第十三話 机を囲んだ夕飯
ぐぅーーーーー
「えっ、はっはぅぅぅ!?」
どこか既視感を感じる声を聞いて視線を落とすと、昼間と同じようにお腹を抱え、恥ずかしそうに顔を赤く染めるクラーラがそこに居た。こ、この子はまだ食べるというのか!?えぇと、俺がクラーラを龍さんのとこに連れて行ったのが.......4時間前か、それなりに時間は経っていたんだな。
”ジョブチェンジ”を取得した時より驚いている気がする。スキルよりもクラーラの胃の構造のほうが謎が多いのではないかと思ってしまうぞ。
「ほほほ、いつもの時間だな。マシュや、夕食の準備を。」
「承りました。今回はお嬢様が帰ってきた、という記念でいつもより豪華にしておきますね。」
「ほほほ、それは楽しみだな。それに、セイジ君に腕前を魅せる絶好の機会でもあるからな。」
「ちょ、ルフォン様っ!」
「何かおかしいことを言ったかのぉ?」
「っ!?」
マシュさんは何やらルフォンと会話した後、顔をほんのり赤く染めながら足早にこの場を去った。
またルフォンが何か言ったな?マシュさんのあんな表情はなかなか見ないしな。
普段のマシュさんは献立を考えたり、足りない食材を買うために商店街に寄るため、自然と会話はそっち方向だけになっていたし、それ以外についてはほとんど話題にすら上がらなかったから、大抵は驚き、微笑み、無表情といったところか、見たことがあるのは。
............まぁ、クラーラの姿を見る時の表情を見たときは自分の目を疑ったな。まさかの可愛い生き物に目がない人だったとは。それにしても、鼻血が出るのはどうにかしたほうがいいんのではないだろうか?あれだと主人に仕えるメイドと言うよりはただの変た─
「何か、言いました?」
へっ?い、いつの間に!?心眼のバッシブスキルは発動しているはずなのに気配を感じなかったぞ!?どうなっているんだ?
「余計なことは、考えないように。」
「は、はい。」
食事を作りに行ったマシュさんは何故か俺の背後をとり俺の正面に立ってから顔をズイッと近づけて来た。
ち、近い。文字通り目と鼻の先にマシュさんの顔が..........っ!
まるで雪のように白い肌は若さゆえみずみずしく、透き通っている。まつ毛は驚くほど長く、若干切れ目なのもあいまって可愛らしいというよりは端麗であると言った方がいいか。ブロンドのポニーテールの髪もキラキラしている。そして頬が若干赤くなっているのも見られて─
「マーシュー?」
「えっ、あっお、お嬢様?」
「......るい。」
「え?今何と─」
「ずるい!」
すると、クラーラが両手を俺とマシュさんの間に入れて強引に入ってきた。いや、正直助かった。美人に迫られるのは慣れていないんだ。ほっとする俺をよそにクラーラはヒートアップしていく。
「どうしてそんなに仲良さげなの!」
「えと、まぁ最初に言った通り前々から知っている方だったので。」
「というか、マシュはご飯作りに行ってたんじゃないの?!」
「そ、そうですけど、セイジさんが私に対してなにやら思っていたようなので..........」
「何で他の人の考えてること分かるの?って、それよりも、早くご飯作って!」
「か、かしこまりました。」
クラーラのご飯の要望でマシュさんは慌てて厨房へと戻っていく。
よ、ようやく終わったか。
それにしても、クラーラはどうしてあんなに癇癪を起こしたのだろうか?クラーラってもしかしてご飯が関係するとああなるタイプか?..........よくやった過去の俺。あんな風になられていたらたまったものじゃなかったぞ。
「ほほ、クラーラ、落ち着きなさい。ご飯は待っていれば来る。それと、怒鳴るのはあまりよくないの。マシュに対しての言い方も少し酷かったぞ?後で謝りなさい。」
「あっ、は、はい。」
ルフォンの一言で冷静さを取り戻したクラーラは自分の発言が酷かったことを思い出してかしょんぼりしている。
まぁ、子供の癇癪程度であったからまだいいだろう。これで消えろ、いなくなれなんて言ってたら酷いことになっていたからな。
...........❲暁の集い❳でもアトリエが同じようなことをしでかしてパーティー解散の危機になったのはかなり印象のある思い出だったな。
..........あのチームのことは忘れよう。
今はこの家の夕飯を楽しみに待っていようじゃないか。
「すみません、遅れてしまいました。」
「あの!.........マシュ、ごめんなさい。」
「いいんですよ、お嬢様。私もお嬢様のお気持ちが凄く分かりますので。これからは同じ者どうし、頑張りましょうね。」
「うん!」
やはりここで何年も一緒にいる二人だ。なかなおりまでの時間は速いな。自分の非を認めることが出来るのは素晴らしいことだし、それを許せるのもいいことだ。
「それでは、お出し致します。」
そう言って、マシュさんはカートを押して部屋へと入ってきた。..........え?明らかに量多くないか?マシュさんも皿に被せた丸い金属の蓋が邪魔すぎて顔を傾けて進んでいる。どれだけの大きさなんだ!?
え?これが毎日?いや、でもマシュさんが今回は豪華にするとか言っていたから............
