。

 そっと扉を開けて中の様子を見る。

 隙間すきまから蒲田君がうでを組みながら神妙しんみょうな顔つきで秋夜に話しかけているのが見えた。

 入りづらいな……。

 もうちょっと待っていようかと扉から少しはなれた時、信じがたい言葉が聞こえた。


「――お前、秋夜君じゃないな」


「えっ!!」

 驚きのあまり声を出してしまった。


 僕の声に気づいた2人が扉を開けた。


矢崎やざき君…」

 ……見つかってしまった。


 蒲田君の後ろには秋夜――、にそっくりの誰かさん。


 この人が秋夜じゃないなら、彼は一体誰なんだ?

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