第十四話 夜①

ど、どうしてこうなった!?


今、俺は非常にマズいことになっている。

口に出せば他者から侮蔑の視線を向けられるようなことだ。だが、今の俺にやれることは、正直言ってない。だから、俺はただこうなった経緯を思い出すことしかできないのである。


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「ふぅ」


かつて無いほどの量を一気に食べたらためか、少し胃もたれしていた。なるほど、ルフォンが”胃もたれ耐性”を習得したのも頷ける。それより、


もきゅもきゅ もきゅもきゅ


「............」


下手したら龍さんのところより速く食べてないか?あれで本当によく噛めているのだろうか?


クラーラの方を見ると、よそわれた約四人前ほどの食事が跡形もなく消えていた。それどころか白米が追加されているではないか。


よく観察してみれば、クラーラの顎が高速で動いている。ど、どうなっているんだ。


答えを求めるようにマシュさんの方をむくと、


「お嬢様は”高速粉砕”というスキルを持っています。発動できる場所はモノを砕けることが出来る部分全てですね。手や足、膝だけでなく額、そして顎です。効果はまさしく字が如くですね。ステーキ肉など、お嬢様にかかれば十秒もしないうちに液体になるのではないでしょうか?」


と答えてくれた。


クラーラ、君は一体どこへ向かおうとしているんだ...........ん?十秒?


「クラーラ、そんなことしたら食感を楽しめないんじゃないか?」


そんな高速で咀嚼していたら食感など感じる暇もないだろう。よく噛まないといけないのは、人間の噛む力では、何度も咀嚼しなければ食べられないから。その間だけ、人は食べ物を噛む感覚を味わえる。当たり前のことを言っているが、クラーラのスキルはそのよく噛むという行程を飛ばしている。到底食事を楽しめるスキルとは思えない。


「もきゅもきゅ、らいじょうぶれす大丈夫です..........んぐっ、これを使っている間は何故か時間がゆっくりになるんです。あっ、マシュお代わり。っと、それで、噛んでる間も味や食感はちゃんと感じるので、大丈夫です。わっ、ありがとう!」


そう言ってまた食べ始めるクラーラ。


............いや、何だその都合がよすぎるスキルは。まさに食べるためのスキルじゃないか。そもそもスキルはジョブに関連するものが発現するはず、だがクラーラの”高速粉砕”は食べ物を食べることに関するジョブには関係ないはず。もしかして料理をする側か?なら大将のとこでのあれも頷けるが。


まぁ、今はそんな堅苦しいことを考えるのは止めよう。今は楽しい食事の時間だ。


ふとマシュさんやルフォンのいる場所に目を向けると、二人ともナイフやフォークを使い、手慣れた様子で優雅に食べている。ルフォンはそうだが、マシュさんも相当教え込まれているな。ほとんど音がしない。


貴族の作法で、食器とスプーン、フォーク、ナイフが当たって音が鳴るのは良くないこととされている。貴族にとって丼物やラーメンなどを扱う店の光景はあり得ないものだろうな。


