最25話

 翌朝、僕は早々に家を出て、通学路にある公園である人物を待った。


 僕の調査結果によると、彼女はいつもこの時間にここを通る。


 会いたくなくても、会って話しておきたいことがあった。

 逃げ道はもうないのだから、先に進むしかない。

 そのことも含め、僕は彼女にどうしてもお願いしたいことがあったのだ。


 ブランコを揺らしながら通学路のほうを見てしばらくぼーっと待っていたら、急に視界が温かいものに覆われ、真っ暗になった。


「——だーれだ?」


 まったく……。

 こういうところはわざと狙ってきているのかどうなのか。


 本来ならドキッとする場面なのだろうけど、逆に僕の背中には悪寒が走った。

 本当に心臓に悪い。声は明るいのに、なぜか恐怖心しか沸かない。


「……僕を大好きだって言った人」


「正解! ——って、そこは名前で呼んでほしかったなぁー……」


 声の主はプクッと頰を膨らませながら僕の目の前に立った。

 そう、僕が待っていたのは榎本小晴だ。


「いきなり後ろから忍び寄るなんて卑怯だぞ?」


「気付かない友田くんが悪いんだもーん」


 油断大敵だとでも警告しているんだろうか?

 たぶん僕はこの数秒のうちに三回くらい刺されていてもおかしくないくらい油断していた。


「もしかしてわたしのこと待っててくれたの?」


「まあね。あの後そっちからアクションを起こさないからこうして会いに来たってわけ」


「うれしい。押してダメなら引いてみろ作戦成功って感じ?」


「いや、僕からしたら怖いもの見たさってやつかな?」


「ひどい! 人をオバケみたいに言うなんてっ!」


「オバケのほうがまだマシだよ。本当に怖いのは人間だからね。もっというと、君みたいなタイプが一番怖いかな……」


「それ、余計にひどくない?」


「まあね。さんざん人のことを振り回した君に、多少は嫌味を言っておかないと」


 すると榎本さんはふふんと鼻を鳴らす。


「わざと嫌われるようなことを言ってわたしを遠ざけようって魂胆?」


「僕は無駄だって思うことはしたくない主義なんだ」


「さすがわたしのことをわかっているね?」


「そりゃもう嫌ってほど……」


 榎本さんは隣のブランコに並んで座った。

 はたから見れば僕らは仲のいい友達かカップルに見えるんだろうか。


「それで、わたしを待っていたのはどういう風の吹き回し?」


「まあ、ちょっとお願いというか、あのさ——」


「却下」


 即答かよ。


「せめて話くらい聞いてほしいんだけど……」


「友田くんのことだから、どうせまたみんなと仲良くしたいとか、そういうことを頼みにきたんでしょ?」


「ご名答……。さすがに学校で嫌われボッチのままでいるのは辛いからね? せめて味方になってくれる友達の一人や二人ほしいんだけど……」


「えー? わたしがそばにいるよね?」


「それこそキツいでしょ? あんなひどい噂が流れていたのに、僕らが一緒にいたら榎本さんにだって不都合でしょ?」


「わたしはべつに気にしていないけどなー……」


 たぶん彼女がそう言うのならきっとそうなのだろう。


「でも、このままじゃ僕は転校するか家に引きこもるしかないって状況なんだけど、それでもいいの?」


「そんなのわたしが許すと思う?」


「それはダメだろうけど……」


「許す!」


「えっ? マジでっ?」


「友田くんが転校するならわたしももれなくセットで転校するし、引きこもるならわたしは学校を辞めて働いてずっと養ってあげるから」


「重い! 思わずキュンときちゃうような笑顔で言ってるけど、なんだか全然嬉しくない!」


「そう? わたしなりの愛の形だけどなー」


「だから重いって……」


 榎本さんはニコニコと笑っているけど、僕はちょっとどころかだいぶ引いている。

 まったく、厄介な人に愛されてしまったな……。


「そうだ、榎本さんにもう一つお願いしたいことがあった」


「なに?」


「僕の悪い噂を流した犯人を捕まえたいんだけど、協力してくれるかな?」


「あー……。その件なら解決したよ」


「は? 解決?」


「噂を流した犯人なら——おととい見つけてしておいたの」


「しょ、処分ってっ?」


 これまた物騒な言葉が飛び出したぞっ?