すると、ルフォンが俺の様子に気づいたのか苦笑しながら近づいてきて、
「ほほほ、マシュはああ言っていたがな、これが我が家の夕食だ。いつもの、な?」
そう言って自分の席へと戻っていくルフォンの背中は、やけに哀愁を漂わせた。
「はやく、はやく、はやく!」
クラーラはこの異様な光景を何の疑問も抱かずに並べられていく皿に目を向けながら上下に揺れている。
どれだけ待っていたんだ.........というか、食いきれるのか?この量を。
そして、明らかに持てなさそうな大皿をマシュさんは軽々と片手で持ちテーブルへと置いていく。
「ちょ、マシュさん!?それどうやってるんですか?」
「え?......あぁ、これですか?これはスキル”豪腕”の力ですね。いつも筋力が上がるので、結構便利なんです。」
「え?マシュさんはメイドですよね?」
「えぇ、メイドですが........あぁ、そういうことですか。私のジョブは戦闘に特化したものですよ。」
「そ、そうだったんですね。それなら納得です─」
「でも、私のジョブは筋力でどうこうすると言うよりは手先の器用さ、俊敏さに重きを置いているものなので、筋力は上がらないはずなんですが。でも、お嬢様の料理を作っていたら、突然手に入ったんです。これを使えるようになってからは本当に楽なんですよ。」
「............ 」
もう、思考を放棄したくなった。
すると、ルフォンがまた俺のところにやってきて肩に手を置き、こちらを向いて微笑みながら、
「儂は”胃もたれ耐性”なるものを得たぞ。」
と、そう告げたのであった。
「さて、準備が終わりましたので、今回のメニューを発表致します。」
「...........っは!?」
なんだ?一瞬だけ意識が飛んでいたような気がする。..........気のせいか?
「ではまずサラダです。今回はレタス、ニンジン、赤玉ねぎのシンプルなものです。シーザードレッシングはかけてありますので、味付けは問題ないですよ。」
おぉ、シーザードレッシングか。久々に食べるな。あの酸味と塩味の絶妙なバランスが好きなんだよなぁ。
「次にスープです。メインの方が重めなので、玉ねぎのコンソメスープにしました。」
「コンソメですか?結構珍しいですね。市場では売っていないと思うんですが。」
「ルフォン様の活躍のお陰ですね。会長の座を引退しても尚影響力のあるお方ですから。お礼の気持ち、といった感じで、お客様や取引先の方々から毎日のように品物が来るんですよ。その中にあったものを使ったんです。」
「ほほほ、要らぬと言っても聞いてくれなくてな。貯まって貯まってしかないのだよ。毎日山のように使おうが、次から次えと増えるものだから..........一向に食費は減らんがな。」
ルフォンの目を向ける先、かわ
...........何度も思うが、どうしてホーンホースに襲われたんだろうな。獲物と捕食者が逆だろう?どちらかというとクラーラの方が捕食─
グルィン
あ、あの、その顔で急にこっちを向くのはやめてほしい、クラーラさん。心臓に悪い。
慌てて思考を止めたお陰か、クラーラはすぐ何事もなかったようにメインに視線を戻した。
ここの人達絶対に思考を読み取るスキルもってるよな?
「では、メインを。デザートの方は皆様のお食事が終わる頃にお出し致します。それでは、蓋を開けますね.........その前にお嬢様、ナプキンで口許を拭いてください、悲惨なことになっていますよ。」
「お肉、お肉です。」
「お嬢様.........」
あぁ、だから皆ジョブとあまり関係の無いスキルを取得していたんだな。それに、龍さんのところは他の人の目があったからおさえ目だった、と。俺の財布が危うく空になるところだったのか。
もう他者の目などいざ知らずといった感じのクラーラに呆れるマシュさん。
クラーラはダンジョン以外だと子供らしい、と言うよりかは制御が利かないことが分かった。
「ほほほ、どうしたらあの子を満足させられるのだろうか?」
え?この量を食べて満足しないのか?ならいっそ大食い大会にだしたほうがいいんじゃ..........多分食費は大幅に減るぞ。
「セイジさん、お嬢様は食事の際はこのように自我を失ってしまいますので、気を付けてください。」
「いや、気を付けるって、どこをどうすれば気を付けられるんですか、これ?」
「まぁ、私達は諦めていますから、せめてセイジさんだけでも、と。............ では、開けますね。」
場違いなほど大きい蓋をマシュさんがゆっくり開ける。その中にはジューシーさが見て分かるこんがりと焼かれたブロック肉があった。
「お嬢様、いただきますをしてからですよ。メインの方はファングボアのステーキです。今回はむね肉を使いました。そのまま焼くとパサついて美味しくなくなってしまうので、リフィーリーフを主軸とした四種のハーブにむね肉を漬け込んで、乾燥を防ぎつつファングボア特有の臭みを消しました。後味もさっぱりしていて良くなっていると思います。」
ほどよい焼き加減と芳ばしい匂いが、五感を刺激し食欲をそそる。クラーラなんかマシュさんが止めなければさっきの説明で肉に飛び掛かっていたのではないだろうか?
「ほほ、揃ったの。マシュや、座りなさい。」
「はい。」
全員が向かい合うように座り、準備が整った。
「ほほほ、では、一斉に」
「「「「いただきます(ですぅ!)」」」」
こうして、暖かな夕食が始まった。
───────────
バトルものの小説なのに、今のところ戦闘シーンよりも飯を食べるシーンのほうが文字数が多い小説があるんですよぉ。
なーーーーにーーーーー!?
やっちまったなぁ!!
あの、本当になんでだろ?
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