背筋が意識せずとも伸びており、姿勢正しく食べれている。これは他の貴族も見習うべきと舌を巻くほどのものだろう。見ているだけでこっちの背すじも伸びそうだ。


まぁ、俺は俺なりに食べるだけだがな。


「...........ふぅ、美味しい。」


このコンソメスープは美味いな。しっかりとした塩味とパンチはあるはずなのに後味がスッキリしている。胃もたれしそうになっている腹にちょうどいい。


「ご馳走さまでした。」


俺は一足先に食事を終えた。


「お粗末様です。デザートはいいんですか?」


マシュさんが気を遣ってデザートを提案してきた。だが俺の胃はデザートの一欠片も入らないほどに膨れていて、言ってしまえば悲鳴を上げているのだ。


「いや、今回はいいです。その代わりクラーラに上げてください。彼女も、ほら、欲しがっていますし。」


視線を向けるとキラキラした目でこちらを見ているクラーラが。


「そうですか。お嬢様、セイジさんがいいと言うから今回はいいですが、他人に食べ物を更にもらおうとしてはいけませんよ。」


「はーい。」


「もう、お嬢様は.........すみませんセイジさん。」


「いいんですよ。正直お腹が一杯で。」


「まぁ、お嬢様基準で食べようとするとそうなってしまいたすよね。私も昔はそうでしたよ。今はペースを落とすことでなんとか食事を終える時間を調整しています。」


「あ、すみません。勝手に終わってしまって。」


「いいんですよ。流石に胃もたれも酷そうですし。何せファングボアのステーキですから。脂肪の少ない部分とは言え、あの量ですからね。」


「そうですね。今回のファングボアは凄く美味しかっ.............あっ!?」


「えっ?」


「どうしたのだ?」


「ふ、ファングボアを狩るの、忘れてたぁぁぁ」


何やってんだ俺ぇぇぇ。

そうだ、クラーラを助けた時にすぐ攻略を中断したから、ファングボアの出る階層まで進んでいなかった。


「あっ、ごめんなさい。」


それを聞いてクラーラが謝る。


「いや、いいんだ。今回は非常事態だったし、俺も久々のダンジョンだったからな。俺も興奮を冷ますことができて良かったと思ってるよ。しかし、どうするか。」


「それなら、私と行きませんか?」


すると、マシュさんがそう提案してきた。

ふむ、どうするか。チームプレーの感覚を思い出すのが吉か、一人で訓練するのが吉か。

.............折角の機会だしな。


「それじゃあ、お願いします、マシュさん。」


「はい。足を引っ張らないように努めます。」


「何を言っているんですか、引っ張りそうなのは俺なのに。」


「いえ、それはないかと。何せ貴方は街で─」

「おっとセイジ君、倅からの手紙を預かっていてな?一緒に来てくれないか?」


「そ、そうか。分かったよ。」


何かマシュさんの言葉を遮ってなかったか?まぁ、いいか。


俺はすぐさまご馳走さまと言って部屋を出たルフォンの背中を追いかけた。




しばらくルフォンについて行くと、豪華な装飾が施された扉の元に来た。


「ほほほ、相変わらず邪魔だな。こんな装飾、目に悪いだけだろうて。」


「そう言うなよ。これも会長になったルフォンの威厳のためだろ?」


、だがな。」


そう苦笑しながら扉を開けると、扉の装飾とは裏腹に、質素でどこか懐かしい部屋が広がっていた。


「この部屋、凄くいいな。なんだか落ち着くよ。」


「ほほほ、儂自ら手掛けた部屋だからな。流石に自室もギラギラしていたらたまったものではないからな。」


そう言って、ルフォンは隅にある机へと向かい、収納箱から一通の手紙を取り出した。


「これが倅からの手紙だ。儂には見るなと強く言ってきたのでな、封は開けとらん。」


「あぁ、ありがとう。」


それにしても、自分の父親にも見られたくない俺宛の手紙か、どんな内容だ?


ルフォンに手渡しされた手紙をナイフで素早く切って封を開ける。閉じていた蝋が封を開けるのと同時に消える。これが封を開けたかどうかを確認するためのものだ。便利になったな。だが今はキティバードでの直接的のやり取りが主流だったか。


「..........っ、相変わらず凄い情報網だな。」


思わず、苦笑してしまった。



拝啓 セイジ=レイヴァンド様


今回は貴殿のパーティーに関する情報を得たためこのような堅苦しい手紙を送ることにした。貴殿と私の間柄故に最初と最後だけ形式に沿った書き方にする。


では本題に入ろう。貴殿は既に❲暁❳から追放されているのだろう。唐突すぎて私も耳を疑った。たが貴殿は決して不必要な存在ではない。貴殿は誰よりも努力をしてきた。私が貴殿と出会ってからしか貴殿を語れないが、私はそう思っている。