 犯人の安否が気になるっ!


「えっと……結局誰だったの?」


「同じ風紀委員の倉本くん。彼、わたしに付きまとっていたストーカーだったの」


「は? え? 倉本くんが榎本さんのストーカー?」


「そう。体操服を盗まれたり、帰り道で後ろを付きまとってきたくらいで身体的な被害はなかったけど。まあ、最初のころから気づいてたんだけど泳がせておいたんだ。——利用できそうだし」


 つくづく恐ろしい女だな……。


「彼、わたしが友田くんと仲良くしていたのが気に入らなかったみたい。一条くんと高橋さんが屋上で抱き合っていたあの日、わたしが友田くんに裏切られて失恋をしたって彼に相談したら、許せないってわたしの代わりに怒ってくれて……」


「おいちょっと待て。それってまんまとストーカー男を手の平の上で操ったって僕には聞こえるんですけどっ!」


「……テヘ!」


「テヘじゃねぇー! どんだけサイコパスなんだよ君ぃー!」


「いやほら、利用できるものはなんでも利用しないと。もったいないオバケが出るっておばあちゃんが言ってたから」


「もったいないオバケとか可愛く言ってもダメだから! いちいち発想が猟奇的過ぎるからね?」


 むしろもったいないオバケよりも、榎本さんに利用された人たちの怨霊のほうが怖いって発想にいかないのかねー……。


「それで、処分したって……倉本くんはどうなったの?」


「さあ? 一家で夜逃げしたって話だけど……」


「いったいなにをしたーーー?」


 てへへっと無邪気に笑う榎本さん。

 そこには一切の悪意もなく、ただ純粋に、僕といる時間を楽しんでいるようにさえ見える。


 もし彼女の本性やしてきたことをで全て差し引くことができて、こうして彼女の笑顔を間近で見ることができたなら、きっと僕は彼女に対して二度目の恋に落ちていたかもしれない。


 いや、恋に落ちるというよりも引きずり込まれているといったほうが正確か。


 僕はどっぷりと小晴エンドに向かっている気がする。

 彼女の作り出した道の上をただひたすらに歩かされているんだ。


 それも、いびつに曲がりくねった一本道。

 さらに言えば、一歩でも踏み外せば真っ逆さまに落ちていくような断崖絶壁……。


 この先僕に分岐点なんて現れるんだろうか?

 彼女の用意したシナリオにそれはなさそうだけど……。


 そういえば昔の偉い人が言ってたっけ。

 道は自分で切り拓くものだ、と。


 ハッピーであれ、バッドであれ、自分でトゥルーエンドの分岐点にたどり着くためには、この榎本小晴という女子をなんとかするしか方法はなさそうだ。


「どうしたの友田くん? その……さっきからわたしの顔をじっと見てきて……。は、恥ずかしいよー……」


「うん? あ、ごめん。笑った榎本さんの顔、つい可愛いなって思って」


「っーーー!」


 僕の不意打ちが効いたのか、真っ赤になって顔を背ける榎本さん。

 まったく、困ったことにリアクションがいちいち可愛いんだよな……。


「いきなりどうしちゃったの友田くん? もしかして、ついにわたしに告白する気になったの?」




 とにもかくにも、この正統派ヒロインの皮を被った悪魔を攻略できるのは——




「——いや、宣戦布告ってところかな?」




 ——学園最強の恋愛マスターであるこの僕しかいなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学園最強の恋愛マスター友田くんは二度同じ人を好きにならない 白井ムク @shirai_muku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