第十五話 夜②

うぅ、若干飲み過ぎたか?


自分達の今までについて話し合い、想像以上に盛り上がって羽目を外しすぎたために酒を飲み過ぎてしまった。今は酒特有のふわふわした感覚と酒を飲み過ぎた後の酷い視界のぼやけと気持ちわるさでぐちゃぐちゃだ。


馬鹿だよな、ルマベリーのワインは貴重かつ度数が高くなりやすい酒であることは知っていたはずなのに、エールと同じ要領で飲んでしまっていた。


ルフォンも同じだったようで、部屋なのもあってか話が終わる頃には寝てしまっていた。

部屋を出ていく前に毛布はかけておいたから風邪はひかないと思うが、どうだろうか?


それにしても、ルフォンが笑い上戸だったとは。俺が言うこと、ルフォン自身が言うことすること全てによく分からないツボを見つけ、はまっては笑いを繰り返していたため、後半は全く話が進まなかったのを覚えている。


互いの話は互いの胸の内にしまっておこう。楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと.........いろいろ語った。酒で頭がよく回らなかったせいか、互いが恥ずかしいと思った出来事も話した。これは、酒の勢いと信頼によるものだ。無暗に話してはいけない。


..........あ、俺の部屋は何処だったか聞いてなかった。どうするか。


廊下の壁に掛けてある時計を見ると、短針が既に10時を過ぎていた。あぁ、まずい、クラーラは多分寝ているだろうし、マシュさんもその側にいるだろう。


俺は出会った三人以外の人間が屋敷を歩いているのを見ていない。屋敷を徘徊している人がいないのだ。どうする?クラーラの部屋を探すか?いや、そんなことするなら自分の部屋を探した方が...........だめだ、何処にあるのかさえ分からない。というか、それを知るために人を探すんじゃないか。


いっそのこと廊下で寝るか?いやいや、それは不審者がする行為だ。それに、マシュさんやルフォンあたりが絶対気にする。サスガに気まずい。


しかし、どうするか。


「セイジさん?」


「うぉぁ!?」


だ、誰だ!?って、マシュさんか。

何か、ジョブチェンジのスキル不便かもしれない。剣士スキルの心眼が全く発動していないし、もしかしてハズレもあるのか?


〈〈ハズレなどありません。失礼ですね、貴方は。〉〉


「ん?」


「どうかしましたか?」


「いや、何でもないです。」


何か怒鳴り声が聞こえたような気がするが、今は夜だし、気のせいか。


それよりも、ちょうどいいタイミングでマシュさんが来てくれた。本当に助かったな。もし来てくれてなかったら、と思うと背筋が凍るな。


「マシュさん、俺の部屋って何処ですか?」


「丁度私もセイジさんに言い忘れてたと思い出して来たんです。セイジさんが迷う直前に来れて本当によかったです。」


「迷うって、そんな大袈裟な─」

「では、ここから屋敷の入り口に戻れますか?」


「...........無理、ですね。」


「そういうことです。それでは、案内しますね。」


そう言って先頭を歩き出すマシュさん。


本当に助かった。

もう自分の部屋等の位置を聞き忘れるようなことが無いようにしよう。それで迷いました、出られないなんて言う馬鹿みたいなことが起きては困るからな、今回みたいに。


夜の気温の低下と周りの静けさからか、マシュさんの歩く音が響く。


その音に反応して自然と俺はマシュさんの方に目がいってしまう。


メイド服で越しでも分かる体の美しさ。プロポーションがいい、と言うやつか。


女性らしい丸みを帯びた体だが、スレンダーで、だが出るところは出ている。《どこが》、とは言及しないが。


揺れるブロンドの髪も含めて一種の芸術のように、その動作は美しくて、そんな彼女を意識してしまい恥ずかしくなり、俺は顔を伏せた。


こんな顔、マシュさんには見せられない。


「着きましたよ、セイジさん。.........?セイジさん?」


「え?あぁ、いえ、んん」


わざとらしい様に見えるだろうが、咳き込んで顔の赤さを誤魔化した。おっさんが若い子に見惚れてるなんて、自分でもきついものがあるからだ。


マシュさんが扉の鍵を開け、扉を開くと、中には独特の落ち着いた空間が広がっていた。


「これ、もしかしての文化の部屋ですか?」


「よくご存知ですね。ここは和室と呼ばれる、〈ディーエルン〉という国で一般とされる部屋です。床には畳と呼ばれるものが敷かれており、数少ない裸足で過ごしてもよい部屋です。イグサと呼ばれる植物で作られているため、独特ではありますが、私にとっては落ち着く匂いを楽しめますよ。」