であるから、貴殿は自分を卑下しないで欲しい。


もうひとつ。どうか、貴殿のパーティーのことを、嫌いにならないで欲しい。この二つだけだ。


唐突な報告と勝手な詮索を行ってしまいすまなかった。だが、貴殿が❲暁❳を抜けたからと言って交流をなくすつもりはさらさら無い。これからも貴殿の支援をしていこうと思う。何か困ったらいつでも頼って欲しい。



追伸

私の娘にいつか会って欲しい。可愛いぞ。少し人より食べるが、ぜひ貴殿の冒険者としての物語を聞かせてやってくれ。




ざっくりと要約するとこんな感じか。


「おいおい、それはもっと早く言ってほしかったよ。」


クラーラがあれだけ食べるとは知らなかったからな。度肝を抜かれたよ。


それにしても、


「嫌いにならないで欲しい............か。」


確かに、振り返ると突然すぎた。

落ち着いていたら、彼らに何かあったかもしれないと考えられたと思う。


別に俺は彼らを、❲暁❳のことを嫌っているわけではない。抜けさせられた理由は尤もであり、俺自身も納得している。


だから、極力俺はあのパーティーから離れようと、そう思っていた。



相応しくない。



短く、かつ俺の心を的確に抉る言葉。


...........確かに、俺はさっきまでは嫌っていたのかもしれないな。


だが、今となってはもう過ぎたこと。

それに、俺には”ジョブチェンジ”がある。俺は今や剣士だ。


それなりにソロでもやっていくさ。


「読み終わったか?」


「ああ。」


「なら、次は儂に君の見てきたこと、感じてきたことを教えてくれんか?」


「ん?ダンジョンとか、依頼とかでいいか?」


「それだけじゃない、君が歩んできた人生を、君のこれまでを聞きたいんだ。」


「そうか、思ってる程面白くはないだろうが、それでも聞くか?つまらなくても文句言うなよ?」


「ほほほ、どのような人生にもつまらんことは山ほどある。それに、つまらない出来事も人生のスパイスだ。そのような話もいいつまみになる。」


そう言いながら、ルフォンは椅子から立ち上がり、棚から何かを取り出してきた。


「ルマベリーのワインだ。熟成期間は三十年、儂のコレクションの1つだ。」


「本当か?ルマベリーなんて、栽培が難しくて原産地のロワイヤルランドですら1つの瓶で1000万ターゼはくだらないやつじゃないか。どうしてそれを?」


「食事の時にも言ったと思うが、あらゆるやつらが儂に手土産を渡すのだ。その中には貴族や有名商会、終いには国王の物もある。ルマベリーのワインの1本や2本など不思議ではない。」


「そ、そんなものか?」


「そんなものなのだよ。ほれ、飲みながら話すぞ。」


そう言って俺にルマベリーのワインが入った大きなグラスを渡してくるルフォン。


「なんか、そんな高価なものを飲むのは、ちょっともったいないな。」


「そんなことはないさ。逆に貰ったものを飲まない方が送り主に失礼だ。そう思わんかね?」


「確かにな。なら、遠慮なく貰おう。」


「ほほほ、では、クラーラを救ってくれた英雄に」


「はは、そんな大層なことじゃないけどな。」


俺とルフォンは互いに向き合い、互いのグラスをぶつけた。


カィン


グラスのいい音が響く。


「「乾杯」」





そして、俺たちは甘く、そしてどこかほろ苦い酒を飲みながら、互いの話で盛り上がった。





八月十一日 情報追加


この世界のお金の価値


1ベルマ=500円


1ターゼ=100円


1リーク=10円


1モルド=1円


基本的に高額な商品の金額の単位はターゼで表します。ベルマを用いるときはお釣りとして出すときのみです。理由は後々に

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