そう言いながらマシュさんは和室に靴を脱いで入っていく。


俺もそれに従って靴を脱ぐが、どうもスリッパや部屋内用のシューズを履かずに部屋に入ることに抵抗感を覚えた。


何というか、足がむずむずする。何も履いていない状態が新鮮すぎるのだ。


「っ!?お、ぉぉぉぉぉ」


意を決して踏み込むと、イグサとやらの優しい匂いを感じ、そして裸足で部屋に上がる解放感とで、変な呻き声を上げてしまう。


「ふふっ」


わ、笑われてしまった。


「ルフォン様と同じ様な反応をしますね。あの方も最初は呻いていましたよ。『靴が無い状態で床を歩く感覚はこう、何というか、むず痒いぞ、おぉぉぉぉぉ。』と言いながらへっぴり腰で歩く姿と言ったらもう。」


「ブフッ」


ふ、不意打ちはだめだろぉ。


マシュさんの絶望的に似ていないルフォンの真似が俺の浅いツボに入ってしまった。いや、声と言うよりも顔の方が面白かった。


もう、口では言えない渋い顔をしていて、普段とのギャップが強すぎたため、吹き出してしまった。


「な、なんていう顔をしているんですかっ」


「『う、うううぅぅぅ』」


「ぐっふ」


ヤバい、またこの人の悪いスイッチが入ってしまった。こうなってしまっては仕方ない。俺は渋い顔をしながら凛とした声で呻くマシュさんに強制的に笑わせられるという虐めを無抵抗で受けることとなった。


「っ.......っ!?」


「え、ええと、すみません。何故か楽しくなってしまって。」


そうしてどれだけ経っただろうか。俺の口周りの筋肉とお腹が痙攣し、声も出せないほどにまで虐め倒され、マシュさんがそれに対して申し訳なくなったところでそれは終わった。


「はぁ、はぁ、っく」


「ですが、意外でしたね。セイジさんは突飛した芸にめっぽう弱いなんて。」


フフフ、と悪い顔をしたマシュさん。

こ、この人、人の弱点見つけていい気になっているな。


「はぁ、たっぷり楽しめたのと、貴方の弱い部分を見つけられたのでよしとしましょう。..........そ、それでですけど、一つセイジさんに伝えることが。」


「?な、なんですか?」


こちらは笑いでとんでもない事になっているのだが、慌て始めたマシュさんを見て何かあったのだろうか?と思いかろうじて返事をする。


「あの、実はですね。そのぉ、ルフォン様から、その、明日セイジさんがここを出るとき迷わないように、えと、その........同じ部屋で寝るように言われまして。」


「へ?」


尻尾は激しく揺れ、耳をピコピコ動かしながらほんのりと赤みを帯びた顔で俯きながら呟くようにマシュさんはそう言った。


え?一緒の部屋で、寝る?


えーと、寝るとはなんだ?寝るって言うのは体を休めるってことで、睡眠と同義だったと思うが。つまり同じ部屋で横になって一緒に寝るということでそれはつまり.........


「あの、セイジさん?」


「っは!?」


お、俺は何を今考えていたんだ?思い出せん。というか、え、不味いだろ。


「ま、マシュさんは嫌じゃないんですか?こんなおっさんと同じ部屋で寝るなんて。いびき、多分五月蝿いですよ?」


「わ、私は構いません。」


「んー、でも不味いですよ。ルフォンもルフォンで、孫を救ってもらったお礼で.........お礼と言っていいのか?ま、まぁいいが、んんっ。一つの部屋と付き合ってもいない男女が一緒に寝るなんて。」


「そ、その、嫌...........なのですか?」

「っ!?」


マシュさんが上目遣いで俺の事を見てきた。

切れ目であるからクールな印象を受ける顔立ちだが、その上目遣いは反則級に可愛らしかった。


「そ、その、嫌でなければ、いいんです。」


こんなの断れるわけ無いだろっ!


「あ、そ、そうですか、なら、よかったです。..........!?ボソボソ」


すると突然俺から顔を背けて何かを言うマシュさんだったが、すぐにこちらに顔を向けた。


あまりに小さい声だったので何を言っているかは聞こえなかったが、何を言っていたんだうか?


「そ、それでは布団を用意しますので、少々お待ちください。」


そう言って手早く布団を敷いていくマシュさん。


布団なるものは床に敷くベッドのようなものか。中々に斬新なものだな。



...........そんな風に無理矢理意識を切り替えていたが...........問題はこれからだった。



考えが甘かったのだ。


そんな甘さが、後の俺を苦しめることになるとは思っても見なかった。




/////////////////



お久しぶりです。

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7日に一度のジョブチェンジ ~30代のおじさんは自身の職業に振り回されるようです~ 時亜 迅 @ToaJinco18

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